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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
ささやかな友情編(王子復活)
86/213

86日目 ギブミー・ヘブン

ここまで読んでくださっている方は、作者がラブコメを諦めているとお思いでしょう。

しかしここからです! ここから始まっていくのです(86話もかけて)。

作者はまだ諦めていません! まあ87話目はコメディーになるんですけどね。

白と黒と言えば何を想像するだろうか?

考えてみれば色々とある。パンダは有名だし、シマウマもメジャーだろう。

だが僕が想像するのはオニギリだった。何故だろう。理由は分からない。

そしてそんな事とは関係無く、白と黒に彩られた球が僕の方へと転がってくる。


「おい! ボケっとすんな!」


彼方に位置する長ソバくんから叱咤され、僕は転がりくるボールを右足で止める。

見渡せば、空は青かった。黄味がかったグラウンドには、僕らのクラスの男子が散り散りに分かれている。

しかし、彼らは無作為に突っ立っているわけでは無い。

源氏と平氏のように、あるいは阪神と巨人のように。抗えぬ運命の中、対立を強いられているのだった。


クラスメイトの半分は、緑色のペラペラな服を体操服の上から身に付けていた。

満遍なく穴が開けられたそれは、およそ保温効果など期待できそうにも無い。

というかむしろ、余計な機能を省かれた結果がそれなのだろう。

ビブスと呼ばれる衣装に身を包んだ彼らは、僕の敵だった。


学園の無慈悲な権力により、二つに分かたれたクラスメイト達。

それは授業でサッカーをするためだけの措置だった。

いつしか僕らは本気で相手を憎み、戦っていくのだろうか?

