表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
王子登場編(そして放置)
36/213

36日目 袖の香に想いを巡らし



動物との触れ合いで豊かな心が(はぐく)める。

そんな考えからか、僕らの学園では動物公園に研修に行く行事があるのだ。

今日はそんな一日だった。

学校指定のジャージに身を包んだクラスメイト一同が、動物公園の広場に集合している。




「はい、それじゃあ今から自由時間にしまーす。節度を守って行動するように」




先生の話が終わると、僕らは思い思いに動き出した。

さて、自由時間と言ってもな……。

大した動物いないしな、ここ。

どこに行こうか迷う僕に、隣に立っていた友人が話しかけてきた。


「お、さすが賢者王子。今日も隊長格クラスを引き連れてるぜ」


賢者王子とは、学園においてハーレムを築くある男子のあだ名だ。

最初は王子と呼ばれていたが、何故か誰とも付き合わないから賢者と呼ばれるようになった。

最近では合体して賢者王子とも呼ばれる。魔法にも物理攻撃にも優れていそうなクラスだ。


話題の賢者くんを探すと、簡単に見つかった。

何故なら常に複数の女子に囲まれているからだ。

そしてその女子達はまず間違いなく隊長格クラスである。


隊長格クラス。

それは、賢者くんを取り巻く女生徒の中でトップに君臨する人達の事である。

あまりにも多くなり過ぎた賢者くんの取り巻きの女子達は、その中で独自にランク付けを始めた。


そしてその中で隊長格と呼ばれる4人が、恐らく彼女達だろう。

隊長格のみが賢者くんと行動を共にできるのだ。

後のメンバーは何をしているか分らないが、一説によると学園最強の武装組織を形成しているらしい。


賢者くんを取り巻く謎の組織。

その全貌は闇に包まれている。

僕らに分るのは「賢者くんスゲー」って事だけだった。




「凄いよね、賢者くんのパーティー。魔王でも倒しに行くのかって感じだ」


「ある意味勇者だぜ。いつか誰かに刺されるんじゃねーかって噂されてるし。憧れるぜ」


物騒な事を言う友人に、僕は苦笑しながら言った。


「まっさかー。賢者くんに限ってそれは無いよ」


「まーな。しかし、賢者王子は誰かと付き合う気はねーのかな?」


「どーだろうね?」


隊長格クラスに囲まれて歩く賢者くん。

それを遠目に見ながら、僕らは彼の今後について考えていた。




「何を見ているのかしら?」


ぼーっと猿の(おり)を見ていた僕に、後ろから声を掛けて来る人がいた。

冷蔵子さんだ。学校指定のジャージをスタイリッシュに着こなしている。

手足が長いって万能だなー、と思いながら僕は彼女が近寄って来るのを待った。


「ほら、ここ見てみなよ」


「どこ?」


僕が指差す先を凝視する冷蔵子さん。

肩が触れ合う程の距離に立つ彼女。

微かに匂う、彼女の放つ甘い香り。


普段なら酔いしれもする香りだろう。

しかし現在は公園内に溢れる動物臭と相まって、エゲツない感じになっていた。

あれだね、交互に来るのがマズイ。

動物臭と甘い匂いが交互に来て、僕はゲロ吐きそうになっていた。




「……あら? 檻の格子(こうし)の1つが、何だか真新しくなってるわね」


吐き気を我慢する僕。

それに全く気付いていない感じの冷蔵庫さんが、1本の格子を指差す。

そう、彼女の言う通り格子の1本が新しくなっているのだ。

僕もそれを眺めながら、事のあらましを説明した。


「先輩が去年来た時、1本曲げたんだってさ」


だから新品に交換されたんだろう。

今回はこれを確認するのだけが楽しみだった。

また1つ、僕の中の先輩の武勇伝が更新された。


どうやら先輩の話はマジっぽいという事を確認した僕は、さてこれからどうするかと思案した。

もはやこの公園に用は無い。さてどうするか……。


その時、僕はふと気付いた。

なんで冷蔵子さんは僕のとこに来たんだろう?


そして、同時に思い出す存在があった。賢者くんだ。

賢者くんと冷蔵子さん。この2人は、同質で正逆の存在だ。

2人とも異常な人気を誇りながら、1人は取り巻きに囲まれ、もう1人は常に独りでいる。

そう、冷蔵子さんはそのクールさから、あんまりクラスで人と接しないのだ。


それでいて彼女はカリスマ的な人気を誇るから謎だ。

何か生まれ持った宿命とかがあるんだろう。

例えばそう、勇者と魔王のような……。


その時、僕らの前方にとある集団が現れた。

賢者くんと4人の隊長格達である。

まるで勇者のパーティーの如く行進する彼ら。

その先頭に立つ賢者くんが、何故か驚いたようにこっちを見ている。


ささっと僕の後ろに隠れる冷蔵子さん。

なんだ? ああ、そう言えばこの前、賢者くんの事を「知らない人」って言ってたな。


知らない人から向けられる視線が嫌なんだろう。

冷蔵子さんは、人見知りの子がそうするように僕の影に隠れた。


賢者くんは、ジッとこちらを見つめていた。

まるで睨むかのようにこちらを凝視する賢者くんを、彼の周りの隊長格達が不思議そうに見ている。

何だ? モンスターでも見つけたのかな?

