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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
王子登場編(そして放置)
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78日目 月とエウロパと僕らの恋




先輩は周期的に変な事を考え、定期的にそれを実行する。

まるで惑星運動のようなダイナミズムと規則性を持って活動する先輩に、助手である所の僕も追随するわけである。

さながら僕は、母星の周りを周回軌道する衛星。

地球で言う所の月であり、木星で言う所のエウロパである。


良く晴れた空の下、僕らが立つ公園には涼やかな風が吹いていた。

先輩の手にはフリスビー。僕の手には虫取り網。

つまりこの網で、先輩の投げるフリスビーをキャッチしようというスポーツだ。

名付けて『あの風を追いかけて』。そのネーミングとは裏腹に、風に翻弄されるだけの運動だった。


「少年。君に見えるかな? この風が……!」


一陣の風が吹く。その時を待っていたかのように、先輩がフリスビーを投げた。

甘い! この程度の風なら予測してたさ! 僕は確信を持って網を構えた。


「甘いですね先輩! これはチョロいですよ!」


フリスビーの描く軌道を予測する。

先輩の手から放たれたそれは、風に煽られながらカーブを描いた。

――見える! 僕にも軌跡が見えるぞ!

イメージと重なっていく現実のフリスビー。僕は思い切り網を振るった。


「獲ったー!! うおおおぉぉぉ……おぉぉ!?」


まさにフリスビーを捉えようとした瞬間だった。

突如としてそれまでとは逆の方向から風が吹き、フリスビーの軌道を変化させる。

まるで生き物のようにうねりながら。

フリスビーは僕の構える網をすり抜けていった。


「な、なんとぉ!?」


遥か後方へと飛んで行くフリスビーを呆然と見送る。

驚愕を顔に貼り付けたまま、僕は先輩に視線を戻した。

そこには不敵に微笑む先輩が居た。

まるでこの世の全てを見通すかのような――そんな目で、僕を見つめている。


凄い、人だ……!

僕は(おこり)を起こしたように震えていた。

この人はきっと、最後に吹いた風までを読み切っていたのだ。

風使い。そう呼ぶのはあまりに恥ずかしいので止めておくが、僕は崇拝にも似た尊敬の念を抱いた。




僕の尊敬はコイン数枚分の飲料水へと変わり、先輩は僕が奢った缶ジュースを嬉しそうに飲んでいた。

この程度の物で大喜びしてくれるのが先輩の可愛い所である。

太陽の日差しを遮るように延びる枝葉の下に。

白いペンキで塗られたプラスチック製のベンチがあり、僕らはそこに腰掛けていた。


「ふふ、少年。君はまだ風が『()え』無いみたいだね!」


「っていうか、先輩には何が『()え』ているんですか?」


「うーんとね、そんなに難しい事じゃないよ? 風の規則性とか、カオス理論とか……」


カオス理論の時点で不確定要素満載じゃねえか。

答えにならない先輩の言葉に、僕はさらなる疑問の中へと投げ込まれた。

天才は天才にしか理解できないという事なのだろうか?

超人として名高い先輩。僕はとある可能性に気付き、それをそのまま口にした。


「もしかしてマジでチャクラとか開いてるんですか?」


「あっは! チャクラなんて開けるわけねーじゃん! バーカバーカ!」


「この前、瞑想しながらチャクラを開こうとしてましたよね!?」


「ああ、あれ? ダメダメ。眠くなるだけだったよ?」


先輩は両手の指先で挟むようにして缶ジュースを持つと、事も無げにそう言った。


「私は最初から諦めるのがイヤなだけだよ。もしかしたらチャクラだって開けるかもしれないじゃん?」


「そ、そんなもんですかね?」


確かに、やる前から諦めるのは良くない事だ。

しかしチャクラを開く事は、最初から諦めてはいけない事なのだろうか?

その辺りはもっと深く考えなければいけない事のような気がした。


「私は真っ直ぐ生きるのが好きなんだ。君にだってあるでしょう? そういうの」


何気なく()いてくる先輩。

全てを見透かす目が、真っ直ぐに僕を射抜いている。

光に透けて金色に光る双眸。先輩の瞳の色は、どこか子供の頃に見た空の色に似ていた。

そんな懐かしい色に見つめられて――僕は、何も考えずに答えていた。


「僕は先輩と二人で居る時の自分が好きなんですよ」


「おっ? ナルシストかぁ?」


「違いますよ! ……微妙に」


その微妙な違いを伝えるために、言葉を探す。

ニュアンスというかセンテンスというか。

いやはや、どういう風に伝えたらいい物やら?


「何て言うんですかね。人間って、色んな性格を持っているじゃないですか」


「そうかなぁ?」


いきなり話の腰を折る先輩に、僕は強調するように言った。


「少なくとも僕はそうなんです」


「八方美人だもんね、君って」


「それは褒め言葉では無いですよ!?」


こほん、と息を整えながら僕は話を続けた。


「思うんですよ。人間なんて、ありとあらゆる物に影響されるって」


黙って僕の言葉に耳を傾ける先輩。

そんな先輩から一反視線を外すと、僕は木陰の下から見える青空を眺めた。

青すぎる星。卵の内側のように半円を描く天を見つめて、僕は言葉を続けた。


「雨が降ったら何だか気分が滅入ったりしませんか? 空が晴れればテンション上がったり。風が吹いたら、何だか感傷的になりますしね」


「それは何かの病気じゃないかな?」


「病気!? 僕の感受性が病気!?」


「冗談だよ。きゃは! 君に真面目な顔は似合わないぜ?」


にやにやと笑う先輩。

僕はそんな先輩に歯噛みした。


クソッ、人が凄く真面目な話をしているというのに……!

先走る十代の若さをもっと大事にしていこうよ!

もっとこう……あれ? よく考えるとそれってスゲー恥ずかしい事じゃね?


心だの感受性だの、僕は一体何を言っていたのだろう?

うわあ、急に冷めて来た。何を真面目に語っていたんだ、僕は?

確かに何かの病気かもしれない。


もっと科学的に、合理的な例を示すべきだろう。

愛だの恋だの、そんな話をすべきでは無いのだ。

化学式的に僕と先輩の関係を模索した。

一体、僕にとって先輩とは何なのか?


あまり深くも無い思考を経た後、僕の脳裏に閃くものがあった。

僕にとって先輩とは――

先輩とはつまり――。




「僕が水だとすれば、先輩はナトリウムなんです」


「……つまり、どういう事?」


マテリアルチックな僕の例えに、先輩は疑問符を浮かべた。

そんな先輩に向かい、僕は言葉を付け足した。


「入れると大爆発ですねえ」


「……うーん、それってどういう意味?」


やはり疑問符を浮かべる先輩。

可愛らしく缶ジュースを持つ先輩に、僕は緩い笑みを浮かべる。

先輩と二人、陽だまりの中で微笑みながら。僕は言った。


「どういう意味でしょうね?」


自分でもよく分からない例えに。

こんな時は、微笑んで誤魔化そうと思う。

僕らはお互い、疑問符を浮かべながらベンチに座る。


先輩の手には、僕の奢りの缶ジュースがまだあった。

握り潰さないためだろう、その缶を指先でそっと挟む先輩が。

何だか可愛いな、そんな風に思うのだった。





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