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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
王子登場編(そして放置)
76/213

76日目 ノット・イエット・イエスタディ

タイトルの英語は語法として間違っていると思います。

だがそれが良い……!


友人。それは学生生活を彩る無二の存在であり、熱い友情を交し合う相手である。

果たして人は、友人に対して何を贈るべきか?

友情を形にするために。

言葉で、態度で、プレゼントで。人は、思いを伝えるのだ。


今日も今日とて、僕は屋上に来ていた。

誰にも邪魔されないようにしながら、友人へ贈るとある物の事について考えているのである。

僕が友人に贈るもの。それは偽のラブレターだった。

ドッキリという名のプレゼントを――僕は贈り続けている。



ふふっ。僕が書いた物だとバレたら、殺されるかもしれないな……!



たらりと汗が流れるが、問題は無い。何故なら僕のモットーはジョークに全力を傾ける事だからだ。

むしろそのスリルに病み付きになっていると言っても過言では無い。

……爽やかな風が頬を撫でていった。

額から流れる嫌な感じの汗を拭う。大丈夫、僕はまだやれる……!




「風が、ざわめいているな……!」


「あなた、こんな所で何を言っているの? バカなの?」


何となく漏らした一言に返事を返され、慌てて後ろを振り返った。

冷酷無常、春遠し。冷蔵子さんがそこに居た。

開花の時を待つ(つぼみ)を再び凍えさせるような目で、ジッと僕を見つめている。

その視線の冷たさに耐えながら、僕は言った。


「最後にわざわざバカって付けるのは酷いと思うんだ!」


「それで、こんな所で何しているのかしら?」


「スルー!? クソッ、一点の曇りも無い眼をしやがって! 僕がバカだという事には、もはや何の疑問も無いという事か!?」


ここらで彼女の認識を改めさせないと沽券(こけん)に関わる。

いやすでにプライドの半分くらいを諦めかけているわけだが、残り半分くらいは死守したい。


見上げれば、今の僕には巨大過ぎる青空が広がる。

それを背負うかのように、ゆらりと背筋を伸ばした。

ふー、と溜息にも似た吐息を吐いた後、僕は彼女に向かって不敵な笑みを浮かべる。

頭の良さそうな会話の一つや二つ、僕にだって出来るんだぜ?




「知ってる? 世界って、五分前に出来たのかもしれないんだよ」


「何よそれ。ファンタジーの話?」


「あれ? 知らないんだ。五分前仮説って言う、哲学の話だよ」


インターネットで話題になっていたネタだ。

機械に疎い冷蔵子さんはネットもダメだと分かっている。

そしてどうやら、この話題の事も知らなかったらしい。

内心でほくそ笑みながら、僕は聞きかじった知識を得意気に披露した。


「例えば僕らが五分前に作られたとして、それを否定する事が出来ないっていう話さ」


「あら? それじゃあ私が覚えている昨日は何なのかしら? 確か昨日も、あなたはいつもの部屋に来なかったと思うのだけど」


「その記憶が、五分前に作られた物じゃないって誰に証明できるかな?」


「誰にって……」


言いよどむ冷蔵子さんに対し、僕は(まく)し立てるように言った。


「僕らは、昨日があると無邪気に信じている。今もね? でもさ、それを証明しているのは、僕ら自身の記憶でしか無いんだよ」


ここまでは、聞きかじった知識をそのまま言っているだけだ。

しかしそれだけだと心許無(こころもとな)い気もする。

アレンジくらいしといた方が良いだろうか?

