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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
王子登場編(そして放置)
63/213

63日目 贈る詩




「先輩、何書いてるんですか?」


「ああ、これ?」


普段と変わり映えの無い部屋の中で、先輩は何やら一生懸命にプリントを書き込んでいた。

何をやっているのか尋ねた僕に、先輩は顔を上げながら言う。

大きな瞳がマゼラン星雲のように輝きながら僕の顔を映している。


「現国の課題でさぁ、詩を書いて来いって」


「うわあ、厄介な課題出してきますね」


「うん。あの先生、何か勘違いしてるよね」


ぶつぶつと文句を言う先輩。

しかし律儀に課題のプリントに向かうと、何度も確認するように目を通している。

自分で書いた詩を推敲しているのだろう。

先輩は一体どんな詩を書いたんだろうか? 気にならないと言えば嘘になる。

僕は課題に視線を落とす先輩に()いてみた。


「ちなみに、どんな詩を書いたんですか?」


「ふふふ、見たいかね?」


意外と先輩はノリノリだ。自分で書いた詩なんて、普通は人には見せたくないだろう。

そこに先輩の自信を見て取った僕は軽口を叩いた。


「おっ? 自信ありげですね」


「うん。割と自信あるんだ。どうだっ!」


そう言って先輩は誇示するかのようにプリントを掲げた。

僕に向かって突き出された課題のプリントは、一見して非常に簡素なデザインだった。

上の方にクラスと名前を書く場所がある。そして先生からの課題の言葉はたった一文だけ書かれている。


『自由に詩を書いて下さい』


たまにこういうトチ狂った課題を出す先生いるよな……採点目的とも思えないし、単なる趣味なんだろうか?

教師の公権力の横暴について考えを巡らしながら、僕は先輩の詩に目を通した。

『煮えた』。どう読んでも、プリントの白紙部分にはその一言だけ書かれてあった。


「ふふ、ビビッと来た?」


「……ゾクッと来ました。」


感動を期待するかのように瞳を輝かす先輩に、僕は震え声で返した。

何が煮えたんだろう。この一言を考え出した先輩の思考を想像すると、何だか背筋に冷たい物が走る。

恐怖に駆られながら僕は先輩の真意を問いただした。


「こ、この詩にはどんな意味があるんでしょうか?」


「分からない? まだまだだね~」


ちっちっち、とプリントを持つ手と逆の手の人差し指を振る先輩。

僕の教養の無さをなじるかのように、得意満々の表情で詩の解説を始めた。


「煮えたぎるような熱い思い。すなわち青春。この詩には、青春への憧れ、憧憬(どうけい)、情景が全て凝縮されているんだよ!」


どうやら青春を歌った詩であったようだ。

ようやく理解が追いついた僕だったが、どうにも腑に落ちない。

どちらかと言うと、火が通り難い根野菜(こんやさい)に苦労する主婦の姿が浮かぶけどなぁ……。

あるいは初めての煮魚(にざかな)。牧歌的なイメージではある。


いくら読み返しても、青春への憧れは伝わって来ない。

どうしようかと一瞬考えた僕だったが、正直に言う事にした。


「先輩、これだけじゃ伝わらないと思いますよ」


「そう?」


僕の指摘をすんなり受け入れた先輩は手早く筆を動かす。

あれだけ自信があった割には柔軟な態度である。

そういう所は見習いたいな~と考える僕の前で、先輩はプリントに新たな単語を連ねた。


『煮えた。そして()ぜろ』


煮魚失敗! 恐らく電子レンジでも使ったのだろう。

内部から急激に温められ、煮魚が爆発を起こしてしまったのだ。

どうして電子レンジでそういう使い方をするんだ! と夫から怒られる主婦の姿が頭に浮かんだ。

夫からなじられてキレた主婦は言う。なによ、煮魚は出来たじゃない! あなたが()ぜればいいのよっ!

