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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
王子登場編(そして放置)
79/213

79日目 あなたがお爺さんになっても



先生、崩御。

などという冗談はさすがに不謹慎であるが、急病を患った日本史の先生の代役は、平安時代の天皇家の後継問題の如く難航したようだった。

つまりは代役が決まらず、先生が立つべき教壇は空席のままだった。


これがお家問題に発展しなかったのは、ひとえに日本史の時間を自習にすればいいだけだったからである。

降って湧いた突然のフリーダムを持て余し、僕は冷蔵子さんと無駄話を交わしていた。




「そう言えば、あなたのお爺さんは変わり者だって話だったわね。あなたに似て」


「うん、まあそうだけど、最後のセリフは訂正してもらえないかな?」


「あら。ごめんなさい」


素直に肯く冷蔵子さん。

こういった時間や昼の一時だけでなく、短い休憩の合間にも彼女との会話は増えていた。

教室の中の誰でも無く、僕と話を続ける理由は何なのか?

彼女なりの理由があるのだろう。そんな事をとり止めも無く考えていると、彼女は僕に詫びる様にして言葉を訂正した。


「お爺さんがあなたに似ているんじゃなくて、あなたがお爺さんに似ているのよね」


「いやそうじゃない! 僕が変わり者だっていう所を訂正して欲しいんだ!」


「え? なんでかしら?」


何の疑問も、悪気も無い目で僕を見返す冷蔵子さん。

その無垢な視線に僕は打ちのめされていた。


「何て真っ直ぐな瞳で僕を見るのさ!? 正直、僕はショックが隠しきれないよ……!」


クソッ、認識を変えさせなければ……!

僕は決して変わり者なんかじゃない! 至って普通の高校生さ!

しかし彼女の意思は強固そうだった。

まるで地球が自転しているのが当たり前みたいな感覚で、僕の事を変わり者だと信じているらしい。


果たして僕は彼女の認識を改める事が出来るのだろうか?

海よりも深く山よりも高い難題を前に、僕は頭を抱えた。




「ねえ。あなたがお爺さんになった時、どんな風になりたいの?」


唐突にそんな話題を振られた僕は、とりあえず認識問題は棚上げした。

冷蔵子さんは自分の席に着き、頬杖を着いている。見慣れたポーズだ。

そんな彼女の前の席を間借りした僕は、イスに横に座りながら彼女と相対していた。

目の前に流れる金色の髪。それを何となく目で追いながら答える。


「大人をすっ飛ばしていきなり老後の話? まあ良いけどさ」


老後、ねえ。

果たしてどんなジイさんになりたいのかと訊かれて、即答できる人は少ないだろう。

そのご多分に漏れず、僕もまた頭を悩ませた。

しばし考える。ジジイ、ジジイ。


憧れのジジイと言うキーワードに該当する人物を探す。

しかし特にジジイにこだわりは無い。

僕の脳内ストック画像は直ぐに底を尽きた。


仕方無い、考え方を変えてみよう。

憧れのジジイでは無く、憧れの生き方に該当する人はいないか?

再び考え込む。すると、ふと思いついた顔があった。


「そうだねー。実は憧れている人が居るんだ」


ようやく思いついた人物を頭に思い浮かべながら、僕は言った。

そんな僕の言葉に、冷蔵子さんは興味深そうに()いてきた。


「ふうん。それって誰かしら?」


「いや、個人って訳じゃ無いんだけどね」


「何よそれ? 何かの団体かしら?」


疑問符を顔に浮かべる彼女に、僕は首を横に振った。

個人でも無い。かと言って何かの団体でも無い。

説明の仕方に苦労する僕に、彼女はジト目になりながら言った。


「もう。クイズじゃ無いんだから、はっきり言いなさいよ」


さてはて、どう言ったものやら。

ここで軽やかに説明できれば良いのだろうが、生憎と僕の脳はそこまで効率よく回転してはくれないらしい。

結局下手くそな説明になるなあ、と内心で苦笑しながら、僕は言った。


「実は僕って、洋楽聴いたりもするんだ」


「ほえ? いきなり話が飛んだわね」


……ほえ? 

なんか冷蔵子さんの口から「ほえ」とか聞こえた気がするけど、気のせいだよね?