こんなちっぽけなボールのために。


僕は右足で踏みつけているサッカーボールをちらりと見た。

そして視線を上げる。敵味方、双方が僕の方へと駆け寄って来ていた。

別に僕が人気者という訳では無い。嫌われ者と言う事でも無い。

全ては僕の足元にあるサッカーボールを蹴りたいがため、彼らは全力で走っている。


リンチの運命にあるサッカーボールに哀れみを感じながら。

相手ゴールよりは自軍のそれに近い位置の僕は、ボールを大きく蹴り上げた。


「バッカ! オフサイド考えろよ!」


長ソバくんが何やら絶叫したが、しょせんサッカーに疎い僕には何の事か分からない。

恐らくはルール違反の事だろう。幸いな事に、審判役の先生はホイッスルを鳴らさなかった。

止める者がいないまま――サッカー・デスマッチは続く。

遥かな先、敵側のゴールで繰り広げられる攻防。それを僕は無感動に眺めていた。




「サッカーは嫌いなのかな?」


話しかけられ、僕は視線を声の持ち主へと移した。

そこに居たのは、賢者くんと呼ばれるクラスメイトだった。

緑色のビブスを着込んでいる彼は、つまりは僕の敵。

敵側ゴールの近くに居る彼は、確かフォワードとかいう攻撃的なポジションに位置しているのだろう。


反面、僕は味方のゴールを守る位置に居ると言えた。

確かポジションの名前はディフェンダー。

後はミッドナイトとか、デブ、いやキーパーというポジションがあったはずだ。

チラリと自軍のゴールを見る。小太りの田中くんは、座り込んで地面の草を毟っていた。


ゴールから動けない彼は、鳥篭の中の鳥のようだった。

自由を縛られ、手に届く範囲で幸せを掴もうとするその姿は、彼がもし美しい少女であったなら、詩的であったかもしれない。

そんな事を漠然と考えながら、僕は賢者くんへと意識を戻した。


「別に嫌いではないよ。単純に、ルールをよく覚えてないんだ」


「ははっ。まあ皆も同じようなものだよ。そんなにルールを気にする事はないさ」


賢者くんは、数々の女子生徒を魅了してきた爽やかな笑顔を浮かべた。

もしもゴールキーパーの田中くんが美少女だったなら。

きっと賢者くんとの間にロマンスが生まれ、敵同士に生まれたという悲劇に苦しむだろう。

しかし田中くんは小太りの男子であり、だからこそロマンスは生まれず、容赦の無い戦いは続く。


「一応、最初の方でルールは聞いたけどさ。オフサイドとか言うのは聞いて無いし」


「ああ、オフサイドか。それは結構難しい方のルールだね」


そう言って賢者くんは解説をしてくれた。

何でも、敵側の最後のディフェンダーより後ろにパスを出してはいけないらしい。

どうしてそんなルールがあるのか理解に苦しんだが、そういう物なのだろう。

ルールに対して必要なのは理解では無い。それに従う従順な態度なのだ。


「だから、一人はディフェンダーを残しておいた方がいいんだ。オフサイドトラップって言ってね」


「なるほど。つまり僕はトラップなわけだ」


「まあ、そうだね」


賢者くんは緩く微笑んだ。

敵側ゴール付近での激闘は、今も続いているようだった。

ボールがこちら側に転がってくるまでは、僕と賢者くんが争う必要も無い。

田中くんもゴールの中に(とら)われたまま、無為に時を過ごすだろう。


遠く離れた喧騒から隔てられたまま。

晴れ渡った空から風が吹き、僕らの髪を揺らした。

語るべき事がないまま、僕らは無言でボールの行方を追っていた。

話題が尽きたからと言うわけでも無いだろうが。突然、賢者くんは言葉を切り出してきた。


「君には伝えておこうと思う」


改まった口調で言う賢者くんに、僕は無造作に視線を向けた。

賢者くんは少し躊躇(ためら)ったあと、僕の目を真っ直ぐに見つめながら言った。


(れい)さんの事が好きなんだ」


風が緩く吹き抜けた。

だからと言うわけでも無いだろうが、僕は無感動にその言葉を受け止めていた。

単純に理解できなかったのかもしれない。

まるでトラップのような賢者くんの告白を、僕は無言で聞いていた。


(れい)さん。それは僕が冷蔵子さんと呼んでいる女の子だった。

冷酷無情。説明好き。ガミガミおばさん。

物語に出てくるエルフをイメージさせる容姿の彼女は、つまりはそんな女性だった。

彼女のどこか拗ねたような碧い瞳を思い出しながら――僕は、それとは全く無関係な言葉を口にした。


「他の女の子達はどうするの? ほら、君の周りにいる女の子達」


「あの()達は――、」


賢者くんを取り囲む数多(あまた)の女子生徒たち。

ハーレムとも呼ばれるそれを指しながら、賢者くんは自嘲するような笑みを浮かべた。


「別に、オレに好意を持っている訳じゃ無いんだ。家柄って言うのかな。彼女達の実家はウチの分家筋に当たるみたいで、つまりはそういう関係」


普段の爽やかな顔の裏に隠していたであろう、痛みに耐えるような顔をしながら。

どこか壊れてしまいそうな笑顔を浮かべて、賢者くんはそう断言した。

分家と本家。ややこしいシガラミは、僕にも馴染み深いものだった。


「彼女達は、義務として尽くしているだけなんだ。正直、辛いよ」


拒む事も受け入れる事も出来ない関係。

そんな関係に疲れたように、賢者くんは笑う。

胸の内の感情を吐き出すようにして。

彼は「彼女達に囲まれながら、ずっと孤独を感じていた」と小さく呟いた。


「だからかな、(れい)さんに惹かれたのは。同じ様に孤独を抱える彼女なら、きっと分かり合えると思った」


賢者くんは独白するように言った。そんな彼の言葉に、僕は冷蔵子さんの事を想う。

冷蔵子さんは――確かに孤独だった。

クラスメイトを指して「知らない人」とのたまった彼女は、むしろ自分から進んで孤独であったのかもしれない。


孤独を抱える者同士で幸せになれるのだろうか?

