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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
王子登場編(そして放置)
70/213

70日目 ホタルイカの最後

何気なく70話目ですよ。

1話が短いとは言え、感慨深いです。



漁り火(いさりび)って知ってる?」


いつものように突飛な話題を振ってくる先輩。

これだよこれ、刺激的な話題こそが日常を豊かにするんだ。

密かな喜びを胸に、はて漁り火とは何だ? と考える。

残念ながら僕の頭の中には思いつく単語が無い。

電脳化してグーグルと接続出来れば便利なのに、なんてSFちっくな事を夢想しながら僕は()き返した。


「何ですかそれ?」


「船の光の事よ。夜に漁をする時に点ける火の事らしいわ」


先輩では無く、冷蔵子さんが説明してくれた。

なるほどね、ホタルイカの漁では煌々と明かりを焚くらしいけど、それの事かいな?

大量に釣り上げられるホタルイカの最後を想像する僕。


『ぐわああ! やられた! ちくしょう!』


『人間め! 明かりで我らを騙すとは!』


『我らホタルイカ族の命運もこれまでか……!』


むう。ごめんよ。そして僕たちの食卓に並んでおくれ。

心の中で悲しみを乗り越える僕。

今日の僕たちは、無数のホタルイカの上に成り立っているのかもしれない。

涙の数だけ強くなろうとしている時、先輩が話の続きを始めた。


「私、漁り火って見た事無いのよ」


「そりゃあそうでしょうね」


「見たい」


「はっ?」


「一度で良いから見てみたい!」


やたらこだわる先輩。

しかし、漁り火ってそんなに凄い光景なんだろうか?

