51日目 長髪とソバカスな男子
「おい、知ってるか?」
「何が?」
授業の合間の短い休憩時間。
後ろに座る友人に話しかけられた僕は、振り返って尋ねた。
ソバカス顔に長髪をなびかせる友人。
皆からは長ソバくんと呼ばれていたりする。
「隊長格が1人、変わったらしいぜ」
「ふーん」
長ソバくんの言葉に僕は相槌を打った。
隊長格。それはとある女子達に付けられた通称である。
ある1人の男子を取り巻く女子の集団。
その中でもトップクラスの4人を隊長格と呼ぶのだ。
「どういうあれで変わるんだろうね、隊長格って」
どういう基準で隊長格が選ばれるかは謎だ。
しかし確実に4人だけが選抜されているっぽい。
選ばれる基準が謎なら、交代する理由も謎だ。
疑問を深める僕。
そんな僕に対し、長ソバくんはソバカス顔をニヤリと歪めて答えた。
「なんでも、実働部隊が壊滅したのが関係してんだってよ」
「実働部隊?」
「ああ。かねてより噂があったあれだよ、あれ」
長ソバくんは声を潜めながら言った。
選ばれた4人の隊長格以外の女の子達。
一説によると、その子達は隊長格を頭とする武装組織を形成しているという。
しかし所詮は噂に過ぎない。
存在してるかどうかすら怪しいものだ。
「本当に実働部隊とかあるのかな?」
頬杖をつきながら問いかける僕に、長ソバくんは真剣な表情をして言った。
「マジらしいぜ。賢者王子をイジメようとした先輩が、ズタボロにやられて公園にパンツ一丁で放置されたらしい」
「え~? そんな話聞いた事ないなぁ」
「闇から闇に、だよ。マジで怖いぜ」
そう言って長ソバくんは身震いした。
公園にパンツ一丁ねぇ。
十字に磔にされて放置されてた人なら知ってるけどなぁ。
まあ関係無いよね……。
頭に浮かんだ考えを否定する僕。
そんな僕に、長ソバくんは思い出したように言った。
「そういや、謎の諜報組織もあるって噂があるな」
「何それ? それも賢者くん絡み?」
「いんや、別件らしい。この学園の暗部とも言わる組織らしいが……調べようとした者は、全て闇に葬り去られたって聞くぜ」
そう言って肩を竦める長ソバくん。
また闇かよ。とりあえずツッコんでおく。
この学園の生徒は闇が好きな連中ばっかりだな。
しかも揃いも揃って謎の組織ばっかり。
繋げると謎の闇組織。うはあ。
もうちょっと真面目に人生送った方がいいんじゃないか?
人事ながらそんな風に考えてしまう。
そう言えば、そんな組織を作っちゃった人もいたな、と冷蔵子さんの顔を思い出した。
夜の図書室部とか言う謎の組織を作り上げた冷蔵子さん。
1度自らの手で潰したはずが、有志の手によって再結成されているらしい。
あれもどうなってるかな。まあどうでもいっか。
心地良く吹く風が眠気を誘う。
僕はアクビを噛み殺した。
長ソバくんは飽きもせず、謎の組織に関する話を続けた。
「最近聞いた話じゃ、全国各地の5人の凄腕が集まった謎の組織があるらしい」
「ふーん」
「そのリーダーがこの学園に居るって話だぜ」
「会ってみたいねー」
長ソバくんの言葉に、適当に相槌を打つ。
その内、謎の組織同士で謎の戦いが始まるんじゃないかなぁ?
窓から吹く風に揺られながら、僕はウトウトとし始めていた。
「ところでお前……」
「ん? 何?」
改まった視線を向けてくる長ソバくん。
僕は眠い目をこすった。
「冷さんと、どういう関係なんだよ?」
「どういう関係って……」
どういう関係なんだろう?