彼女がそんな可愛い口調で喋るはずが無いのだ。

物理的にありえない現象を思考の中から追い出しながら、僕は話を続けた。


「音楽の宣伝用映像ってあるでしょ? それが短い映画みたいになっててね」


「ふうん。そういうのもあるのね」


「そこにとんでも無い爺さん達が出て来てさあ。街で悪戯を繰り広げるんだよ」


ようやく本題に入れた僕。

冷蔵子さんもようやく納得がいったらしく、僕に話の続きを促して来た。


「へえ? 例えばどんな悪戯をするの?」


「落書きしたりさ、ゴミ箱を蹴っ飛ばしたり。とにかく小学生みたいな悪戯を繰り広げるんだ。そんな爺さんに憧れるなぁ」


「あなたって、幾つになっても傍迷惑(はためいわく)なのね」


くすくす、と笑う彼女を、僕は半眼で見返した。

いいじゃないか、人がどんな生き方に憧れたって!

クソッ、あの宣伝用映像の素晴らしさを知れば、きっと彼女も認識を変えるだろうに。

それがこの場では実現不可能な事に(ほぞ)を噛みながら、僕は彼女に向かって言った。


「それで、君はどうなのさ?」


「私?」


「そう。どんなお婆さんになりたいの?」


「そうねえ……」


短くそう呟くと、ジッと僕の顔を見る。

何だ? 何が言いたいんだ?

無言で見つめられていると居心地が悪くなる。

そんな立場に耐えかねて、僕は晴れた冬の空のような目を向けてくる冷蔵子さんに尋ねる。


「……何さ?」


問いかける僕に、彼女は薄く微笑んだ。

それはどこか含みを持った笑みだったが、僕にはその裏側に潜んだ感情を読み取る事は出来なかった。

頬杖を着いていた手を崩し、胸の前で組んだ彼女。

どこか挑むような目を僕に向けながら言った。


「貴方がずっと悪さを続けるなら、ずっと隣に居て怒る人も必要でしょう?」


「ガミガミおばさんか」


「ガミガミ!?」


驚愕の悲鳴を上げる冷蔵子さんに、僕は詳しい説明を続けた。


「子供の頃にそんな人が居てね。得意技は唐辛子を投げつける事なんだ。別名は辛党の魔女」


「何で私がガミガミおばさんなのよ! 認識チェンジを要求するわ!」


「むう!? 斬新な意見だね!?」


「全く、もう」


そう呟くと、彼女は怒ったようにプイっと横を向く。

美しい彼女の横顔は、まるで映画の一シーンのように()えた。


あれだね、肌のキメが細かいと、妙に目を惹く。

まるでそこだけ彩度が違うかのように。

冷蔵子さんのその美貌は、周囲の空気すら変えているように見えた。


空間も支配しているのだろうか? 

彼女の周りの時間が、スロー・モーションのように美しく流れている。

さらりと揺れる金色の髪が、光の残滓(ざんし)のような軌跡を描いた。


「私はね、思うのよ」


やおら改まった口調になると、彼女は横を向いたまま言葉を続けた。


「お爺さんやお婆さんになった時に、後悔しない生き方。それが大事だって」


「へえ、僕は違うな」


真っ向から彼女の言葉を否定する僕。

そんな僕に、ゆっくりと彼女が視線を向けて来る。

まだ少し怒っているのだろうか?

むっつりとした顔で僕を見る冷蔵子さんに、僕は不遜(ふそん)な笑みを浮かべて言った。


「僕はね。例え後悔していても、自分を笑って許せるような。そんなジジイになりたいんだ」


ニヤリと笑いながら、僕は冷蔵子さんを見つめた。

きっとこんな時に浮かべる表情は、子供の頃から変わっていないに違いない。

そんな僕に対し、彼女は吹き出すようにして笑った。

悔しいが笑ってしまった。そんな感じの笑みだった。


後悔しない生き方なんて無いのだ。

誰だって、何かの後悔を背負いながら生きて行く。

それでも。僕は思う。背負った物を投げ捨てるでも無く、笑って見たいと。

こんな荷物くらい、人生の味の一つだと。そう言って笑える爺さんになりたいと願った。


そんな気持ちが、そんな僕の願いが。

彼女に伝わった事が分かって。

僕は笑った。悪戯が成功した子供のように、得意気な調子で。

そんな僕を困ったように見つめながら。彼女もまた、(こら)えきれ無い様子で微笑み返すのだった。


「ちなみに(うち)のジイちゃんは、山で遭難しても笑ってたよ」


「……あなたのお父さんの苦労が、目に見えるようだわ」





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