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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
王子登場編(そして放置)
69/213

69日目 ワサビと日本人




そこはどこか異質な空気が流れていた。

高い高い校舎に遮られる太陽の光。

巨大な影が中庭を覆っていた。


冷えた風。宙を舞う鳥は、真っ黒な輪郭だけの存在に見えた。

蒼い蒼い空が見える。ぽっかりとそこだけ切り取られたように。

校舎と校舎の間から、見上げたそこは、恐ろしくなるくらい深い空。

中庭の小さな階段に腰掛けて、僕はぼおっと空を眺めていた。


「あら、こんな所で何をしているの?」


不意に声をかけられ、僕は声の持ち主を探した。

明るい空とは対照的に暗い中庭に。

緩やかに髪をなびかせながら、冷蔵子さんが立っていた。

静かに佇む彼女に、僕はポツリと呟いた。


「何もしてない、かな」


「真面目に考えなさいよ、もう」


少し怒った風に言う彼女。

ここに居る目的を思い出しながら、僕は言った。


「和歌なんて、どう考えたらいいのさ?」


「それを考えるのが今日の授業でしょ?」


自然を眺めながら和歌を考えよう。

そんな、教師の突然の思いつきのような課題が言い渡された。

授業の時間を使い、とにかく葉っぱやら鳥やらを見て和歌を作れと言う。

といっても、さすがに行けるところは限られていた。


校庭の中。そこにある物を見て何とかしろというお達しだ。

限られた条件を鑑みながら、僕はもっとも重要だと思える問題点を挙げてみた。


「まず季語がよく分からないんだよね」


「それは致命的ね……」


しみじみと呟く冷蔵子さん。

どうしようも無く、空が青い。

高く果てしない大気圏が静かに渦巻く音が聞こえる。

青く冷やされた空から吹く風は、僕の頬にひやりとした感触を残した。


「風がさ、」


「何よ?」


「心地良いね」


「あなたねぇ……まあ、いいわ」


苦笑するように肩を竦める冷蔵子さん。

その黄金色の髪が静かに揺れている。

風にそよぐ彼女の髪を黙って見つめながら、僕は言った。


「皆はやっぱり表にいるの?」


「そりゃあ、こんな所に来たって題材になりそうな物は無いもの」


苦笑するように言う彼女。

校舎と校舎に挟まれたこの中には、大した物が無かった。

日陰になる関係なのか、花は咲かず、申し訳程度に植えられた植木が意味も無く茂っていた。


確かに、こんな所では季語も見つからないだろう。

そこまで考えてから、不思議な事に気が付いた。

どうしてこんな所に冷蔵子さんは来たのだろう?


ここにある物と言えば、木と影と空くらいである。

いやもう一つあるか。ぼけっと座り込んでいる僕自身が、ここにはあった。

そっと冷蔵子さんに視線を向けながら、僕は言った。


「そうか。……じゃあ君は、僕を探しに来たのか」


「そ、そんなんじゃ無いわよ!」


否定された。予想はハズレか。

まあそんな時もあるさ。特に気にせず、再び空を見上げる。

そのまま、頭に思いつくままに滔々と語った。


「たまにさ、一人になりたい時があるんだ」


「……そうね、私もそんな時があるわ」


うなずく彼女に、あくびを噛み殺しながら話を続ける。


「主に眠たい時とかね」


「あなたね……」


頭に手を当て、それとは逆の手を腰にあてる冷蔵子さん。

頭痛に耐えるようにして、少し怒りながら指摘してきた。


「もうちょっと詩的な気分にはならないの!?」


「ごめん、マジで眠い。全然頭が働かないや」


どうやら彼女はロマンチックな話を期待していたようだ。

しかしロマンスよりも強いのが三大欲求である。

睡眠欲の強大さを感じる僕を、冷蔵子さんが嗜めるように言った。


「和歌はどうするのよ?」


「適当に作るよ。五・七・五・七・五・三だったっけ?」


「途中で七五三(しちごさん)になってるわよ。誰の数え年を祝う気なのかしら?」


「あれ? 違った?」


う~ん、頭が働かない。

七五三のリズムで作るんじゃ無かったっけ? 和歌って。

え~と、最後が三文字だから……いや三文字じゃ無理だろ。

リズムが取れないよ。自問自答しながら僕は語る。


「とにかく、型にはまればいいんだ。え~と、『空を見て 白は雲いな 大きいな 入道雲が 落ちてくる』とかさ」


「滅茶苦茶ね……季語くらい入れたらどうなの?」


和歌の指導をする彼女に、僕は繰り返すように言った。


「だから、季語ってよく分からないんだよ。今時は季節に関係なく何だって手に入るし、それを考えたら季語なんていい加減なもんじゃないか」


今時、季節を表す事なんて滅多に無い。

温室さえあれば大抵の物が作れるのだ。冷凍保存しても良い。

そんな事をムリヤリ持ち出す僕に、冷蔵子さんは少しマジな顔をして言った。


「そういうのを寂しいって言うのよ」


「ほえ?」


「だから、季節を感じる和の心とか、風流を解する心が世間の人から失われているって事でしょう? それってとっても寂しい事じゃない」


どうやら彼女はかなりのロマンチストらしい。

だから……あれ、何だっけ? 眠気が思考の邪魔をする。

スローになっていく頭を振りながら、僕は夢遊病のように言葉を紡ぐ。


「ああ……なるほど……君は……ぐう」


「ちょっと、眠らないでよ」


肩を揺さぶられ、僕は意識を取り戻す。

あやふやな記憶を呼び起こしながら、僕の肩を握る冷蔵子さんに目を向けた。


「ああ、ごめんごめん。何だっけ? 全然頭が働かないんだ」


「もう。そんなんじゃ、まともな和歌は作れそうも無いわね」


「なあに。皆だって、似たり寄ったりさ。多分ね」


「それなりにちゃんとした和歌を作るわよ」


呆れたように言う彼女に、僕はニヤリと不遜な笑みを浮かべながら言った。


「思い出したぞ。あの有名な俳人だって、松島や~なんて、松島オンパレードの超単純な和歌を歌っていたじゃないか」


かの有名な歌を思い出しながら言う僕を、冷蔵子さんは半眼になって見つめ返していた。


「それは俳句じゃない。和歌とは違うわよ」


「あれ? 和歌と俳句って違うんだっけ?」


当たり前でしょ、と短く彼女は呟いた。


「『間違えた ああ間違えた 間違えた』こんな感じでどうかな?」


「……季節感だけでなく、侘び寂びの心すら失われているのね。嘆かわしいわ」


そういってわざとらしく泣き真似をする彼女を眺めながら。

僕は侘び寂びとワサビの相関関係に思いを巡らすのだった。





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