203日目 ウニ田くんと戦の季節
「そうと決まれば作戦会議よ!」
叫ぶゴンさんだが、なにが決まったのかは分からない。
ゴンさんはつかつかと黒板の前まで進むと、バンッ、と手のひらを叩き付けた。
「利用できるものは親でも利用するわ! いいわね!? アタシ達はなんとしてもあの真紅ババアの横暴を止めなきゃいけない!」
じゃなきゃスクワット地獄で足腰がガタガタよ、と告げるゴンさんに反論する人は一人もいなかった。
「あのババアの老い枯れた恋路も分かったところで、何か意見はある?」
教室中を見渡しながらゴンさんが言う。
直後にシーンとした空気が満ちた。クラスの皆は一瞬だけ沈黙したあと、
「やっぱ俺たちが手伝って成就させてあげないとな!」
「やーん、先生同士の恋愛って燃えるー!」
「お前らぁ! 振られて泣いてる長ソバだっているんだぞ!」
活発化した火山のようにいきなり爆発した。
「何の意見を言い合ってるのよアンタ達ぃ!? 今は違うでしょうが!!」
うがー、と天を仰ぐゴンさんを尻目に恋愛談義は続くようだ。
ふと見ると、ツンツン頭のウニ田くんが長ソバくんの肩をバシバシ叩いていた。
「長ソバ、元気だすっすよ? 元気があればすぐに新しい恋が見つかるっす」
「もうすでに見つけてるぜ!」
「はっ?」
失恋したはずの長ソバくんに同情しかけたウニ田くんが目を丸くし、
「ねえねえ、ゴンさんって長ソバくんのことをどう思ってるの?」
「どうも思って無いわよ!」
「え~? そんな風に見えない~」
「ゴンゾウ、諦めて認めろ」
「真田ァ! アンタ絶対に何かを勘違いしてるわよッ!?」
ゴンさんが真田さんや周りの女子から絡まれる状況になっていた。
っていうか、もしかしてゴンさんは……そうなのかッ!?
傍観者を気取っていたのも束の間、ただならぬ視線が僕にも向けられてきた。
「そういやあ前から不思議だったっすけど」
物のついでにという感じで、ウニ田くんがこちらを見ながら言う。
「冷さんとどういう関係なんすか? 最近じゃあ俺っち達は、二人の作り出す固有結界に近寄ることも出来ないんすけど」
冷さんとは冷蔵子さんのことだ。というか、彼女に対して冷蔵子さんなんて名付けているのは僕だけなので、どちらかというと冷さんの方が正式な呼び方になる。
「そうそう。わたし達も前々から気になってたのよねー」
「ねー。冷さんって賢者王子くんと、って思ってたから。付き合ってるの?」
ゴンさんイジリにあぶれた女子もこっちの方に流れ込んできた。
それとは別種の思惑を抱えているだろう人達も寄ってくる。
「……わたしも興味あるよん、アナタタチの関係」
「……そうだよねー。今後の参考になるから」
低くドスの利いた声を出しているのは賢者くんの取り巻きの女の子だろう。さっきから冷蔵子さんの方に対してだけ警戒心を込めた視線を飛ばしている。
(賢者くんを奪い合う上でライバルは少なければ少ないほど良いってことか)
彼女達にとっての敵とは冷蔵子さんに他ならない。
恋愛とはバトルなのだ。
「私達の関係? 聞きたいのかしら?」
意外なことに冷蔵子さんが口を開いた。
珍しくクラスメイトに向かって受け答えする彼女と、
「ゴンちゃん、もう諦めて素直になろうよぉ」
「だから違うー! なんでアンタまで乗せられてんのよ!?」
諭すような言葉をかけられミヨッチに牙を剥くゴンさん。そして、
「それにしても驚いたっすよ長ソバ。さすが立ち直り最速を自負するだけはあるっす。次の相手は誰なんすか?」
「へへっ、凄く可愛い娘だぜ!」
「それだけじゃ分からんっすよ」
「ええっと……髪が短めで、コケティッシュな笑い方が特徴で……あとは分からないんだぜ!」
「また片想いっすか?」
再び長ソバくんに話しかけるウニ田くん。正直どこに注目していいか分からない。
それにしても髪が短くてコケティッシュな笑い方? どっかで聞いたような……
(……あれ? 僕は何をするつもりだったっけ?)
これからどんな行動を取るべきか選択肢が多すぎて混乱してしまう。
こんな時はキーワードを思い浮かべて整理してみよう。
(海鮮王子。友情。ドッキリ)
繋げて考えると……サプライズ・パーティー!