少し迷った末に、誰もが知る伝説の言葉を繋げた。


「我思う故に我あり、ってね。僕らがここに()るという証明は、他ならぬ僕ら自身で行うしかない」


屋上に吹く風が、冷蔵子さんの長い金色の髪を揺らした。

彼女は何故か、少しムッとした顔で僕を見つめている。

巨大な方円を描く群青色の空を背に、彼女の存在だけが切り離されたようにそこに()った。

腕組みしながら、しなやかな曲線を描く唇を開く。


「懐疑論ね。私、そういうの好きじゃないのよ」


「あれ? そうなの?」


「そうよ。懐疑主義って、答えが出せないっていう考え方でしょう? それを言い訳にして答えから逃げている気がするのよ」


「逃げる? ふふん、僕の考え方は違うな」


真っ向から否定してくる冷蔵子さん。

そんな彼女に対し、僕はニヤリと笑い返す。

不機嫌この上ないといった様子の彼女のご機嫌を取るように。

サプライズ・プレゼントを披露する陽気な外人のような、満面の笑みを浮かべて言った。


「僕らには昨日が無いかもしれないし、世界も明日が無いかもしれない。それでも僕は、ドッキリ企画を練らないわけにはいかないのさ」


「何よそれ」


思わずと言った感じで笑い出す彼女。

少し呆れながら、同時に困ったような。そんな表情を浮かべている。

まるでその表情は……なんだろう、深く考えるとイラっとする気がする。

思わず頭に浮かんだ母親の顔を消し去りながら、僕は言葉を続けた。


「長ソバくんに贈るラブレターさ。僕は彼を騙す事にかけては全力だからね」


「あれ、まだやっているの? いい加減にしなさいよ」


苦笑しながら僕を(たしな)めてくる冷蔵子さん。

そんな彼女に、僕は少し真面目な顔を作りながら言葉を返した。


「寂しさを抱えてさ。過去が幻かもしれないって思いを抱きながら、今日を生きて行くのさ。馬鹿な事を考えながらね」


「変に前向きね、あなたって」


「そうだね。先輩に影響されたのかな?」


「そう……先輩、ね」


何故か先輩という部分を強調する冷蔵子さん。

それを少し不思議に思いながらも、僕は目の前に広がる果てしない空に思いを()せた。


未だ昨日は無いのかもしれない。

僕らに過去は無く、未来があるかどうかも怪しい。

それでも空は晴れているし、雲は流れていく。


群れなす鳥が羽ばたいて行った。

あの鳥達は、己の行く先を知っているのだろうか?

巨大な空に飲み込まれながら、懸命に何処かを目指している。

たとえ明日を知らなくても――今日を羽ばたく事は出来るのだ。




「それで、あなたの昨日はどんな一日だったのかしら?」


何気なく()かれたその一言に、僕は思わず口を滑らしてしまった。


「僕の昨日? そうだね、女の子を脅迫する方法を考えていたよ」


「はっ?」


「えっ?」


鳥が鳴く。

高く澄んだ空に、鳴き声が不吉に響く。

ああどうして、僕は言わなくて良い事を言ってしまったのか?

誰か世界を五分前に戻してくれ。


しかしそんな願いも虚しく、目の前にはメラメラと正義の炎を燃やす冷蔵子さんが居た。

ですよねー。女の子を脅迫って、そんなの許せないですよねー。

僕の前に仁王立ちになる彼女。怖い。目が怖い。泣いちゃうかもしれない。

涙を(こら)えながら、僕は最後の弁明に全てを賭けた。


「……脅迫? それは一体、どういう意味かしら?」


「いや違うんだ! 偶然見たクマさんパンツがタイムリーに……いや、そうじゃない! お願い! 待って!」


「じっくり話を聞かせてもらおうかしら?」


「いや待て誤解だ話し合おおおぉぉおぉ!?」


もしかしたら、世界は五分前に出来たのかもしれない。

しかし、五分前に戻す事が出来ないのも事実だ。

未だ無いかもしれない昨日と、取り返しのつかない今日を生きながら。

屋上から見える世界は、今日も僕の目に眩しく映った。


「さあて、どの指を折ろうかしら?」


「親指も人差し指も、全部僕の掛け替えの無いパートナーなんだ!」


「そうね、全部折ろうかしら?」


「いやあぁぁあぁ!?」


ノット・イエット・イエスタディ。

昨日を知らない僕ら。


そんな僕らは、明日を生きて行く。

抱えた寂しさを笑い飛ばしながら。

揺れる風に、思いを乗せて。





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