全ては料理ベタが生んだ悲劇である。


訳の分からないイメージを想起しながら、僕は思う。

先輩の詩は何かが間違っている。しかし詩に対して浅学な僕には的確な指摘など出来ない。

そこで暇そうに本を読んでいる冷蔵子さんにアドバイスを頼む事にした。


「詩? ふふん、中原中也くらいは読んでるんでしょうね?」


やはり文系の話題に食いついてくる冷蔵子さんは、謎の人名を当然のように挙げて来た。

しかし何とか原の有名人と言えば塚原卜伝(つかはらぼくでん)しか思い浮かばない僕は、憮然としながら彼女に答える。


「知らないよそんなの。僕は和歌でも『詠み人知らず』って作者に惹かれるタイプなんだ」


「それ、作者不明じゃない」


呆れたように言う冷蔵子さんをせかしてアドバイスを請う。

半眼になりながら僕を見る彼女だったが、やはり詩にも造詣(ぞうけい)があるのか気軽に筆を取った。

先輩の書いた詩の横に、流れるように文字を書き連ねる。


「そうね……こんなのはどうかしら?」


その言葉に促されるように、僕は彼女の書いた詩に目を通した。

草書体っぽい字でちょっと読み難いが、そこにはこう書かれてあった。


『私の髪を解くあなたの指先に 微かに揺れる私の心』


「おお~……? 何かエロいね」


「エロっ!? あなた何を考えてるのかしら!?」


騒ぐ冷蔵子さんを(かろ)やかに宥めながら、僕は先輩に()いた。


「先輩、参考になりましたか~?」


「ふむふむ……つまり、こういう事ね」


言うが早いか、サラサラと筆を滑らす先輩。

たとえ下級生の書いた詩であっても馬鹿にせず、優れた所を参考にしようとする先輩。

先輩のそういう姿勢は凄く見習いたいと思う。

僕らと言う感性と響き合った末に、先輩は新たなる詩を完成させた。


『私は煮えた。あなたは()ぜろ。遥かに見ゆる大雪山』


「どう!?」


「とりあえず、この詩の登場人物の切迫した状況だけは伝わって来ます」


遭難してヤケクソになった男女の姿が想像された。

色々やってみて、女性の方は煮えたんだろう。軽く火傷を負っているようだ。

そして火傷女が絶叫する。あなたは爆ぜて! 爆ぜてみれば助かるかもしれない!

恐らくは軽度の発狂を起こしているのだ。

そんな男女を包む白銀の峰々は、どこまでも無慈悲な静寂に満ちるのであった……。


「いいんじゃないですかね、この詩」


「本当!?」


僕の論評に喜びの声を上げる先輩。

そう喜ばれると少し悩んでしまう。

いいのかこれ!? このまま世の中に出してしまっていんだろうか?

感動を覚えたのは本当だ。でも先輩の意図とは大きく外れている気がする。

思い悩む僕の横で、冷蔵子さんが気勢を上げた。


「今度のはどう!? 今度のはエロくないでしょ!?」


自作の詩がエロいと言われたのが余程ショックだったのか、冷蔵子さんがポエムの第二段を書いたようだ。

どれどれと目を通す。


『猫のように噛み付けば あなたの指の 優しい感触』


「ねえ、欲求不満なの?」


「よっ!? ふ、ふ、フザケ無いでよ!」


ストレートに感想を言ってみたが、どうやら冷蔵子さんは納得いかないようだ。

やれやれと思いながら、胸を掴んでくる冷蔵子さんを宥める僕だった。


「あなたも書いてみなさいよ!」


「えっ? 何を?」


「詩に決まってるじゃない!」


冷蔵子さんの怒涛の抗議により、何故か僕まで詩を書くハメになった。

だが詩なんて生まれてこの方書いた事が無い。

どうしようか。悩んでみても妙案は浮かばなかった。

仕方なく、筆を持つ。


『詠み人の分からない詩が好きな僕は きっと誰でも在りたく無いのだ』


僕の書いた詩をためつすがめつ読み返す冷蔵子さん。

何が面白いのか、凄く真剣に考え込んでいる。

やがてプリントを手放すと、彼女はやや驚いたような表情をしていた。


「あなたにしては、中々まともな詩になってるわね……」


驚きの感嘆を漏らしながらそんな事を言った。

失礼な。僕がまともで無いとでも思っているかのような口ぶりだ。

憤ったフリをする僕だが、怒るに怒れない事情もあった。

というわけで、即座に種明かしをする。


「それさあ、この前読んだ漫画のセリフをパクったんだよね」


「……見直して損をしたわ」


力なく肩を落とす冷蔵子さんを見ながら。

漫画のセリフも案外馬鹿に出来ないな、なんて考える僕だった。





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