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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
王子登場編(そして放置)
84/213

84日目 暗躍する少年




コツコツコツという音が規則正しく流れる。

それは僕の履く革靴が、舗装された公園の道を叩く音だった。

あるいは、革靴の利点というのはこの音を聴く事なのかもしれない。

僕は小気味良いその音を聴きながら、足を進めた。


公園の高台には一人の男が居た。

街を見下ろすように、安全用の鉄柵に寄りかかっている。

僕が来た事に気付いただろうに、その男――大阪さんは、振り返る事もしなかった。

黙ったまま足を進める。後三歩ほどで隣に並ぶという所で、大阪さんは不意に声を上げた。


「来たか、坊主」


「ええ。来ました」


(こずえ)が揺れた。高台であるからだろうか、ここは風が強い。

無言の内に髪をそよがせながら。僕らは、静かに街を見下ろす。

言葉は要らなかった。約束も要らない。

その事は大阪さんも分かっていたし、僕も理解していた。


約束が無いという事は――用事も無いと言う事だった。

用事が無いので、交わすべきセリフも存在しなかった。

沈黙の中。だからと言って話す事も無いので、僕らはまるで深海の貝のように押し黙っていた。


視界の先には、コンクリートの建物が小さく立ち並ぶ。

灰色のそれは、古びた物特有の悲しみがあり、その悲しみは街を覆っていた。

寂しい街。それが僕らの街だ。

いつしか故郷のように感じて。寂しさは、郷愁の想いと似ていた。


大阪さんは野球帽を被っていた。青い野球帽だ。

大阪をこよなく愛する彼ならば、白と黒の縦縞模様を愛するべきでは無いか?

ふとした疑問が湧くが、そんな思いは風の中に消えて行った。


人の事情を詮索するほど、野暮なつもりは無い。

それに――これが最も大きな理由だが。

僕はそれほど大阪さんに興味が無い。

だから彼が阪神ファンだろうが横浜ファンだろうが、そんな事を知るつもりは無かった。


静寂。無音の関係には、様々な意味がある。

言葉を経ずとも分かり合える関係。

分かり合おうとも思わない、断絶した関係。

胸が詰まり、伝えるべき言葉を言い出せない関係。


果たして、僕と大阪さんの関係とは何だろうか?