いやそれは違う、絶対に間違っている。あっれぇ?
「私達の関係。それは――」
「だから勘違いしてんじゃ無いわよ! アタシは別に長ソバなんて――」
「いや今回は片想いじゃないぜ! 何故なら俺はラブレターを――」
悩む僕をヨソにして三人分の声が重なりながら聞こえてくる。
厩戸皇子ならぬこの身ではそれぞれの言葉を聞き分けることなど出来ない。
出来ない、はずだった。だがしかし!
「戦とは!」
僕が急に大声を上げると全員が黙り込んだ。
三つを同時に聞くことは出来ないが、どれか一つに集中することは出来るのだ。
「常道を守ることが肝要でござる!」
僕はある人物のセリフからとある事情を思い出していた。今となっては逼迫した事態だ。
だからその解決の為に言葉を発する。しかし――……
「なんで貴方は定期的にゴザル口調になるのよ?」
「内容も突然だわね」
「戦って何の話だぜ?」
誰一人として僕のセリフを理解できた人はいなかった。それは別にいい。
周囲の呆気に取られた表情を見返しながら説明を続ける。僕には一つの考えがあった。
「ええい、今は戦の季節じゃないか! 戦うんでしょ真紅先生と! だったら話は簡単で、決まりきった手を打ち続ければいつかは必ず勝てるんだ! つまり真紅先生に対しても……!」
対真紅先生用の戦略を最後まで言い終わる前に、
「兵法は詭道なり、って言葉を知らないのかしら?」
冷然とした瞳で冷蔵子さんが問いかけてくる。
それに対しても僕は慌てずに答えた。
「奇策は相手がこっちの行動を予測するような時に意味を持つんだ。でも真紅先生は僕らがどんな対応を取るかなんて考えて無い。いや、考えているのかもしれないけど、それは今の僕らには分からない事だ」
剣を相手に突き立てるには腕前や技能よりも欠かせないことがある。
相手が剣の届く位置にいることだ。僕達はまず相手の立つ場所を確認する必要があった。
「だからまずはそれを知る必要がある。真紅先生が何を考え、どんな戦略を好むのか。正面からぶつかって先生の出方を観察する……!」
相手の立ち位置とは思考だ。曲がり角で左に曲がるか右に曲がるか。奇策を好むか基本を好むか。相手の癖を知らなければ策など立てようが無い。
「最初から本気でぶつかる必要は無いんだ。まずは小手調べするのさ。そうして情報を集め、集めた情報から最も理に適った作戦を立てて……それを続けて、最後には勝つ」
奇抜な作戦というのも結局は理詰めである。奇策は奇策なりに定石を踏んでいるのだ。
感じ入る所があったのか、ゴンさんがひゅ~と感嘆の吐息を漏らした。
「大層なことを言うじゃない青春☆迎春ボーイ」
「ははっ、ゴンゾウさんほどじゃ……いや何でも無いですごめんなさい」
変なあだ名で呼ばれた意趣返しとしてゴンゾウって呼んだら本気で睨まれた。
即座に折れた僕に溜飲を下げたのか、ゴンさんは元の顔に戻って言った。
「でもそれって当たり前のことだわね。今さら力説するような話なの?」
「今だから言えるんだよ。僕達に欠けていたのは真紅先生に正面から当たる方法そのものだったんだ。でも愛の戦士のお陰でその切っ掛けが掴めた」
「愛の戦士?」
長ソバのこと? と訊いて来るゴンさんに対し僕は無言で頷いてみせる。
「まさか先生と真正面から殴り合うわけにもいかないし、僕らの方からスクワット勝負を挑むことも出来ない。スクワットは単に先生が生徒に課す罰でしかないからね。勝負に乗る可能性があるとしたら何のしがらみも無い鉄ゲタレースだけど――」
「安心しなさい青春ボーイ。古典ババアが鉄ゲタレースの話に乗る可能性はゼロよ」
「――だけど、今はもっと効果的な手段がある。真紅先生と二ノ宮先生の関係だよ。真紅先生だって、僕らに課す罰よりもっと重要なことがあれば変なことは考え無いはず。そしてここは最も重要なポイントだけど……」
真剣な目でこちらを見るゴンさんに対し、僕は少し間を空けてから言った。
「生徒にスクワットを強要するような人が男から好かれるはずが無い。だから真紅先生が二ノ宮先生に好かれようとすれば、自然と僕らの問題は解決するんだよ」