冷さん――僕が心の中で冷蔵子さんと呼んでいる女の子だ。
人付き合いは悪いのに、何故か妙な人気を誇っている。
男女とも惹きつけるカリスマ性と類稀なる美貌。
そして運動神経の無さと器の小ささが彼女の持ち味だ。
「あの氷の女王が、何でお前とだけつるむのか分らん」
腕組みしながら、長ソバくんは憎々しげに僕を睨みながら言った。
僕が冷蔵子さんと親しいのがムカつくと言わんばかりの態度だ。
「知り合いだからじゃないの?」
「そんな事言ったらお前、クラスメイトは全員知り合いだろ?」
憤慨したように言う長ソバくん。
そんな長ソバくんに僕は苦笑いを返した。
言えない。
冷蔵子さんが、クラスメイトを『知らない人』にカテゴライズしているとは。
それを知れば、あの賢者くんでさえ「えっ? マジでぇ?」とか言いそうだ。
どうでも良いサプライズ。それも冷蔵子さんの持ち味かもしれない。
「それにお前、あの先輩ともよくつるんでるよな」
「え? ああ、うん」
長ソバくんの言葉に、僕は先輩の顔を思い浮かべた。
「素手でリンゴを握り潰すって聞いたけど、マジ?」
「ああ、それは多分マジだよ。握力がゴリラ並みだもん」
「うっへえ。あの顔でかよ。信じらんねえぜ」
天を仰ぐ長ソバくん。
確かに、先輩の顔は美しいと讃えられる部類の物だろう。
だが女子力という観点で見ると、先輩は色々な意味でギリギリだ。
思い起こせば、先輩と過ごした日々が昨日の事のように甦る。
ウニでバトミントンした事。
公園の銅像を破壊した事。
何故かダンゴ虫になろうとした事もあったっけ。
何より、目の前でクルミを握り潰された時。
僕は先輩を人類と呼んで良いのかどうか迷った。
超人。猿人。あるいはマウンテンゴリラ。
とにかく、人並み外れた存在である事は間違いない。
「あの先輩とお前のコンビも、学園内戦力にカウントされてるぜ」
「……はっ?」
「いやな、この学園には複数の戦力が存在するだろ」
「架空の存在でしょ?」
話の腰を折るなよ、と僕に向かって毒づく長ソバくん。
しかし直ぐに気を取り直すと、僕に説明を始めた。
「まず賢者王子と愉快な武装集団だろ? それに暗部と呼ばれる謎の諜報集団。その次に話題になるのがお前らの師弟コンビなんだぜ?」
「なにそれ」
何で僕と先輩が師弟になるんだ?
全く理由が分らない僕に、長ソバくんは説明するように言った。
「あの先輩って、剣聖とか剣精とか凄い2つ名を持ってるじゃん?」
「いや初耳だけど」
初めて聞く言葉に僕は驚いた。
先輩の2つ名ってゴリラかラーメンじゃないのか!?
僕が直感と閃きによって付けた2つ名。
それが脆くも崩れ去ろうとしていた。
長ソバくんの話が本当だとすれば、今まで僕が信じてきた物は一体……?
だが思い返してみれば、僕以外の人は先輩をゴリラとは呼んでいなかった。
僕自身も直接言った訳では無く、心の中で呼んでただけだった。
そもそも何で僕は、先輩の2つ名がゴリラで決まりだと思っていたんだろう?
握力が強い=ゴリラという図式。
それは僕だけの物だったと言うのか……!?
愕然とする僕に向かって、長ソバくんは気軽な調子で話を続ける。
「そうなの? 割と有名だと思ってたけどな」
何でお前はそんなに驚いてんだ? と前置きしてから長ソバくんは言った。
「だからお前って、あの先輩の弟子だと思われてるんだぜ?」
「あの人から教わったのって、雨水で3倍成長理論とかだよ!?」
「そんな事言ってもな、お前はあの先輩から一子相伝の剣技を学んでると思われてるぜ?」
「一子相伝!? 話がどんどん大きくなってない!?」
「剣聖だしなぁ。やっぱ弟子は1人なんだろ?」
衝撃の事実に襲われ、茫然自失とする僕。
そんな僕を見て、長ソバくんは実に楽しそう笑っていた。
「その内、お前ら同士で戦いが始まるんじゃないかって期待してんだぜ?」
無責任に期待する長ソバくん。
まあでも、そんな事ありえないでしょ。
僕は1人納得すると、次の授業の準備をするのだった。