25日目 2対の羽根
「先輩、何を描いてるんですか?」
「う~んとね、ウサギちゃん」
「へぇ……ええっ!?」
「……何?」
先輩が何やら描いているのが気になった僕。
そこに描かれていたのは異形の化物だった。
「何で目が伸びてるんですか?」
「バカだなぁ。これは耳だよ」
「先端に目玉らしき物が描かれているんですが……」
「ちょ、ちょっと描き間違ったんだよ! うるさいなあ」
ウサギと言われれば、そういう名前の妖怪だと納得してしまいそうだ。
けっして白くてモコモコした愛玩動物は思い浮かべない。
「足が6本あるんですけど……」
「だから2本は耳だって……あれ? しまった多く描きすぎた」
長く伸びた耳(先端に目玉がある)を入れると、合計で8本の突起が胴体から伸びている。
……何類なんだこの生物は。
慌てて消しゴムをかける先輩。
しかし僕は、6本足よりも先に消してもらいたい部分があった。
「先輩。なんで羽根が生えているんですか?」
先輩が描いた謎の生物には、2対の羽根が生えていた。
どこへ飛ぶ気なんだ……?
「ああこれ? 可愛いでしょ。チャームポイントだよ」
先輩は得意気に言ってきた。
どこに自慢できる要素があったのか分らない僕は、ジッと先輩の手元を見つめた。
消しゴムを握るその手は、ぴたりと止まったままだ。
しばし、会話が止まる。
「なんで羽根を消さないんです?」
「ええっ!? なんで消すの!?」
「ほわい!? ウサギを描いてるんですよね!?」
「ウサギに羽根があったら可愛いじゃん!」
なんと! 確信犯であったとは。
なるほど、ウサギをベースにしたマスコットキャラだったのか。
しかし残念なことに、少しも可愛いと思えない。
羽根を付け足す前に、本体をどうにかして欲しかった。
僕は眉間に皺を寄せながらジッと絵を見た。
そんな僕を一瞬見た後、先輩は自分の絵に視線を戻す。
そして短く「はぁ……」と溜息を吐いた。
「う~ん。やっぱり可愛く描けないなぁ。なんでだろう?」
「ああ、やっぱり先輩の目から見てもグロいんですね。安心しました」
「うう……可愛い絵が描きたいのに~」
「それにしても、何で絵なんて描いてるんですか?」
「美術の課題で、好きな物を描いてくるようにってさ」
それで描いたのがこれか。
何と言うか、悲劇というタイトルを贈りたい。
描いた先輩自身も「ぐぬぬ」と気難しげに口を曲げる出来である。
あんまりだなぁ、と思った僕は「他にも何か描いて無いんですか?」と聞いてみた。
「うん、他にも描いてるよ。可愛くないけど」
「どれどれ……うっ!?」
先輩がスケッチブックをめくる。
残酷な天使のウサギが描かれたページの下から出てくる次の絵に、僕は思わず呻いた。
「せ、先輩、これは……!?」
「やっぱり可愛くないよね。てへへ」
先輩が申し訳無さ気に見せるページには、猿が描かれていた。
描かれているが……それは……。
「め、滅茶苦茶上手じゃないですか!? うわスゴッ、プロの絵みたいだ!」
そこには、見事に描かれた猿が居た。
毛並みまでリアルに表現され、その表情には妙な愛嬌を感じる。
かつて日本画家は、猿の絵の上手さで腕を競ったという。
つまり猿の絵の上手さは、即ち絵の上手さとイコールなのだ。
「私は本当は、こういうのは好きじゃないんだよね~」
自分の描いた猿の絵を示しながら笑う先輩。
描きたく無い物は上手くかけるのに、本当に描きたい物は描けない。
ちらりとウサギ(妖怪)に目を向ける。
難儀な物だな……と、僕は先輩の描いたウサギ(妖怪)を見ながら涙した。