表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
王子登場編(そして放置)
73/213

73日目 もしも貴方が願うならば




夢を見た。


――それは、遠い日の記憶。

褪せた色の空は、珍しく晴れていた。

枯れた木々。寂れた街角。

吹き寄せる風に、幼い僕は目を細める。


安っぽい鉄柵の広がる線路。

遮断機は下りていない。静かな空が広がっていた。


鋼鉄のレールと渡り木で組まれた軌道。

古びた木板の上に、そっと足を乗せる。



見渡せば、線路は遥か彼方まで続いていた。



砂利と枯れ木の続く、レールの導く世界。

その向こうに広がる薄い雲を見つめながら。

この先には何があるのだろう、そんな事を思った。







「何て事なんだけどさ」


授業と授業の合間の休憩時間。

だったはずだが、次の授業の先生が来ない。

最初は大人しく席に着いていた皆も、今では思い思いの行動を取っている。

そんな暇な時間を利用して、僕は今朝見た夢の話をしていた。


「それで、その先には何があったのかしら?」


机に肘を着き、頬杖しながら僕の話を聞く冷蔵子さん。

彼女の前の席が空いていたので、僕はちゃっかりそこに腰掛けている。

後ろを向き、イスの背もたれを抱えながら、僕は話を続けた。


「ただ隣町に繋がってただけだよ。分かっちゃえば、何て事無いもんだよね」


「そうね……。現実を知ってしまえば、イメージは色褪せてしまうものよ」


なんだか夢の無い事を言う彼女に、苦笑を返す。

まあ……確かに、現実に隣町を見るまでの方が、期待は大きかったが。

彼女の言う事にも一理あるかな、なんて思いながら僕は言った。


「空想していた時の方が楽しかったなぁ。この先にはきっと凄い街が広がってるぞって」


「例えばどんな街?」


「そうだね。死者の街とか」


死者の街、と耳にした冷蔵子さんは、眉を顰めながら言う。


「悪趣味ね」


「ええー? でも映画でもそんなのあったじゃん。死者と会える街って」


「あら。あなたの事だから、ゾンビに支配された街かと思ったわ」


意外そうな顔をして言う冷蔵子さん。

彼女は一体僕を何だと思っているんだ?

