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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
王子登場編(そして放置)
49/213

49日目 月下の剣士



「仲間達をやってくれたらしいな」


「あんたは……!」


中天に(そび)える満月の下。

街灯に照らされる夜道の上に。

飛天と名乗る女が、僕を待ち構えるように立っていた。


青白い月の光の中、白く浮かび上がる彼女のお面。

謎のヒーローのお面に隠れ、その表情を知る(すべ)は無い。

制服姿で凛として背筋を伸ばす彼女。

長いポニーテールが夜風に揺れた。


彼女の手には、竹刀。

ぶっちゃけ怖い。

夜道で会ってはいけないタイプの人だ。


そんな彼女と対峙する僕の方はと言えば、手拭いとバスタオルを握り締めている。

何故か?

答えは簡単だ。

さっきまで銭湯に入っていたのだ。




ビンのコーヒー牛乳が飲みたい。

その夜、突然思い立った僕は、さらに続けて思った。


「やっぱビンのコーヒー牛乳を飲むなら銭湯のやつだよな」


そんな至極当たり前の結論に至った僕は銭湯にひた走った。

それがまさかこんな事態を引き起こすとは、世の中一寸先は闇である。


しかしどんな時でも希望はある。

飛天さまに進路を塞がれ、活路を懸命に探していた僕の目に希望が映った。

僕が見つけたのは、本物のヒーロー。


彼なら必ず助けてくれる。

その期待と共に、全力で叫んだ。


「お巡りさーん!」


「えっ!?」


僕の視線を追うようにして、飛天さまは背後を振り返った。

果たして彼女がそこに見たものは、警邏中のお巡りさんだった。


「何だ君は? こんな夜中に竹刀なんか持って」


すぐさま飛天さまを問いただすお巡りさん。

さすがと言わざるを得ない。

オロオロとする飛天さまを一瞥(いちべつ)した後、お巡りさんは僕にも視線を向けた。


「知り合いかい?」


「知らない人です」


「おいっ!!」


何故か怒る飛天さま。

しかし、僕と彼女は知り合いだろうか?

僕は冷静に考える。答えはノーだ。

竹刀を持って襲ってくるだけの相手を、知り合いとは呼べない。


「ふざけるな!」とか「シャレにならん!」とか僕に向かって叫ぶ飛天さま。

そんな言葉に、お巡りさんも僕に対して怪訝(けげん)な表情を見せた。

再び確認するような視線を僕に向けるお巡りさん。

助けを求めるようにオロオロとする飛天さまを見ながら、僕は言った。




「その人きっと、可哀想な人なんです」




一瞬、空気が凍った。

月下の夜にお面を付けて竹刀を振り回す。

……それはきっと、可哀想な事なんだと思う。


人生を踏み外してしまった哀れな少女、飛天さま。

僕は彼女を哀切に満ちた目で見る。

そんな空気はお巡りさんにも届いたのだろうか?

お巡りさんはこの世の無常を嘆くかのように、眉間に皺を寄せた。


一体どこで歯車が狂ってしまったのか?

1人の少女の人生に、僕らは悲哀を感じずにはいられなかった。




「君……そのお面、何の為に付けているの?」


厳しい口調で飛天さまを尋問する市民のヒーロー(お巡りさん)

そんなお巡りさんを前にして、飛天さまはジリジリと後ずさった。


「こ、この面は我が魂……!」


「君ねえ、なにバカな事を言ってるの?」


「ふぐぐ……!!」


お巡りさんの厳しい言葉に、涙声を漏らす飛天さま。

次の瞬間、彼女は視線をバッと僕に向けた。

そして、恨みがましい声で宣言する。




「お前は必ず殺す……!」




言葉と共に飛天さまは飛び上がった。

まるで体重が無いかのように、高く高く飛び上がる。

そしてそのまま、横にある高さ2メートルくらいのブロック塀の上に着地した。


「はぁ!?」


「うわっ!?」


常識離れの光景。

月夜の怪異を目撃する事となった僕とお巡りさんは、絶句しながら飛天さまの姿を見つめた。


高い塀の上に立つ飛天さま。

幾ばくかの間、お面の奥に隠された瞳でジッとこちらを睨みつける。

そして不意に顔を背けたかと思うと、飛天さまは夜陰(やいん)の中へ駆け抜けて行った。




空に浮かぶ丸い月。

ああ、そう言えば今日は満月だったっけ。

満月の夜は、不思議な事が起きやすいんだろうか?

そんな事を何となく思う僕。


しかし今はそんな事を言っていられない。

飛天さまの捨てセリフに、僕はいよいよ恐怖に震えた。


「ちょ、ちょっとお巡りさん! あの人、僕を殺すとか言ってましたよね!?」


僕は隣に立つお巡りさん必死に訴えた。

そんなお巡りさんはと言えば、いまだに固まったままだった。

ポケーっとした表情を浮かべ、飛天さまの走り去った後だけをずっと眺めている。

そして、ポツリと呟いた。


「……あの娘、高校生だよね?」


「は?」


「君も、高校生だよね?」


「ええ、そうですけど……?」


その言葉の意図(いと)が分らず、僕は(いぶか)しみながら答えた。

一体、お巡りさんは何が言いたいんだ?

困惑する僕に対し、お巡りさんは視線を鋭くしながら言い放った。




「痴話喧嘩、だよね?」




何と言うことでしょう。

変質者に襲われたはずの僕は、恋人と喧嘩した事になりそうです。

驚きのビフォーアフター。

……そんなの認められるわけ無いだろ!!


「違いますよ! 助けて下さい!」


全力で否定する僕。

しかしお巡りさんはまるで聞く耳を持たなかった。


「民事不介入って言ってね、痴情のもつれに警察は関与出来ないんだ……!」


拳を握り締め、まるで苦渋の決断だとでも言うように語る。

さらに司法権がどうのこうの言い出した。

この人、逃げる気だ……!

飛天さまが面倒な相手だと踏んで、関わり合いにならない気だ!!


そんなの有りかよ!?

僕だって出来れば関わり合いになりたく無いんだよ!?

市民を守るのが警察の役目だろぉぉぉ!?

心の中で絶叫を上げながら、僕はお巡りさんに食い下がった。


「助けて下さいよ! 僕、殺すとか脅されてるんですよ!?」


「恋人同士にはよくある事だ!」


「だから、恋人じゃないですって!」


「恋人じゃ無い恋愛関係なんて、高校生には良くある事だ!」


「あんた一体何を言ってるんだ!?」


とうとうキレた僕。

お巡りさんは額に汗をダラダラと流している。

全くこちらと視線を合わせない。

そして最後の決めゼリフとでも言わんばかりに言葉を並び立てた。


「ま、早く仲直りしろよな! じゃあ本官はパトロールがありますんで!」


言葉もそぞろに、逃げるように走り去っていくお巡りさん。

そんな市民のヒーローの後ろ姿を見ながら。

僕は叫んだ。叫ぶしか無かった。


「ちょっとーーー!?」


僕の悲痛な叫びは、満月の下でどこまでも響いていた。





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