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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
王子登場編(そして放置)
45/213

45日目 白ければ白球だと僕は信じた



冷蔵子さんの投げた紙クズは、明後日の方向に飛んでいった。


「もー。それじゃ打てないって」


「うるさいわね。中々まっすぐ飛ばないのよ」


掃除の時間。

僕と冷蔵子さんは掃除をサボり、野球をやっていた。


バットはホウキ、ボールは紙をマルメターノだ。

ホウキを構える僕に対し、冷蔵子さんがボールを頭上高く持ち上げた。

同時に左足を高く持ち上げている。


チラリと見える太ももが白い。

はしたないなぁ。

そんな事を思いながら、僕は彼女の放つボールを待った。

右手が振り下ろされる。と、同時にボールが投げられた。


スポーン、と擬音が付きそうなほど見当ハズレの方向に飛んで行くボール。

再び呆然と見送りながら、僕は冷蔵子さんにジト目を向けた。


「ヘイヘーイ? ボールが来ないよー?」


「こんな紙を丸めただけのボールじゃ、真っ直ぐ飛ばないわよ」


ふんっと仁王立ちする冷蔵子さん。

あれー? これ逆ギレだよね。

業界風に言うとギレ逆って感じ? 違うか。


「じゃあさ、ピッチャー交代しようよ。はいホウキ持ってー」


僕は近付いて来た冷蔵子さんに、持っていたホウキを渡す。

何故か大量にあるプリントを1枚取ると、適当に丸めた。

冷蔵子さんがホウキを構える。

そんな彼女の勇姿を眺めながら、僕は手元のボールの感触を確かめた。


「さあ来なさい!」


「おっし、行くよー!」


ザッと振りかぶる僕。

手から投げられた紙クズは、狙い通りの放物線を描いて飛んで行く。


スカッ。


冷蔵子さんのホウキバットが(くう)を斬る。


「ふふん、どうしたのさ? ど真ん中だよ?」


「甘く見ない事ね。野球は3回勝負なんでしょう?」


蠱惑的(こわくてき)にも見える美しい相貌。

それを獰猛に歪めながら、冷蔵子さんは不敵に笑った。


面白いじゃないか。

僕はペロリと唇を舐める。

あと2球。この2球に、僕の全てを込める――!




2球に込めるはずだった僕の全ては、すでに5球目に達していた。

相変わらず僕のコントロールは冴えている。

5球全て、冷蔵子さんの構えのど真ん中を抜けていった。


……なんで打てないんだ? 冷蔵子さんは。

イライラとホウキをスイングしている彼女を眺めながら思う。

僕の全てを込めたというのに、何で応えてくれない!?

神懸かった投球が無駄に終わってしまった僕は、うっかり本音を漏らしてしまった。




「もしかして、運動神経無いの?」




ピタリと動きが止まる冷蔵子さん。

無言でホウキを下ろす。

凄い目力で僕を射抜くように見ている。うわあ怖い。


ふいに、冷蔵子さんはホウキを手放した。

そして無言でスタスタと近付いてくる。

僕は思わず後ずさった。


だが残念! すぐに後ろを壁に塞がれてしまった!


無言のまま近づいて来る冷蔵子さん。

泣きそうなくらい怖い。


触れ合うほど近くに来た冷蔵子さんが、ガシッと僕の右手を掴んできた。

思わず払いのけようとした僕だったが、今度は両手でガッシリ掴まれる。


そのまま冷蔵子さんは、僕に体重を掛けてきた。

両手で僕の右手を抱えるようにして、こつんと頭を僕の胸に当てた。




「こうすれば、逃げられないでしょう?」




上目遣いに壮絶な視線を送ってくる彼女に、僕の心臓は跳ねた。

ドクンドクンと心臓が高鳴る。ついでに冷や汗も流れた。

逃げ惑う僕の指に、彼女の指が絡みついてくる。


ああ、前にもこんな事あったなぁ。

僕は泣きそうな心で思い出していた。


背筋を流れる悪寒。

アラーム、アラーム、アラーム。

逃げろ、逃げるんだ!

逃げようとする僕に、さらに体重を掛けてくる冷蔵子さん。


そして彼女は――まるで愛しむように、僕の指に自分の指を絡めた。

ゾクゾクとした感覚が背筋を走る。

彼女の指が、僕の人差し指を包み込む。


ブワッ。

嫌な汗が背筋をダクダクと流れる。


ゆっくりと……だが確実に。

冷蔵子さんの柔肌(やわはだ)に包まれた僕の人差し指が、徐々に曲げられていく。

曲がってはいけない方向へ。


「ねえ!? なんで!? なんでそんなに人差し指を狙ってくるの!?


「ふふっ……運動神経が無くても、あなたをどうにかする事はできるのよ?」


そう言って彼女は暗く笑った。

長い(まつげ)を震わせて、壮絶な微笑(ほほえみ)を浮かべる。

うわあスッゴイ根に持ってる。

マジ器が小さいよ、冷蔵子さん。


ギリギリと曲げられていく僕の指。

走馬灯のように駆け巡る思い出の中、僕はひたすら状況を打開する方法を模索していた。




「君達……何をしてるんだい?」


突然かけられた声に、僕はハッと横を向いた。

そこに見えたのは賢者くんだった。

呆然とした顔で僕らを見つめている。


いや君こそなにしてんだよ? ちゃんと教室の掃除しなよ。

などと思った僕だが、当然口には出せない。

何故なら僕自身、さっきまで野球をしていたからだ。


「あら? 何かしら?」


相変わらず僕の手を……正確に言えば人差し指を握りながら、冷蔵子さんが言った。


(れい)さん……その、これはどういう状況なんだい?」


少なくとも掃除をしているようには見えないだろう。

誰が見たって見えない。僕にも見えない。

正解は「今にも女子生徒に指を折られそうになっている男子」だ。

天才でも解答不能なレベルである。


冷蔵子さんは、あくまで冷静だった。

冷静に僕の指を限界まで曲げ続けている。

チィ、驚いて手を離せばいいものを!!


執拗に僕の指をどうにかしようとする冷蔵子さん。

そんな彼女は、僕の胸に預けたままになっている頭を傾け、賢者くんの方を向いた。


「これは私達だけの問題よ。……あなたに関係あるのかしら?」


などと賢者くんに向かって言いつつ、彼女はさらに指に力を込めてくる。

いや! 止めて! それ以上僕の指を曲げないで!

言葉にならない悲鳴を上げつつ、僕は縋るような目で賢者くんを見た。




スッゴイ目で睨まれてた。




これはあれか?

バカな事やって無いで真面目に掃除しろって事かな?

全く持って反論出来ない。


全く反論は出来ないが……。

嬉々として僕の指を折ろうとする冷蔵子さんを見ながら思う。

……頼むから助けてくれないかなぁ!?

半泣きのまま、僕は賢者くんと視線をぶつけ続けていたのだった。





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