41日目 公園・戸惑い・後ずさり
「さあ、いよいよあなたの作り話が暴かれる時が来たわね」
「だから、本当の事だって」
せっかくの休日を、僕と冷蔵子さんは魔の公園で過ごしていた。
魔の公園。イカレた銅像があったり、銅像代わりに人が磔にされている公園である。
そんな公園にわざわざ来た理由。
それは、僕が謎のお面女達に襲われた出来事に端を発する。
冷蔵子さんはそれを僕の作り話だと決め付け、全く信じようとしなかったのだ。
という訳で、一緒に公園で証拠を探索というわけである。
「もしも僕の話が本当だって分ったら、どうする気?」
僕は隣に立つ冷蔵子さんに試すように言った。
そんな僕を「ふふん」と鼻で笑うと、冷蔵子さんは宣言した。
「その時は、あなたが耳からイタリアンパスタを食べるわ」
「よし分った。だが僕はそんな事はしない!」
「あら? 作り話がばれるのが怖いのかしら?」
「そうじゃねーよ! なんで僕に罰ゲーム!? 普通逆でしょ!?」
「あら、よく気付いたわね」
何が面白いのか、くすくすと笑う冷蔵子さん。
危ない所だった……!
勢いに騙されて、一方的に罰ゲームを負う所だったぜ……!
彼女の巧みな話術に戦慄を覚えつつ歩く僕だった。
チラリと隣を歩く冷蔵子さんを見る。
襟付きのシャツに、青いボーダー柄のネクタイ。
そこまではいい。……なんで、メガネかけてるんだ?
疑問に思った僕は、直接聞く事にした。
「ねえ、そのメガネ何? 別に目は悪くないよね」
「ふふん、伊達メガネに決まってるじゃないの」
得意気に答える冷蔵子さん。
「探索と言えば探偵。探偵と言えば伊達メガネよ」
そう言って、彼女は瞳を輝かせて笑った。
「バーロー、時計を麻酔銃に改造しなきゃ探偵とは言えねーよ」
そんな彼女に、僕はニヒルに答える。
決まった! 某小学生の名探偵ばりにドヤ顔をする僕。
しかしそんな僕が見たのは、こっちを冷笑しながら見ている冷蔵子さんだった。
自分からネタ振っといてそりゃねーよ、冷蔵子さん……。
お面女達の痕跡を探し始めてから30分ほど経った。
奴ら、綺麗サッパリ痕跡を残していねえ……。
見える物と言えば、はしゃぐ子供達やフリスビーを追いかける犬。
魔の公園とは思えないほど長閑な光景だ。
ハリセン持った集団や竹刀を持った集団はどこにも見えない。
「いよいよあなたが鼻からカルボナーラを食べる時が近付いてきたわね」
「えっ!? なにそれ!」
突然そんな事を言われ、僕は慌てて聞き返した。
そんな僕を哀れむように冷蔵子さんは無慈悲に告げた。
「ふふ……約束を忘れたのかしら?」
「絶対してないよ! そんな約束!」
「あら? 耳からイタリアンパスタだったかしら?」
「そうそう……って違うよ! どっちも違うよ!」
絶叫する僕に、彼女はくすくすと笑った。
なんだよクソッ、確信犯じゃないか。
ムスッと押し黙った僕。
こんな時だって言うのに、公園には爽やかな風が吹いていた。
空に高くかかる白い雲。
木陰のベンチでは、家族連れやカップルが憩いの時を過ごしている。
いい天気だ……。
何もかも馬鹿馬鹿しくなって、僕は風に流れる雲を見つめた。
「で、これからどうするの?」
無駄に髪をサラサラと流しながら尋ねてくる冷蔵子さん。
「探偵物でいけば、そろそろ事件シーンなんだけどね」
そう呟いて景色を眺めるも、事件が起きる気配は無かった。
雲が流れる。地面に描かれた雲の影が、滑るように過ぎ去っていく。
心地良い風が吹いていた。
「そう言えばさ」
「なにかしら?」
ベンチに座りながら。
僕らは取りとめの無い事を会話していた。
「甘い物好きなんだよね」
「? 特に好きってわけじゃあないわ」
「え? ほら、前にアンミツ食べたじゃん」
「あれは特別よ」
どこか苦笑しながら冷蔵子さんが言った。
「私って見た目こうでしょう?」
そう言って、彼女は金色の髪を示した。
碧眼の横を、金糸のような髪がさらさらと流れる。
それは一種幻想的な光景だった。
「小さい頃はね、色々とあって」
そこで彼女は一端口を止めた。
ザザァ……。
無言の中、木の葉がざわめく音が聞こえる。
そう思った時には、彼女は再び口を開いていた。
「それで逆に、和風な物が好きになったのよ」
なるほど。
色々あるもんなぁ。
「温泉が好きなのもそういう理由?」
「そうかもしれないわね」
どこか遠くを見ながら答える彼女。
その寂しそうに見える横顔を見つめながら。
僕は彼女に何か声をかけようとしたんだと思う。
「それ」に気付くまでは。
冷蔵子さんの横顔の向こうに……お面女が立っているのが見えた。
ポニーテールのお面女は、こちらに何か言いかけたポーズのまま固まっている。
そして、そんなポニテお面を見てしまった僕も固まった。
「なんてね。不思議ね、この話をしたのはあなたが初めてかもしれないわ……」
冷蔵子さんの感傷的な話は続いている。
こんな時、お面を被って戦いを挑んでくる存在があったとしたらどうだろう?
NGである。おそらくは、存在そのものが。
そんな空気を読んだであろうポニテお面は、こちらを指差しかけた姿勢のまま止まっている。
ポニテお面を見つけてしまった僕もフリーズしていた。
ザザァ……。
木の葉が風にざわめいている。
じりじりと後ずさりながら逃げていくお面女を見ながら。
タイミングって大事だなと僕は思った。