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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
王子登場編(そして放置)
72/213

72日目 せめて人間らしく

「ええか坊主、俺達は個であり全や。森羅万象を感じ、その流れに身を任せるんや」


「ういっす」


意味不明な理論を繰り出す大阪さんに、下っ端的な返事を返す。

公園のベンチにて。僕らはベンチに座って居なかった。

ベンチの座席とケツとの間には、常に一センチくらいの隙間がある。

いわゆる空気イスである。足腰の筋力トレーニングにして、地味に辛い体勢だ。


何故僕らは空気イスをしているんだろう。

そこには特に深い意味は無い。

強いて挙げれば、そこにベンチがあったからだ。


公園でたまたま大阪さんに会い、そこにはベンチがあった。

そしてこうなったのである。

なんで普通にベンチに座らなかったのかなぁ?

今思えば不思議であるが、世の中ままならないものである。

空気イスは続く。


「気脈の流れと、地脈の流れ。それは円環のように巡り合っとる。分かるやろ?」


「分からないっす」


師匠と弟子、そんな感じで会話をする僕らだが、もちろんそういう関係では無い。

何となく一緒に空気イスをして、何となくそれっぽい会話をしているだけなのだ。

暇を持て余した挙句がこの様である。いや、キライじゃないんだけどね。


師匠的立場の大阪さんが、さっきから謎理論を繰り返している。

弟子的立場として真面目に返してもいいのだが、今はそういう気分では無かった。

僕のおざなりな返事が気に入らないのか、それとも本気で師匠的立場にのめり込んでいるのか。

大阪さんは声を荒げて叱責してきた。


「なんやと!? ええい、修行が足りんのや! 今まで何やっとったんや!」


「可愛い女の子を捜してました」


「ドアホウ! ええか、修行に女人は禁物や!」


女人は禁制らしい。

修行僧のような格言を口にする大阪さんに対し、僕はギラリと目を光らせる。

教会の訴える天動説を否定するガリレオのように。

歪んだ条理を正すため、僕は正義の声を上げた。


「大阪さん……森羅万象の中には、女性も含まれるんじゃないですか?」


「未熟者がいっぱしの口を()くんやない! バカタレェ!」


こっぴどく罵られた。

やはり正義の声は届かないのである。

火あぶりにされかけたガリレオを想いながら。

僕はポツリと呟いた。


「大阪さん」


「何や?」


「足がプルプルしてきたんですけど」


「それが大地の地脈の流れや。足が地脈と接合してるんやで」


プルプルを超え、ガクガクとしてきたフトモモ。

限界は近い。僕は真顔で冷や汗を流しながら会話を続けた。


「なるほど。これは地脈の振動ですか。それはそうとですね」


「何や」


「あそこに立ってる娘、ちょっと可愛いと思いませんか?」


「坊主、さっきから! ……ってほんまに可愛いやないか!」


「でしょ? さっきからこっち見て笑ってるんですよね」


「俺らが空気イスやってるからやろうな」


しばし、無言の時が流れた。

フトモモ・膝・ふくらはぎが尋常では無いくらい震えている。

あの女の子は、僕らが全身を震わせながら空気イスをする姿の何が面白いんだろうか?

そして僕らは何故、空気イスを続けるんだろうか?


世の中は分からない事だらけだった。

しかしよくよく考えると、自ら率先して訳の分からない世界を作り出している気もする。

作り上げた世界を壊すように。

僕はそっと、大阪さんに提案した。


「続けます? これ」


「……続行や。今止めたら、逆にカッコ悪いやろ」


「今さら何をどうした所で、手遅れな気もしますけどねー。……っていうか、足が限界なんですけど」


ガクガクを超えて、ガックンガックンな感じになってきた僕の両足。

見れば大阪さんも大差ない状況だ。

視線を向ければ、やはりこちらを見て笑っている麗しい少女が見えた。

今の僕ら、客観的に見ればかなり面白い光景かもしれないな。


「そうか。実は俺も限界や……!」


限界は唐突に訪れ、そして去っていく。

ドサッ、と力なくベンチに腰を下ろす僕と大阪さん。

うわあ、足が、足が凄い事になってる!

ナニコレ!? これが大地の気脈の力とでも言うのか!?