ホタルイカには黙示録的な意味合いを持つ物であっても、我々人類にとっては小さな事柄である。

人類である僕は、賛同を求めるべく冷蔵子さんに話を振った。


「そんな大層な物かな?」


「それなりに綺麗な風景ではあるらしいけど……どちらかと言えば地味で、趣味人の興趣みたいな所があるわね」


ほう。やっぱりそんな物か。

納得する僕らを否定するように、先輩は声を張り上げた。


「むう! 分かってないな! 大事なのは今この瞬間だよ! 見たいと思った時、それはどんな千金よりも価値がある物なんだ!」


バン! と机を叩く先輩。

言わんとする所は分かる。どんな物でも旬があるという事だろう。

僕だってそんな時があった。例えばそう、コーヒー牛乳を飲む為に、わざわざ寮を抜け出して銭湯に行ったり。


ただのコーヒー牛乳ではダメなのだ。銭湯を上がった後に飲むコーヒー牛乳こそが至高である。

それは、確かにどんな金銀よりも価値ある物だった。少なくとも僕にとっては。

遥かなる過去に思いを飛ばしながら。しかし僕は先輩に向かって(いな)、と言わねばならなかった。


「なるほど……しかし、僕には海アレルギーがあって、海は鬼門なんですよ」


「海アレルギー? 何よそれ」


胡乱(うろん)な目つきで尋ねてくる冷蔵子さんに、僕はきっぱりとした口調で答えた。


「潮風に吹かれると髪がベタつく(やまい)さ」


「ふーん……って、それって当たり前なんじゃないかしら?」


「少年! アレルギーを克服しないで良いの!? 今この瞬間だよ!?」


僕らのやり取りを無視するかのように、拳を握り締めながら力説する先輩。

海に積極的に行って、アレルギーを治そうぜ! という事らしい。

しかし、先輩は間違っている。その考え方は間違いなのだ。

僕は真剣な表情を作ると、先輩の誤りを指摘した。


「先輩、アレルギーは克服出来ません。間違った精神論が、取り返しのつかない結果を生むんですよ?」


「っていうか、あなたそれ嘘よね? 海アレルギーって」


冷たく言って来る冷蔵子さんに対し、僕は苦吟するように瞳を閉じた。

そして孤立しながらも悪と戦う正義の戦士のように、熱く吼えた。


「アレルギーへの対処には周囲の理解が必要なんだ……くぅ、現代日本の医学体制は、まだまだ十全とは言えないなあ!」


「だから、嘘……」


なおも言い募ろうとする冷蔵子さんに素早く近付くと、僕は彼女の肩を掴んだ。

激しく揺さぶりながら、熱い思いを叩き付けた。


「今この瞬間だよ!? 今この瞬間から、理解を深めるんだ! 最初から嘘だと決め付けていないかい!? アレルギーは千差万別なんだよ! よく考えてみて!」


「うええ!?」


ガクガクと僕に揺さぶられながら冷蔵子さんは(うめ)いた。

もう少しだ。もう少しで彼女の心理を揺さぶれる。

そう確信する僕。その間隙を()くように。

先輩が、身も蓋も無く言い放った。


「う~ん……でもさ、私も前々からそれは嘘だと思ってたんだけど……」


「え? まさか信じてたんですか? 嘘に決まってるじゃないですか」


「ちょっと! じゃあ私に力説した言葉は、一体何だったのよ!?」


僕の手を払いのけながら(ののし)ってくる冷蔵子さん。

そんな彼女に向かって、僕はあっけらかんとした口調で返した。


「冗談に決まってるじゃん。僕は冗談を言う時は全力で、ってのがモットーなんだ」


「傍迷惑よ!? どうでもいいモットーを持たないで!」


「少年、今この瞬間だよ? 今この瞬間から直していこう?」


「ええ!? なんでそんなリアルな説教になるんですか!? もっと楽しく生きましょうよ、ねえ?」


「あなたねぇ……」


「少年の問題の根は深いね」


「生まれながらの禍根……かしら?」


「ええー……僕の遺伝子に問題があるみたいな言い方、止めて下さいよ」


二人のあんまりな態度に、僕はいよいよげんなりとしながら言った。

しかし二人はこの話を止める気は無いらしい。

どうやら生物学者よろしく、僕のDNA鑑定でも始める気のようだ。


「学術的ね」


「そうねぇ、貴方のご両親はどんな人なの? 興味が出てきたわ」


「僕の両親?」


ルーツから僕を探ろうというのか、冷蔵子さんはそんな事を言って来た。

しかし残念ながら、僕の両親は大して面白い事は無い。

至って普通の親だ。むしろ面白味が無さ過ぎて、もっと捻りを入れて欲しいくらいだ。


「別に、変わった所は無いよ。強いて挙げれば、ことある事にジイちゃんを『ゾウリ虫より性質が悪い、消えろ目障りだ』って言う事かな」


「あなたのご両親とお爺さんの間に何があったのよ!?」


おや? どうやら今の話に興味を惹かれたらしい。

冷蔵子さんはグイグイと僕に視線を送ってくる。

世代間闘争なんてどこの家庭にもあるだろう? なんて思いながら、僕は事のあらましを思い出しながら語った。


「うちの父さんが子供の頃さぁ、ジイちゃんから色んな物を食わされたらしいんだ」


「どんな物?」


興味深そうに聞いてくる先輩に、僕は知っている限りの事を話した。


「さあ? 父さんの話だと、図鑑に載って無い感じの物らしいですよ。野趣溢れる山菜を食べる事で、滋養を取りつつ毒への耐性を作るためだったみたいですけど」


僕の話を聞き終わった冷蔵子さんは、呆れたような表情を浮かべていた。


「あなたのお爺さん、一体何を考えてるのよ?」


「それは僕にも分からないなぁ」


きっと誰にも分からないだろう。

そんな事を思う僕に、先輩はしみじみとした口調で言った。


「君はきっとお爺さん似だね」


「実はよく言われるんですよね。ジイちゃんに似てるって。それって、喜べば良いんですかね? それとも悲しめば良いんですか? どっちですかね」


わりと切実な悩みを打ち明ける僕に、二人は微妙な表情を浮かべた。

冷蔵子さんが無言で僕に近付いてくる。

そして、ポンポンと肩を叩いて来た。


「とりあえず背負いなさい。宿命を」


「そこまで気負わなきゃいけない事かな!?」


絶叫する僕。

仮に喜びと哀しみの間で、宿命を背負うとしても。

世界は今日も平和だし、地球は普段通りに回り続けているのだった。





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