幼き日の僕が、線路の向こうにゾンビの街を夢想していたとでも言うのか。

少しムッとする僕に気付かぬまま、彼女は言葉を続けた。


「死者に会える街、ね。ねえ、あなた知ってる? イザナミとイザナギの話」


「神様でしょ? いまいちどっちがどっちか分からないんだけど」


「神話くらいちゃんと覚えておきなさいよ。……まあいいわ。とにかく、神話にも出てくるのよ。死者の国が」


「へえ。まあ神話ってそんなもんでしょ?」


適当に相槌を打つ。

正直あまり興味は無かったが、冷蔵子さんはノリノリだった。

本当、説明するのが好きだな。

喜びに輝く瞳を眺めながら、僕は彼女の言葉を待った。


黄泉(よみ)の国くらいは聞いた事あるでしょ? イザナミは死して黄泉の国へと至り、イザナギは彼女に会いに行くのよ」


「ああ、イザナミの方が女性だったんだ」


「あなたねぇ……。ま、とにかくイザナギはイザナミに会ったんだけど、イザナミのあまりの変わりように逃げ出してしまうのよ」


「破局かぁ」


男と女の間なら、そんな事もあるよね。

男女関係の切なさに思いを馳せる。

冷蔵子さんはいよいよ得意の絶頂で、嬉々として説明を続ける。


「そしてイザナミに追いかけられないように、黄泉(よみ)の国への道を閉ざしてしまうのよ」


「へえ。じゃあさ、もしもイザナギがイザナミを受け入れてたらどうなってたんだろう?」


僕の質問に、冷蔵子さんは少し面食らったようだ。

ふうむと考え込むと、斜め上を見上げながら言った。


「そうねえ……。黄泉よみの国への道が閉じず、現世と幽世(かくりよ)が繋がっていたかもしれないわね」


カクリヨ? 良く分からないが、多分あの世の事だろう。

現実世界と死者の国を繋ぐゲート。

一般的に言ってただの御伽噺だけど、もしかしたら科学的な考察が出来るかもしれない。

好奇心に駆られた僕は、オープンザゲートを目指して言った。


「閉じられるって事はさ、開けられるって事じゃないかな?」


「開けてどうするのよ?」


「さあ? とりあえず、開けてみてから考えるさ」


何事もやってみなければ分からないのだ。

インドを目指してアメリカに辿り着いたコロンブスとかね。


そもそも、海の向こうには何も無いと思われていた時代もあったのだ。

行ってみて、初めてそこに別の大陸がある事に気が付いたのだ。

人間なんてそんなもので、最初に立てた予想など役には立たなかったりする。

ならばいっそ、やってみてから考えるのもありだろう。


「無計画ね。ま、あなたらしいけれど」


呆れたように冷蔵子さんは言った。

っていうか、さっきのセリフのどこに僕らしさがあったというのか。?

いつかきっちり話し合わなければいけないな……!


密かに彼女との決戦を画策する。

空中戦、水中戦、地上戦の三本立てだ。何がかは分からないけど。

馬鹿な事を考えている僕に、彼女は試すような口調で言って来た。


「もしも私がイザナミで、あなたがイザナギだっとすれば、あなたはどうしたかしら?」


「ん? 何が?」


「さっきの話の続きよ。私が死者の国で変わり果てた姿になっていたとして、あなたは私を抱きしめる事が出来るかしら?」


ふむふむ。僕がイザナミで彼女がイザナギ。いや逆だったか?

まあとにかく、僕が当事者だったら黄泉の国への道はどうなっていたかと言う事だ。

もしも僕が、彼女を抱きしめられれば道は開かれる。

逆に拒否すれば、道は閉ざされる。うーん、どうかなぁ。


出来ればオープンザゲートの道を試してみたいところだが、いかんせん状況が良く分からない。

かつて神様すら逃げ出した場面である。

果たしてどんな状況だったのか? 僕は冷蔵子さんに説明を求めた。


「んー……変わり果てた姿って、具体的にどんな感じ?」


「そうね。虫が湧いていたらしいわよ」


さらりと言われ、言葉に詰まる。

虫……虫っすか。それはもう、彼女を抱きしめるというより虫を抱きしめる事にならないか?

いやそうじゃない。抱きしめる相手は愛しい女性であり、虫は付属物に過ぎないのだ。

しかしだ。どう考えても、湧き上がる虫を避ける術が思いつかない。


「おう……もれなく虫も抱きしめる事になるのか」


思わず苦悶を漏らす僕に、彼女は面白がるような表情を浮かべた。

何を楽しんでいるのか。あるいは、期待しているのか。

妙に熱を帯びた瞳で僕を見つめている。


「さあ、あなたに出来るかしら?」


「むむむ……! ちょっと考えさせて!」


出来るだろうか? 

虫だよ、虫。多分クネクネしてる感じの虫だ。

あの動きって何って言ったっけ……そうだ、蠕動(ぜんどう)だ。


いや違う、そうじゃ無い。問題は筋肉運動の名称では無いはずだ。

人に湧くって言ったら、ウジ虫だよなぁ。きっついなぁ。

でも待てよ。ウジ虫って、確かチーズを発酵させる為に使うって()いた事があるぞ。

そう考えると、案外に益虫と呼ばれる部類なのかもしれない。


あれ? でもそうなると、人の体もチーズみたいなものだって事?

そんな馬鹿な……! 

驚愕の真実に辿り着きかけた僕に、冷蔵子さんが冷たい一言を放った。


「あなた、その顔はまた馬鹿な事を考えているでしょう?」


「また!? ちょっと待った、いつ僕が馬鹿な事を考えたって言うんだ!」


「いっつもじゃないの? バーカ」


何やら含みのある笑みを、白磁のように美しい相貌(そうぼう)に浮かべる冷蔵子さん。

艶然(えんぜん)とも言える表情ではあったが、僕は納得しなかった。


「それは間違ったイメージさ! 真実の僕を知れば、そんなイメージは色褪せるはず!」


「あらあら? どうかしら?」


不思議と楽しげな彼女。

ぐぬぬ! 負けないぞ! 決して挫けない!

正しい僕の姿を知らしめてやる!


傲然と微笑む彼女の前で。

僕は己の尊厳を賭けた戦いに臨むのであった。

っていうか、冷蔵子さんの僕に対する扱いがどんどん酷くなっている気がする。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