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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
ささやかな友情編(王子復活)
87/213

87日目 激闘する少年

バトルです。

祝日と言えど、深夜ともなると人の姿は潮が引いたようにまばらだった。

暗く沈み、見えない地平線から吹いてくる風。

僕は立体駐車場の屋上に一人佇んでいた。

屋上には屋根が無い。天上には冷たく光る月と、仄かに輝く星が見えた。


地上にも星がある。

それは街の灯りだった。

ビジネス・ホテルや街灯。いくつかの店は既に灯が消えている。

空と同じ様に、地上の星もまばらに輝いていた。


コツコツコツ……。


離れた位置から聞こえてくる靴音。

僕はスラックスのポケットに両手を突っ込んだまま、視線を向ける。

そこには僕がこの場所に招待した少女が居た。


「やあ」


僕は近付いて来る少女に気軽に呼びかけた。

名も知らぬ少女。僕の事を知っている少女。

僕の知らない少女。

色々な呼び方はあるが、いずれにしろ大した意味は無かった。


休日だと言うのに、少女は何故か制服姿だった。

スカートを風にはためかせながら。

蠱惑(こわく)そのものと言った不吉な笑みを(たた)えたまま、口を開いた。


「一つ()いてもいいかな?」


夜の暗闇の中、駐車場を照らす非力な照明の灯りが少女を照らす。

あるいはそれは月の明かりであったのかもしれない。

僕はとりとめの無い事を考えながら、気さくに応じた。


「なんだい?」


「どうしてココを選んだんだい?」


僕は「ふむ」としばし考え込むと、少女に対して告げた。


「あまり人の邪魔にならない所がいいだろう? 夜の立体駐車場の、それも屋上ともなると、誰もいないしね」


納得の色を見せる少女。

しかし僕は、僕自身の説明に違和感を感じていた。

その違和感の正体を探りながら、付け加えるように言った。


「それに、好きなんだよ。こういう所が」


コンクリートしか無い殺風景な場所を指して、僕はそう言った。

立体駐車場には、人の必要とするあらゆる物が無かった。

その代わり、不必要な物も無い。コンクリートで築かれた巨大な空洞。

あらゆる生を否定する場所に、僕らは生身で立っていた。


「変わってる、ね」


「よく言われるよ」


少女の指摘に、僕は微苦笑を浮かべながら返事を返した。

つられたように、僕の知らないその少女も笑った。

大阪さんという知り合いを通して今宵この場所に招待した少女。

その少女には、色々な呼び方があった。


名も知らぬ少女。僕の事を知っている少女。

僕の知らない少女。

そして、風の王。


風の王を名乗る少女と決闘を果たすため。

僕はこの場所を選んだのだった。




音も無く夜風が吹いた。

僕はやはりポケットに両手を入れたまま、立っていた。


「それで、開始の合図はどうするのかな?」


戦闘を前にして緊張を高めながら。

風の王が僕に尋ねてきた。

僕はそんな彼女に悠然とした口調で言う。


「いつでもどうぞ」


僕のセリフに、風の王は怪訝(けげん)な表情を浮かべた。


「余裕、のつもり? その手、出さなくてもいいのかな?」


両手をポケットに突っ込む僕を咎めるように、彼女は言った。

そんな彼女に――やはり微笑んだまま、僕は言った。


「女性を殴るような趣味は無いんだ」


「ワタシを舐めてる、よね?」


怒気を(はら)んだ彼女の言葉。

しかし僕は心を動かすこと無く答えた。


「だから、蹴る」


沈黙が僕らを包んだ。

ゆっくりと。僕の言葉を吟味するようにしながら。

風の王はようやく理解が追いついたように、ポツリと呟いた。


「キミ、馬鹿だよね?」


「よく言われるよ」


風の王の指摘に、やはり僕は微苦笑を浮かべながら返事を返した。

少女は今度は笑わず、どこか呆れたような視線を僕へと向けた。

そんな彼女へと、僕はふとした疑問を尋ねる。


「でもスカート履いてる君こそ何なんだ? パンツ見えちゃうよ?」


「残念。今日は下にスパッツを履いてるんだ」


風の王はどこか得意気な調子で言った。

スパッツ? そもそも、スカートを履かなければいいんじゃないか?

さらなる疑問が湧いたが、まあどっちみち大した意味は無いだろう。


僕と彼女の間にある空気が、切迫していく。

静かな夜。無音の屋上にあって、その緊張だけが音を奏でていた。


ゆらり。

風の王は、意外とも思えるほどにゆっくりとこちらに近付いて来た。

僕はポケットに手を突っ込んだままの姿で、無造作に右足で蹴りを繰り出す。

当たるかと思われたその蹴りは――不気味なほど何の感触も返さなかった。


(かわ)された。そう気付くよりも先に、僕は連続で蹴りを放った。

やはり空振り。ゆらゆらと不規則な動きをしながら、風の王は面白いくらい僕の攻撃を(かわ)した。

僕は腰を捻り、体を回転させるようにして左足で回し蹴りを出す。

その攻撃に対し、風の王は大きく飛び退いた。距離を取った彼女に対し、僕は話しかけた。


「不思議な体捌(たいさば)きだね」


「ワタシの師匠の話だと、柳の動きって言うんだ。風に揺れる柳のように、相手の攻撃を受け流す。キミの攻撃は当たらない」


絶対の自信をのぞかせながら彼女は言った。

そして僕を挑発するように、言葉を続ける。


「そろそろ、手、出した方がいいんじゃないの? ワタシもさ、後で言い訳されても困るし」


自分の勝ちを確信している風の王。

そんな彼女を前にして――僕は笑った。


胸の奥底から湧き上がる物があった。

五感が世界に広がっていく。

夜の(とばり)を、月の明かりを、静かな街並みを。

飲み込み、支配し、掌握する。


唇を偃月(えんげつ)の形に歪めながら。

依然としてポケットに手を入れたまま、僕は笑った。


「!?」


僕の表情から何を読み取ったのだろう?