少なくとも。僕は大阪さんの後姿を見つめながら思った。

この街を眺める寂しさを、僕らは共有している。

今はそれでいいのかもしれない。いずれ変わる、その時までは……。

この沈黙の関係は、その時までは続くのだ。


「坊主、」


ゆるく流れる風の中、大阪さんが街を眺めながら言う。


「何か喋れや。間が持たんやろ」


僕の気持ちを台無しにしながら、こちらを振り返って沈黙を破る大阪さん。

そんな大阪さんに、僕は緩く笑った。

まあ、いいか。大阪さんにそれほど興味も無いし。

気を取り直しながら僕は返事を返す。


「別に無いですよ、話題なんて」


「何かあるやろ? 恋の悩みとか。恋の悩みを語ってもええで?」


「もしあったとしても、大阪さんには絶対相談しないですよー」


「せやな。いやちゃうがな! 何で俺に相談せえへんねん!?」


ノリツッコミで返す大阪さんに、僕はジト目を向けながら言った。


「鼻からウドンを垂らす人にはちょっと……」


「あれは事故や! 七味唐辛子の起こした事故や! せやからノーカンや!」


何がノーカウントなのか知らないが、大阪さんがカップウドンの麺を鼻から垂らした事実は揺るがない。

必死に言い募る大阪さんの弁明を聞き流しながら、僕はふと心に引っ掛かる物を感じた。

恋。恋の悩み。確か僕はそれで悩んでいた気がする。

脳裏に甦る記憶を手繰り寄せながら、僕はなおも自己弁護を繰り返す大阪さんに言った。


「ありますよ、恋の悩み! 聞いてください大阪ウドン先輩!」


「大阪ウドン!? 勝手に名物を作んなや!」


ギャアギャア騒ぐ大阪さんを黙らせながら、言葉を続けた。


「僕はラブレターを送って欲しいんですよ」


「ラブレター? なんや、そんなモンが欲しいんか? 女々しいやっちゃな。自分から告白すればええやろ?」


「いや違うんです。僕は、僕の友達にラブレターを送って欲しいんです!」


真剣な目で語る僕。

そんな僕を前に、大阪さんはしばし黙考した。


「なるほどな……さっぱり分からんわ! どういうこっちゃねん!?」


「何とか女性を言いなりにさせる方法って無いですかねー?」


「怖っ!? なんやねん、何がお前をそこまでさせるんや!?」


両手で体を抱き締め、ガクガクと身を震わせる大阪さん。

オーバーリアクションだなぁ。僕は無感動に大阪さんを見つめた。


「あ、そう言えば話は変わるんですけど」


「え、ええで。さっさとこの話題は終わらせとこうや」


やけに協力的な大阪さん。

その従順な態度に首を捻りながらも、僕は次なる話題を口にした。


「この前、変な女の子に絡まれたんですよ」


「なんやねん、不思議少女は止めとけ。後が面倒やで」


「僕もそうしたいんですけどね。これが完全に大阪さん絡みの人なんですよ」


「俺絡みやと?」


疑問の表情で僕を見る大阪さん。

僕は嘆息を()きながら言った。


「王とか何とか言ってましたし。大阪さんの知り合いでしょう?」


大阪さんは右手を(あご)に当てながら考え込んでいた。

何かを探るように視線を上空に彷徨わせながら、やがてポツリと呟いた。


「それは多分、風の王やな」


「風の王?」


風の王。

聞き慣れないし、聞き慣れたくも無い単語だ。

まるで処刑道具の器具名のような不穏さを持つその単語を、僕は訊き返した。

大阪さんは僕に向かって大きく肯くと、説明を続けた。


「言うたやろ、坊主を王に推薦するって」


「それは聞きましたが、承諾はして無いですよ?」


「はっは。まあそれはええがな、それでやな……」


「いやちょっと!? 全然良くないですよ!?」


騒ぎ立てる僕に対し、大阪さんは「話の腰を折ったらあかん!」と一喝してきた。

僕にとっては、そちらの案件の方が余程重要なのだが……。


「知っての通り、俺はかつて仲間を集めた。それが王の始まりや」


「さいですか」


僕はさらさらと流れる小川のような目を大阪さんへと向けた。

生暖かい目。憐れみとも言う。


「まあ箔付けみたいなもんやな。かつて王と呼ばれた奴らにあやかってやな……」


「え? かつても王とか自称してる痛い人が居たんですか?」


「いや、そいつらは自称やなくて周りが勝手に……っておいコラ、痛いってなんやねん!?」


「大阪さん、話の腰を折らないで下さい!」


暴れだそうとする大阪さんを言葉で制止する。

僕の勢いに押され、激発のタイミングを逃した大阪さん。

しぶしぶと言った表情で言葉を続けた。


「くっ!? 覚えとけや! ……まあそんなこんなで、五人の王が生まれたわけや」


「なるほど。その一人が、風の王だと」


「いや、それがちゃうねん」


大阪さんはゆっくりと首を横に振った。

疑問を顔に浮かべる僕に、ゆっくりと説明を始める。


「王の内の一人が、一人の少女にその称号を渡したんや」


「なんですかそれ?」


「我が流派をこの娘に託すとか言うてな。元々は難波の王やったんやけどな」


難波の王が、風の王?

それはつまり……。

僕は胸の内に湧き上がる疑問の声に押されて言った。


「大阪が関係無くなってきてません?」


「せやな。時代の流れやし、しょうがないわ」


そう呟くと、大阪さんは切なそうに遠くを見つめた。

果たして彼が見るのは大阪の空なのだろうか?

どうでも良い事に思いを馳せる僕に、大阪さんの声が響いた。


「風の王の事は、よう知らん。せやけど何やら、他の王に対抗意識を燃やしてるらしいわ」


そう言うと、大阪さんは含みを持たせた視線を僕へ送って来た。


「特に同年代の坊主には、な。……勝てるか?」


果たして僕は何の王と呼ばれているのだろうか?

考えると怖くなるので、僕はあえてその事に目を瞑った。

同時に、実際に目を閉じる。

己の心に問いかけながら。僕は胸の内から湧き上がる思いに震えた。


「勝つんじゃないんですよ。ただ勝つんじゃなくて……」


静かに、告げる。

胸の内からは、なおも(たぎ)る様な衝動が湧き出ていた。

ポカンとする大阪さんに、僕は力強く宣言した。


「掌握するんです……!」


ただ勝つだけでは無い。勝って、その全てを奪う。

僕の送るラブレタードッキリのフィナーレを飾るために。

風の王の全てを奪い、利用する。

壮絶な覚悟を胸に。吹き抜ける風は、激しい戦いの予感に満ちていた。





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