筆舌に尽くしがたい妙な感覚を伝えてくる両足。

背筋が粟立つ。全く足を動かせないまま、僕らはベンチに背中を預けた。

う~ん、足が動かない。正確に言えば力が入らない。

震える膝を抱えながら、同じく動けなくなっている大阪さんに話しかけた。


「あの娘、まだこっちを見てますよ」


「次に俺達が何をやるか、期待してるんやろうな」


チラリ、と少女に視線を向けながら大阪さんが言う。

そんな大阪さんに、僕は何も考えないまま問いかけた。


「どうするんですか?」


「やるしか無いやろ。期待に応えてこそ大阪芸人や……!」


無駄にやる気を燃やす大阪さん。

拳をグッと握り締めるが、足は相変わらず妙な震えが止まらない。

精神力では超えられない肉体的限界を感じながら、僕は言った。


「もう空気イスは無理ですよ?」


「わかっとる。地脈の次は、気脈や」


「気脈……ですか」


その無駄な設定、まだ生かすんですね。

そんな感想を抱く僕に、大阪さんは秘伝を伝えるかのように声を潜めて言った。


「まず息を大きく吸い込むんや」


「ふむふむ」


「そして一瞬止めた後、今度は吐くんや」


「ふむふむ。それってただの深呼吸ですよね?」


「そうとも言うやろうな」


ふー、と息を吐きながら、遠くを見つめる大阪さん。

そうとも言うやろうな、じゃなくてまんま深呼吸じゃねーか。

あれか、考えるのが面倒になったのか。

あっさりと大阪芸人のプライドを捨てる大阪さんに、僕は冷たく指摘した。


「果てしなく地味じゃないですか?」


「むう。確かにそうやな。どう考えても、あの娘の笑顔を作れるとは思えんわ」


何やら考え込んでいるが、果たして大阪芸人の誇りは戻っているのだろうか?

大阪さんは胸の前で腕組みすると、苦吟するかのように語り出した。


「しかしやな、今の俺達の足は生まれたばかりの子馬のようなもんや。まともに動かれへん」


「そうですね」


「ああ、そういえば『もしも俺が天使だったら』なんて歌があったような気がするわ」


「へっ? なんで天使の話なんですか?」


「ほら、天使なら飛べるやろ? 足が痺れてても」


「そんな理由で飛ぶ天使ってどうなんですかね?」


「分からんで? 案外、足腰弱いかもしれへんやろ」


「ええ~? まあ、そう言われてみると、背筋に全力傾けてる感じはありますね」


背筋を鍛えるために、足元が疎かになる天使。

プルプル震える足を隠すために、彼らは飛ぶのだ。

そこでふっと思いついた僕は、頭に浮かんだままの言葉を口にした。


「じゃああれはどうなるんですか? 翼の折れた天使とか」


「骨折やな」


「ロマンが無いですね!? いやそうじゃなくて、足腰の話なんですけど」


「坊主、今大事なのは天使やない。目の前のあの子の笑顔を作る方法や……!」


真剣な表情で語る大阪さん。

あんたが天使って言い出したんだろ。


「って言っても、この状態から出来る事があるとも思えないんですけど」


「そうやなー」


力無く呟く大阪さんに、僕はポツリと言った。


「こうなったらもう、大阪さんがどっか骨を折ってみせるしか無いんじゃないですか?」


「愛が無いな!? いやそうやなくて、それ全然笑われへんやろ!?」


全力で否定する大阪さん。

そんな大阪さんに対し、僕はキラリと瞳を光らせる。

まるで御家人に対し、御恩と奉公を説く北条政子のように。

条理を成すため、ぴしゃりと言った。


「大阪芸人は体を張ってなんぼじゃないですか」


「いやそれはあかん! あかんのや! 骨を折るのは、流石に誰もが引くで! ドン引きや!」


体を張る事には異論は無いらしい。

大阪さんは「うーむ」と瞑目しながら考えを巡らしている。

どうやら体の張り方にも色々あるようだ。

やがて考えがまとまったのだろうか、呻くように言葉を発した。


「後になって、実は折れてたって分かるのなら美味しいんやけどな」


「じゃあさっきの空気イスで足が折れた事にしましょうよ! 今から!」


「今から!? ほんま、容赦無いやっちゃな!」


愕然とする大阪さん。

そんな大阪さんを見ながら、僕は冷酷に告げた。


「大阪さん、僕達は天使じゃないんです」


「せめて人間らしく行こうや!?」


大阪さんの悲痛な叫びが、どこまでも響いていた。





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