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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
王子登場編(そして放置)
37/213

37日目 どっちが好き?



「シンプル・イズ・ザ・ベストなのよ!」


だん、とホワイトボードを叩きながら先輩が言った。

ホワイトボードには『しんぷる』と一言だけ書かれていた。

……シンプルですね、先輩。

荒ぶる先輩は、ビシッと僕を指差しながら叫んだ。


「異論は!? ある!?」


異論は……無い。

というか、正直どうでもいい。


黙々と本を読む冷蔵子さんの姿が視界の端に映る。

窓からは暖かな日差し。

ああ……今日も良い天気だ。




「先輩」


「ん? なにかね?」


何故か偉ぶった口調の先輩に、僕はさらりと言った。


「異論は無いんですけど、具体的な例を挙げてもらってもいいですかね」


「むむ!? 私を試す気ね!?」


「いや、急にシンプルがベストって言われても答えようが無いですし」


むむむ、と先輩は考え込んだ。

少しだけ開けられた窓から、一陣の風が舞い込む。

机に置かれていたプリントがパタタ……と泳ぐ。

先輩の髪も風に吹かれ、緩やかに舞う。そんな光景をぼうっと見ていた。


一陣の風はやがて消え去り、あとには静寂だけが残る。

どこか青味を帯びた日差しだけが、静かに先輩を照らしていた。

僕は机に寝そべりながら先輩を見る。じっと見つめる。大体分かってきた。


「……先輩、具体例とか何も考えずに、思いつきで言ったんですね?」


「い、今考えてるところだし! すっごい具体的な例を出せるし!」


ムキになって言い返してくる先輩。

何故、思い付きだけの言葉に異論を要求してくるのだろうか。

たまに先輩が分らない。いや、常に分らないの方が正しいかもしれない。

胡乱(うろん)な目を先輩に向けていると、意外な所から先輩を援護する声が上がった。




「具体例が挙げられないからって、言ってる事が間違いとは限らないのじゃないかしら?」


声の主は冷蔵子さんだ。

読んでいた本を閉じ、何故か僕をすんごい目力で見てくる。

やれやれ、と僕は冷蔵子さんを見つめ返した。

僕と……論戦(バトル)しようってのかい?


ふふんと笑う冷蔵子さん。

それは明らかに僕に対する挑発だった。

ようやく分かって来た。彼女は、こういう論戦が好きなのだ。

いいだろう。彼女がその気なら……僕はさっさと降参する!


負けるが勝ち、という言葉がある。

あえて相手にしない事で、心理的に優位に立つという意味だ。

つまり僕は戦わずして冷蔵子さんに勝つのである。


シンプルでスマートな戦略。

僕は会心の笑みを浮かべながら冷蔵子さんに向かって言った。




「うんそうだね君の言うとおりさ」




棒読み気味な僕のセリフが、部屋の中に響き渡った。

あれ? ちょっと冷蔵子さんを小バカにした感じになったかもしれない。


ミシリッ。


冷蔵子さんの持つ本が、不気味な音を立てる。

あれ? もしかしてマジギレしてる?

凶悪なプレッシャーに晒され、一気に血の気が引いていく僕。

イスに座った姿勢のまま、体がガタガタと震え出した。


そんな僕の背後にゆらりと近付く影。

冷蔵子さんが、足音も立てずに近付いてくる。


イスに座る僕の背後に冷蔵子さんが立っている。

恐怖でガタガタ震える僕に、彼女はそっと背後から抱きついてきた。

柔らかな彼女の感触を背中に感じながら、僕はいっそうガタガタと震えた。


背後から回される彼女の右手が、僕の右手に重ねられる。

彼女の指が、僕の手を(もてあそ)ぶかのようになぞって行く。

やがて、彼女は僕のひとさし指を自らの手のひらで包み込んだ。

ヤバイ。何かがヤバイ。僕は直感的に危険を悟った。




「シンプルなやり方って、知っているかしら?」


「いえ、何も知らないであります軍曹殿!」


底冷えするような彼女の声。

僕は何故か軍隊口調で返事をしてしまった。

本能が叫ぶのだ。彼女に逆らうなと。


相変わらず僕のひとさし指は彼女に握り締められたままだ。

何だ? 何をする気なんだこの人は?

嫌な汗がひっきりなしに流れる。


「例えばそう、人の本音を引き出す方法なんだけれど」


僕の耳元で甘く囁く冷蔵子さん。

ギギギ、と少しずつ僕のひとさし指が曲げられていく。

絶対に曲がってはいけない方向へ。

僕の背を、どっと冷や汗が流れる。


「軍曹殿! 僕には軍曹殿が何を言っているのか分かりません!」


(じき)に分るわ」


「分かりたくないであります!」


なおも曲げられていく僕のひとさし指。

マジか!? マジなのか冷蔵子さん!? 

本気で、僕の指を折る気なのか……!?


優し気な声で僕の指を折ろうとする冷蔵子さん。

その狂気に僕が震えていると、彼女はピタリと手を止めた。

僕のひとさし指もまた、限界まで曲げられた状態で止まる。


時間が凍てつく。

バクバクと高鳴る心臓が痛い。

僕の耳元で、冷蔵子さんの冷え冷えとした声が響いた。


「ねえ。そろそろ本気で答える気になったかしら?」


「イエスイエスイエス! 全力で答えさせていただきます!」


「じゃあ、シンプルなやり方について、あなたの意見を聞かせてもらえるかしら?」


「今まさに君がやってるのが、シンプルなやり方だと思います!」


全力で叫ぶ僕。

シンプルなやり方とは何か? それは、ダイレクトに攻撃する事である。

どんな論戦も圧倒的(シンプル)な力の前には屈するのだ。

そう、今まさに冷蔵子さんがそうしているように。


僕は冷蔵子さんの思惑通り、シンプルに本音を言った。

しかし……彼女は、僕の指を離さない。

何故だ!? その答えはシンプルだ。彼女がキレているからだ。

あっはっはと心の中で泣き笑いを浮かべながら、僕は極めてシンプルに行動した。


「先輩! ヘルプミー!!」


涙目で先輩に助けを呼ぶ僕。

先輩がホワイトボードの前から僕の方に近付いてくる。

た、助かった……。


そう思っていた僕だが、先輩の様子がおかしい。

ぐむむ、と拳を握り締めると、冷蔵子さんを見つめながら先輩が言った。


「やるわね……! これほどのシンプルがベストな具体例を示すとは……!」


「ふふん。この勝負、私の勝ち、という事でいいかしら?」


一体いつからこの2人はバトルしていたんだ?

そして、一体いつ僕の指は解放されるんだ……?

額に汗を滲ませながら僕は考えていた。


「だが……とりゃあ!」


掛け声と共に――先輩は、僕の左手のひとさし指を握った。

即座に曲げられる僕のひとさし指。これで両ひとさし指がコンプリート状態だ。

ナニコレ? 何の拷問?

ダラダラと汗を流す僕の前で、先輩は宣言した。


「これぞ、シンプル返し! どう!? 今の状態はシンプルとは言えないわ!」


「くすっ。……なるほど確かにこれでは、彼がどちらのひとさし指を選ぶかで選択肢が出来るわね」


「えっ!? 何それ!? 片方は諦めなきゃいけないの!?」


確かにそれはシンプルには決められない……ってそういう問題じゃねえ!

何故!? 何故僕の指が犠牲になろうとしているんだ!?

怪しく微笑む2人の間で、僕は「シンプルって何だろう?」と現実逃避を始めるのだった。





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