29日目 満天の星の下で
「あ、あれ! 南十字星かな!?」
「先輩。地理的に、ここから南十字星を見るのは無理です」
煌くような先輩の笑顔。
色々な星を指しては星座を夢想している。
その様子はまるで無邪気な子供のようだった。
茫漠とした星の光が、そんな先輩の姿を微かに浮かび上がらせている。
「あ! あの星なんだろう? すっごく赤いよ?」
「アンタレスじゃ無いですか?」
「何? アンタレスって?」
「サソリの心臓って呼ばれる赤い星ですよ」
なけなしの知識を披露しながら、僕もまた星を見つめた。
巨大な空は、果てしなく深い。
手が届かないほど遠く。
星が、輝く。
地表の果てに見える稜線。
そこはまだ昼と夜の狭間であり、迫り来る夜と抗っている。
だがその微かな光も、やがては漆黒の宇宙に埋め尽くされるだろう。
「ねえ!」
先輩が、両手を広げながら楽しげに笑う。
「私、こんなに夜空が大きいって思わなかった!」
そんな先輩に苦笑しつつ、僕は返事をした。
「普段あんまり見ないですからね」
子供の頃は、もっと空を見上げていたような気がする。
そして今日のように、ただそれだけで感動していた。
いつからそんな気持ちを忘れてしまっていたのだろうか?
心地良い風に吹かれながら、僕はそんな事を思う。
「でも、何だか寂しい気持ちもしませんか?」
あんまり空が綺麗だから。
澄んだ空が、どこまでも続くから。
僕は何だか、寂しい気持ちになる。
風に揺れる先輩の横顔。
どこまでも純粋で、無邪気な先輩だからこそ、寂しい。
どれほど焦がれても、手に入らない星のように
そして、僕らの足元に転がるドアのノブだった物。
物言わず転がるそれもまた、寂しい存在だった。
どれほど焦がれても――僕らはドアを開ける事が出来ない……。
遂に、地平線までもが闇に包まれた。
そのせいか、先輩は急に心細くなったかのように身を竦めた。
「ねえ……私たち、ここから出られるよね……?」
「さあ、どうでしょう……」
僕らの足元に転がる、ドアノブだった物。
かつては屋上に続くドアに付いていた。
それは今や用を為さず、無力な鉄塊となって転がっている。
もはやドアを開ける事は、出来ない。
僕らが屋上から出る事も出来ない。
「うわ~ん! 何でドアノブが腐ってるの!? 何で何で!?」
ドアノブを引き千切った張本人である先輩が、この世の不条理に涙している。
「校庭に残ってる人達に向かって、『ヘルプミー!』ってメッチャ叫びましたよね? 僕ら」
「絶対、超はしゃいでるように見えたんだよ~!」
先輩の指摘は中々的確だったが、今は何の救いにもならなかった。
「あっ、流れ星だ」
「え!? どこどこ!?」
だから僕らは、ヤケクソになって夜空を楽しんでいた。