38日目 剣で語れ
「状況を説明してもらっても良いですか?」
「そないな事言われても、こっちが説明して欲しいわ」
拝啓、先輩。
お元気でしょうか?
僕は今、謎の女子高生達に囲まれています。
異常な光景だった。
のどかな夕方の公園に、ブレザー姿の女子高生が集合している。
その顔には面、面、面。
特撮ヒーローのお面を被り、全員が素顔を隠している。
僕と大阪さんは、互いの背を合わせて構えていた。
出来るだけ死角を無くすためだ。
徒手空拳の僕らに対し、女子高生達は竹刀やら薙刀やらを持っている。
少しでも隙を見せれば袋叩きにされるだろう。
……隙を見せなくても袋叩きになるだろう。
ヤバイ、超ピンチじゃないか。どう考えても勝ち目がねえ。
勝ち目の無さは大阪さんも感じたようだ。
僕に背を向けた姿勢のまま、囁くように告げてくる。
「坊主、このままやとジリ貧や」
「1発覚悟を決めなきゃいけませんね」
「クック……坊主は話が早うて助かるわぁ」
不敵な声を響かせる大阪さん。
そんな大阪さんに、僕は手短に聞いた。
「どっちがアシスト役をやります?」
「坊主に頼むわ。……任せたでっ!!」
言葉と共に、大阪さんは猛然と目の前の女子高生に向かって走りだした。
実は僕と大阪さんの会話は大した意味が無かったりする。
その場のノリでセリフを言っただけなのだ。
意味のある部分を抜き出すとこうなる。
「どうせボコられるんだから、1・2発もらう覚悟で包囲を突破しよう」
切ない理論である。
大阪さんの後ろに続き、僕も走り出した。
前方のお面女達が獲物を構えるのが見える。
大阪さんがまさにお面女達と接触する直前――。
何者かの声が公園に響き渡った。
「双方止まりなさい!!」
ギョッとして声のした方を見る。
そこには、凛とした佇まいをした1人の女子高生がいた。
スラリとした背筋に、ポニーテールにした長い髪。
そしてお面。この人はどこで人生を間違えてしまったんだろう?
「あ、あなたは飛天さま!」
「何故止めるのですか!? 飛天さま!」
ポニーテールの人に口々に声を上げるお面女達。
どうやらポニテお面はお面女達のリーダー格であるらしい。
ポニテお面は周りを睥睨すると、透き通るような声で言った。
「我らの剣は、暗殺剣に非ず」
「し、しかし!!」
反論するお面を無視し、ポニテ女は無言でこちらに近付いてきた。
途中にお面女の持つ竹刀を1つ奪うと、こちらに投げて寄越してきた。
「我は天位が内の1人、飛天。尋常に勝負されよ」
どうやら1対1で戦うという事らしい。
震える僕に気付いたのか、ポニテ女は静かに問いかけてくる。
「震えているな」
大阪さんが振り返って僕を見る。
「坊主、怖いんか?」
そんな大阪さんの言葉に、僕はガタガタ震えながら答えた。
「怖い……ですよ」
肩を抱くようにして、僕は言う。
「お面を被って『我は飛天』とか言ってくるんですよ? 本物の変態じゃないですか」
瞬間、時が止まった。
「坊主……! 言って良い事と悪い事があるんやで……!」
必死に笑いを堪えている様子の大阪さん。
ポニテお面もプルプル震えていた。
持っている竹刀で僕を指すと、怒りを押し殺すような声で言って来た。
「剣を持て」
「え~。勘弁して下さいよ飛天さま(笑)」
変態とは関わり合いになりたくない。
そう思って断る僕に、飛天さま(笑)が最後通告を送ってくる。
「ならば、ここに居る全員で貴様を血祭りに上げる……!」
「ええー……」
さっきと言ってる事が違うじゃないか……。
仕方なく僕は竹刀を取った。
そのまま、無造作に構える。
空気が切迫していく。
先を取り合う目に見えない攻防。
互いの隙を窺い合い、打ち込むべき太刀筋を探す僕ら。
先に動いたのは、飛天さまの方だった。
――素直に速い。
それは無駄を最小限にまで削った動きだった。
彼女の放つ初太刀は、文句無しに速い。
しかし所詮は女性の放つ一撃である。
速いだけで、怖さは無かった。
難なくその一撃を受け止める僕。
しかしその瞬間、激烈な悪寒が背筋を這い登る。
僕の竹刀に弾かれた彼女の竹刀が、その反動を利用して次撃を放つ為の位置に引き戻された。
間髪入れず、角度を変えた彼女の剣撃が放たれる。
やられた。
最初の一撃は、わざと軽く放たれていたのだ。
一撃を防ぐために硬直した相手の体を、素早い二撃目で撃つ。
それが彼女の技なのか。頭のどこかで、避けられないと言う声が聞こえて来た。
そんな事を頭に思った瞬間には、僕はすでに行動していた。
竹刀を手放し、重力に身を任せるように身を沈めて行く。
彼女の鋭い一撃が、危うい所で僕の髪を掠って通り過ぎた。
ギリギリの所で避けた僕。
しかし完全に体勢を崩してしまった。
倒れ込む体。ブリッジの要領で大地に手を着くと、そのまま逆立ちするように回転する。
ようはバク転するような格好だ。
立ち上がると僕は、そのまま一気に後ずさる。
竹刀が無い今、僕に出来るのは距離を取ることだけだ。
「おー坊主、やるやないけ」と大阪さんが無責任に言うのが聞こえた。
「我の偽典ツバメ返しを避けるとは……口だけの男では無いようだな」
静かに構えを取りながら、飛天さまが厳かな口調で告げる。
名前からしてオリジナル技っぽい。
痛い。なんて痛い人なんだ。
オリジナル技を嬉々として語るなんて……。
僕は戦々恐々と彼女を見つめた。
無言の対峙が続く。
彼女が何を考えているのかは、そのヒーローお面に遮られて見えない。
僕はただひたすら、これ以上関わり合いになりたくないと思っていた。
と、彼女は唐突に構えを解くと、こちらに背を向けた。
「勝負は預けた」
そう告げると、彼女は僕たちに背を向けたまま歩き出した。
勝負を投げ出すような飛天さまの行動に、周りのお面女達が騒ぎ出す。
「そんな、何故です飛天さま!?」
「あの憎き大阪男を血祭りに上げねば、私達の沽券が……!」
「我に語るなら――」
バッと竹刀を突き出しながら、飛天さまが宣言する。
「剣で語れ。その覚悟があるのなら、な」
押し黙るお面女達。
この人たちは何故武士の時代を生きているんだろう?
そんな事を僕が考えている内に、公園から彼女達の姿は消えていた。
「えらい目に遭ったなぁ、坊主」
「そうですね、大阪さん」
「あの人らぁは、どこで人生間違えたんやろうな……」
遠い目をしながら呟く大阪さん。
色んな意味で人生を間違えてしまった彼女達の事を想っているのだろう。
夕日が、公園を切ない色に染め上げていた。
「そうですね……」
僕は大阪さんに、返事とも言えない返事を返した。
公園にある時計台、ベンチ、木々……その他色々な物が、長い影を作っている。
でも大阪さん。
あんな人たちに狙われる大阪さんも、十分人生を間違えていると思います――。
そのセリフを、僕は隣に立つ大阪さんにどうしても言えなかった。