僕はそんなアホな事を考えていた。


一体これから何が起きるのか。

僕は賢者くんのアクションを待った。


…………。


……おい、早く何か行動を起こしてくれ。

そろそろ間が持たなくなってきた。

やる事無いからジッと賢者くんを見ているんだけど、さっきからずっと視線が合っている気がする。

睨みあってるみたいで物凄く居心地悪い。


僕が痺れを切らしそうになった頃、賢者くんはふいに視線を逸らした。

そして隊長格達と一緒に、何事も無かったかのように歩き出す。

一体何だったんだろうか? 僕は心底不思議に思った。




「どうやら行ったようね」


そんな事を言いながら、冷蔵子さんが僕の後ろから出てくる。

何でそこまで怯えるのか不思議に思った僕は、直球勝負で聞いてみる事にした。


「何で隠れるのさ?」


僕が尋ねると、冷蔵子さんは少し躊躇(ちゅうちょ)しながら答えた。


「前にね、知らない人に声をかけられた事があるの」


ナンパかな? 冷蔵子さんって見た目が美人だしね。

無意識に彼女の顔を眺める僕。

冷蔵子さんは何かの恐怖を思い出すように、身震いしながら話を続けた。


「そしたらね、私の背後に霊が見えるって……」


ハードな展開だな……。

現代人の心の闇が垣間見えるような出来事だ。

特に、心霊関係に滅法弱い冷蔵子さんには(こく)だっただろう。


それで知らない人からの視線が怖くなったのか。

自分の背後に何かが居るような気がして。

何だか妙に納得してしまう僕だった。




あの後、結局冷蔵子さんと2人で動物を見て回った。

冷蔵子さんの放つ甘い香りと、動物のスメルを交互に嗅ぎ続けた僕。

動物公園を出るまでは耐え切ったのだが、帰りのバスの中でその後遺症に悩まされていた。

具体的に言うと、バスに酔っていた。


「おい大丈夫か?」


隣に座る友人に声をかけられ、僕は弱々しく返した。


「ダメかも……」


「マジかよ」


驚いた表情をする友人。

「ヘイヘーイだぜ!」と先生を呼ぶと、僕がバスに酔った事を説明し始めた。


先生の指示により、僕は前の方の席に替わる事になった。

前方の方が酔い難いという事らしい。

あとはまあ、ゲロ被害の拡大防止的な意味もあるのだろう。


「やあ。大丈夫?」


そう爽やかに尋ねてきたのは賢者くんだった。

バスの席は2人掛けで、僕が替わった席の隣には賢者くんが座っていた。

「何とかね」と僕は弱々しく賢者くんに向かって笑った。

実際、さっきより気分が楽になった気がする。プラシーボ効果かな?


そのまま無言で、僕は窓から流れる景色を眺めた。

バスは夕暮れの街道を学園へと向かっている。

まだまだ元気なクラスメイト達は、カラオケ大会を開いていた。

その声をBGMに代わりに、僕はぼうっと考えていた。


今日の賢者くんの視線は何だったのか?

思い浮かべれば、賢者くんは冷蔵子さんを見ていたような気がする。

賢者くんと冷蔵子さん。2人の繋がり……。

その時、僕の頭にハッと浮かぶ物があった。


異常なカリスマを持つ2人。宿命の2人。

勇者のようなパーティーを組む賢者くん。

魔王の如く君臨する冷蔵子さん。


この2人は、互いに争い合う関係なのでは無いか?

ならば、賢者くんの視線の意味は明白だ。

そう、宿敵として冷蔵子さんを睨んでいたのだ!!


……なんて事は無いだろうと、自分で自分にツッコミを入れる。

だけど、賢者くんが冷蔵子さんを嫌うって事はありそうに思えた。

周りを大切にする賢者くんにとって、冷蔵子さんのやりようは受け入れ難いだろう。

何か思うところがあるのかもしれない。




カラオケは続く。

その輪に加わっていない僕と賢者くんは、静かにそれを聞き続ける。

……暇だ。しかしカラオケに混ざるほどの体力は残っていない。

何となく、僕は賢者くんに話を振ってみた。


「賢者くんって誰かと付き合う気は無いの?」


特に答えを期待したわけでは無い。

賢者くんは僕の問いかけを聞いても、上の空だった。

スルーされたかな? と僕が思い始めた頃、彼はぽつりと呟いた。


「好きな人は、いるけどね」


意外な答えだ。

だったらさっさと付き合えばいいのに。

ああでも、そうすると他の女の子から刺されちゃうかな?

そんな事を僕は無責任に考えた。


案外賢者くんが際どい質問にも答えてくれたので、気を良くした僕はもう1つ聞くことにした。

ずばり、冷蔵子さんが苦手ですか? って質問だ。

まあ直球で聞くのは気が引けるので、ぼかしぼかし聞く事にした。


「んじゃあさあ、逆に苦手な人っているの?」


賢者くんはこちらを向くと、ジッと僕の顔を見る。

しばし無言になったあと、やはり呟くように言った。


「……いるよ」


何だ? 何でそこで僕を見るんだ?

まるで僕が苦手な相手だと言わんばかりじゃないか。


だがそれはありえない。

僕と賢者くんの接点は、クラスメイトという事だけだからだ。

ろくに話もしないのに、苦手も何も無いだろう。


やれやれ、自意識過剰になってるのかな?

そんな自分に反省しつつ、僕は再び窓から流れる景色を眺めた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