僕はふとそんな事を思った。

足りない何かを埋めあうように。

一人では飛べない、片翼の鳥のように求め合う関係。



そんな関係が幸せだと言えるだろうか?



あるいは僕がそんな事を考えるのは、彼女のためだったのかもしれない。

冷蔵子さん。僕の知る彼女の事を、ただの孤独な女だと認めたくは無かった。

彼女の持つ弱さにでは無く、強さにこそ惹かれて欲しかった。


胸の中の熱い思いと共に、彼女との様々な思い出が脳裏を駆け巡る。

それは僕と冷蔵子さんとの友情の歴史だった。

僕に向かって温泉を熱く語る彼女。喫茶店で、僕と他愛も無い話をする彼女。僕を真っ向からバカにし、冷たく見下ろしてくる彼女。


…………。


……いや、それでも友達のはずだ!

たとえ僕と冷蔵子さんの間に、愛とかそういう物が著しく欠けていたとしても!

言葉を交わした日々が、視線を向け合った日々が、何かを育んだはずだ……!

それが何かは自分でも分からない。しかし僕は少なくとも冷蔵子さんの幸せを望んだし、お節介だと言われるくらいには口を出したい気分だった。


「孤独って言うけどさ、」


僕の言葉に、賢者くんはジッと耳を傾けている。

そんな彼の様子を確認しながら、僕は言った。


「誰もが義務だけで賢者くんに集まってるわけじゃ無いでしょ? 本当に賢者くんの事を好きな人だって居るのに、そんな言い方は無いんじゃないかな?」


賢者くんはゆっくりと僕から視線を逸らすと、少しだけイラ立ったような口調で言った。


「分かってるよ。でも信じられないんだ。彼女達の向けて来る好意が、どうしても……!」


肩を震わせながら、賢者くんは言葉を続けた。


「頭の中をチラつくんだ。この娘達は、単に義務として居るんだって思いが!」


悪夢から覚めないような声音で。

賢者くんは悲痛な叫びを上げた。


「もしオレが彼女達を好きになったとして――彼女達は拒まないだろう。それが、義務だから。そしてその時オレは最低の男になる。それが……怖い」


懺悔するかのように(うつむ)く賢者くんを見下ろしながら、僕の心は静かだった。そんな心のまま考える。

賢者くんは――冷蔵子さんの事が本当に好きなんだろうか?

僕は心の声に従いながら、その疑問への解を求めた。

賢者くんは、何かから逃げるために彼女を利用しようとしているんじゃないか?


孤独を分かち合いたいと言った賢者くんの姿。それは今の僕には歪んで見えた。

冷蔵子さんを孤独だと決めつけ、それを救った気になりたいだけじゃないのか?

自分の孤独を、恐怖を癒すために。

その姿は、巨木に纏わりつく絞め殺し植物を僕に連想させた。


「今の君に、彼女は渡せない」


僕がそう宣言すると、賢者くんは射抜くような視線を僕に向けた。

その瞳は色々な感情に彩られていた。諦観。徒労。あるいは、予想通りの結果になったという無感動さ。

そして……敵を見るような攻撃的な色。

僕はその瞳を真っ向から受け止めていた。



ピピーッ!!



突然響くホイッスルの音。

何事かと思って辺りを見回す僕の目に、転々と転がって行くサッカーボールが見えた。

そしてそのボールを追うようにして、僕と賢者くんを見つめるクラスメイト達が居た。


「おい、ぼーっとしてんじゃねえよ! まあオフサイド取れたけどな」


駆け寄ってくる長ソバくんが僕にそう言った。

どうやら敵陣営から賢者くんに向かって大きく蹴り出されたパスは、僕というトラップに引っ掛かってルール違反になったらしい。

「何やってんだ? 二人して」と訊いて来る長ソバくんに対し、僕は「何でも無い」と返した。

ちっぽけでも、譲れない想いを秘めて。決意を固めるように、青い空を見つめた。





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