4日目 海が聞こえる
「ねえ」
先輩の問いかけに、僕は雑誌を読みながら答えた。
「なんですか」
「海が見たいの!」
僕は本から視線を外さないまま、なんと答えるか考えた。
そしてゆるりとページをめくりながら、言った。
「僕、海アレルギーなんですよ」
「海アレルギー?」
「いや、嘘ですけど。普通無いでしょ、海アレルギーなんて」
そう言ってから、僕は読んでいた本のページをめくった。
先輩の前には、先ほど置かれたインスタントパスタがある。
お湯を入れて何分待つのだろう。どきどきわくわく魅惑のパスタ。
この手の物は、作るまでの工程作業が面倒だったりもする。
インスタントパスタが出来上がる間。先輩は、デタラメな会話を始めたのだった。
「嘘をつくのは感心しないわね」
やや怒ったような口調で先輩が言う。
確かに、嘘を吐くのは良くない事だ。
僕は本から目を離し、先輩の顔を見ながら言った。
「すみません。確かに、嘘は良くないですね」
その言葉に、先輩はニヤリと笑みを浮かべた。
「反省するんなら、行動で示す必要がると思うのよ」
「行動?」
聞き返す僕に、先輩はわざとらしく両手を胸の前で組みながら、
ウルウルした目で言ってきた。
「海が見たいの!」
僕は、先輩をジッと見つめ続けた。
先輩は、両手を胸の前で組んだままだ。
そのまま見つめていると、ついには口で「ウルウル」と言い出した。
僕が影で先輩の事を"マウンテンゴリラ"と呼んでいる事を知ったら、
そのまま「ウホウホ」と言ってくれそうな流れではある。
だが、一歩間違えば僕の頭蓋骨は陥没することになるだろう。
まだ死にたくは無い。だから僕はこう答えた。
「先輩」
「ん?」
「僕、これから海アレルギーになってみせます」
僕の答えに、先輩は目を白黒させたが、やがてハッとした顔になって言った。
「……なるほど! それなら嘘を吐いた事にならないわ! 考えたわね!」
「まずは砂浜アレルギーを目指します」
「険しい道のりね……!」
瞳を燃やす先輩。
彼女の目には、どんな道のりが見えているのだろうか。
僕は思う。そんな事より先輩、そろそろパスタの麺が伸びますよ、と。
こうして、今日も昼食の時間は過ぎてゆくのであった。