風の王は、怖気(おぞけ)を感じたように(すく)んだ。

その恐怖を振り払うように――彼女は僕に向かって走る。


「終わらせてあげるよ!」


特殊な歩法で走っているのだろう。

僕に迫ってくる彼女の姿は、ゆらゆらと不気味に揺れて見えた。

いまだに彼女に対して、攻撃を(かす)らせる事も出来ないまま。

僕は不思議なほど()いだ心の中で、先輩の言葉だけを思い返していた。



――ふふ、少年。君はまだ風が『()え』無いみたいだね!



先輩。風を『()る』ってどういう意味ですか?

今もその意味がよく分かりません。



――あっは! チャクラなんて開けるわけねーじゃん! バーカバーカ!



そうですね、人はチャクラなんて開けっこない。

都合よく不思議な力なんて湧いてこない。

それでも、導き出せる力があると信じて。


先輩への崇拝にも似た尊敬の念を抱きながら。

僕の五感は、体は。何一つ諦める事無く、風の王を倒す事だけを望んだ。


風の王に向けて蹴りを放つ。

彼女はそれをあっさりと(かわ)すと、僕の死角となる位置から必殺の一撃を放った。

どうしてそんな事に気付けたのか、僕には分からない。

しかし僕は半歩だけ体の位置をずらし、彼女の一撃を(かわ)していた。


「――っ!?」


風の王の、声にならない悲鳴が聞こえた気がした。

すばやく体を捻った僕と、こちらを驚きの表情で見つめる彼女の視線が、一瞬交わる。

次の瞬間には。

彼女の鳩尾(みぞおち)に、僕の膝蹴りが深々と突き刺さっていた。




「負けたよ。完敗だ」


ダメージが抜けないのだろう。

静かに横たわる風の王は、覇気を失いながらそう呟いた。

僕は彼女から離れた位置で、まばらに広がる地上の灯火(ともしび)を眺めている。

寂しい街を見つめながら。僕は風の王へ言葉を投げかけた。


「これで君は、僕の物だ」


「えっ!? ちょっとキミ、そんなルール無いよ!?」


俄然(がぜん)として反論して来る風の王に、僕はツカツカと歩み寄った。

ガシッと彼女の肩を掴み、正面から瞳を覗き込みながら言う。


「僕を好きになる必要は無い。ただ、僕に従え」


視線と視線を交じらせながら。

果たして風の王は何を感じたのだろうか?

驚愕の表情から一転、妖しげな瞳を僕へと向けた。


「……まあ、いいよ。負けちゃったしね。しばらくは付き合ってあげるよ」


よし、これで要員確保だ!

風の王である少女を手に入れた僕は、ついに最後の鍵を手に入れた事になる。

長ソバくん。僕の親友へと送る、ラブレタードッキリのフィナーレのための。


そう……彼女には長ソバくんに宛ててラブレターを送ってもらうのだ。

その時こそ、僕の仕掛けたドッキリはドッキリでは無くなる。

これぞ最高潮のジョークだ……!


脳からドパドパ出る物質で愉悦に浸る僕。

そんな時――依然として冴えている僕の五感が何かを捉えた。

バッと振り向く。その視線の先に、月を背負うようにして影が佇んでいた。


僕らの居る立体駐車場、その隣にあるビルの給水塔の上に。

冷え冷えとした月をバックに、その少女は立っていた。


――飛天。僕の命を狙う少女。


飛天さまはラフなカッターとスラックスに身を包んでいた。

その相貌を(めん)で隠しながら。腕を組み、給水塔の上に立つ。

まるでそうする事が当たり前かのように、悠然とした姿勢で僕らを見下ろしていた。

(そび)える月のように尊大な態度で。飛天さまはゆっくりと口を開いた。


「こんな夜更けに闘気を感じると思ったら……やはり、貴様だったか」


闘気ってなんだよ怖いよ、と思ったがあえて僕はツッコまなかった。

彼女はそういう体質なんだろう。他人の性癖はそっとしておくべきだ。

デリケートな話題を避けながら、僕は飛天さまに言った。


「どうしてここに?」


「ふん。貴様の闘気を感じたから、気になって、な」


目に見えない何かで、僕の存在を感知する彼女。

内心でその事実にビビりながら、僕はポーカーフェイスで()いた。


「今から僕と決着をつけようって言うの?」


「いや、今日はそのつもりは無い。ただ――、」


そこで言葉を切ると、飛天さまは(せき)を切ったように怒声を上げた。


「お肌が荒れるから、あんまり深夜に戦うな! 貴様の闘気が気になって、我はとっても迷惑だ!」


夜のしじまを、静寂を。

打ち破るその声に、僕はとりあえず思考を停止した。

お肌、お肌っすか……。そうっすか……。


「そ、それは気付かなくてすみませんでした」


僕はようやくそのセリフを口にした。

お肌を気にする剣士、飛天さま。

そんな彼女に、僕と風の王はとりあえず頭を下げるのだった。





この戦闘シーンは某小説の影響が多大な感じです。

有名な小説だし、分かる人は分かる感じだと考える所存です。

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