202日目 ゴンさんの秘密
どうして二人はいがみ合うんだろうか?
その理由を考えていると、ミヨッチと真田さんの話し合いが聞こえてきた。
「ゴンちゃんなんであんなに怒ってるんだろ?」
「長ソバが色んな相手に告白していたのが気に食わないんだろう」
「ええー? でも別に長ソバくんのこと好きじゃ無いよね? ゴンちゃん、前に長ソバくんから告白された時も断ってたし」
えっ、長ソバくんがゴンさんに告白!?
驚天動地な僕の心情とは無関係に、真田さんは大仰な仕草で溜息混じりに呟いた。
「複雑なのだ、ゴンの胸中はな……。普段は興味が無いのに、そのくせ人が持つと欲しがる。たとえ告白を断ったにしても、長ソバが他人の物になるのは面白く無いのだ。幼いというか稚気じみた所があるというか。困ったものだな」
「真田ァ! 勝手なこと言ってるんじゃないわよ! アタシは純粋にこの男のいい加減さが許せないってえの!」
ゴンさんが吼えた。それに対し真田さんは微笑ましいものでも見るかのような表情で肩を竦める。
「むむむ……」
僕は唸った。とりあえず唸った。そして、
「そうか、そういう事なのか!」
一人で納得の声を上げる。
意味不明の雄叫びを聞いて気になったのだろう、冷蔵子さんが問いかけてきた。
「なにがそういう事なのよ?」
「いや、大した事じゃないんだ」
呟きつつ目線を冷蔵子さんに合わせる。
彼女のブルーの瞳を覗き込みながら言った。
「少しばかり反省したというか、自惚れていたって気付いたんだ」
「自惚れ?」
「なにごとにも潮時があるってことさ」
「?」
長ソバくんが僕の作成した偽ラブレターにあっさりと騙されたわけ。
それは彼がどんなエサにでも食いつく獲物だったからだ。
つまり入れ食い状態だったのだ。
それを知った今、僕の釣り師としてのプライドと矜持が失われていた。
偽ラブレターのドッキリで最高のフィナーレを模索していた。
偽物のラブレターのために偽者の送り主まで用意した。
そしてさらに長ソバくんを騙すために活動していたんだけど、それも今となってはどうでもいい。
密かに嘘から始まる恋、みたいな展開も期待していたけど、今さらだ。
だって長ソバくんは常に恋してるみたいだし!
嘘だろうが風説の流布だろうが構わず恋してるし!
風の王がどこまで任務を遂行しているのか分からないけどさっさと中止にしてしまおう。うん、そうしよう。
そうこう考えている内に、長ソバくんとゴンさんの会話が新しい局面に突入していた。
「真紅先生が荒れている理由も……愛なんだぜ?」
「はぁ?」
口元をへの字に歪めるゴンさんに対し、長ソバくんは熱血ヒーローみたいな目をしながら言う。
「先生は恋をしているんだぜ……! その恋心に焦れて、イライラして、俺たちスクワットを強要しているんだ!」
「なによそれ? 一応訊いておくけど、どこ情報?」
「本人から直接聞いたんだぜ!」
「なんであのババアがそんなプライベート情報をアンタに言うのよ?」
首を捻るゴンさん。
長ソバくんはまるでそこにスポットライトがあるかのように頭上に手を伸ばした。
「あれは俺がこの学園に入ってから記念すべき十回目の恋だった……!」
「多ければ良いってもんじゃ無いわよっ!」
「新しい恋。それは真紅先生に対する禁じられた想いだったんだぜ!」
ツッコミを右から左に受け流す長ソバくん。
万感の想いを表現したいのか胸に手を当て、もう片方の手は上空に掲げらたままだった。
「……愛は止められない。教師と生徒という立場にありながらも、俺は真紅先生を愛してしまったんだぜ! 言うまでも無く許されないことだった……! 年の差、立場の違い……俺は悩んだ。悩んで悩んで、ある日ふと風に揺れるかすみ草を見つめながら気付いたんだぜ。悩んでも仕方無いって」
「かすみ草は関係ないわね」
「そうだぜ、関係ないんだぜ! 愛は生まれてしまった……! そこに意味なんか無くて、俺に出来るのは自分の気持ちにを大事にすることだけだって、その時に気付いたんだぜ! どんな形であれ愛は素晴らしい。その想いを胸に告白したんだ。その日は風が強くて、俺はなけなしの勇気を振り絞ってた。かすみ草の花束を一緒に贈った。そしたら先生は困った顔をして――」
話の途中で興味を失ったのだろう、ゴンさんは小指で自分の耳を掻いていた。
無駄に話が長いよ長ソバくん……。あっ、やっと終わりそうだ。
「――自分には好きな人がいる、まだ片想いだけど、だから俺の気持ちには応えられないって。くぅっ……!」
長ソバくんは声を押し殺して呻いていた。
当時の気持ちに浸っているのか、その目には光るものが見える。
「ふーん」
一方、ゴンさんは本当にツマラナさそうに相槌を打った後、
「……ああ、つまりアンタは真紅ババアにも告白してたのね? それでやっぱり惨めに振られて、そん時に他に好きな人がいるって聞いたのね?」
「そうなんだぜ!」
「アンタねえ……!」
ミシミシ、と音がする。
ゴンさんの拳の辺りから聞こえて来るけど、それが何の音か考えるのは怖かった。
「嘘よ嘘! 他に好きな人がいるなんて、そんなの面倒な告白を断るための常套句じゃない! 軽くあしらわれてんのよアンタは!」
「先生が嘘を吐くはず無いぜ!」
「どーして!?」
「なぜなら俺が恋した人だから!」
「……オエェッ!」
喉を掻き毟るアピールをしたあと、怒気もあらわに叫ぶ。
「どこまでハッピーな頭してんのよ!? あーあ時間を無駄にしたわ! 今の話で分かったことはアンタが想像以上にポンコツで、ろくな恋をしてないってことだけだわね!」
酷い言いようだったけど一理あると思った。
他に好きな人が居るというのは嘘だ。やんわりと告白を断るための言葉だろう。
なんとなくそんな風に信じかけた時、間隙を突くようにして声が響いた。
「彼の言っていることは本当よ」
冷蔵子さんが唐突に断言する。
「確かにあの古典教師は二ノ宮先生に想いを寄せているわ。具体的には去年の春から。職員同士の対立があった時に庇われたのがきっかけみたいね」
ひんやりとした口調で言う。
それと同時に、
「あの二人の間にそんなロマンスが!?」
「実はそうじゃないかと前々から疑ってたのよね~! キャ~!」
「でも二ノ宮先生ってキャバクラに入れ込んでたよな? 確か」
一斉にざわつく教室。
形勢が逆転したのを肌身に感じているのか、長ソバくんは自信に満ち溢れた顔で言った。
「ゴンさん、わかってくれただろ? 俺が正しいって」
「クッ、アンタの掲げる愛なんていずれ全部否定してやるわ……!」
なんかゴンさんが凄いことを言ってる!
二人のこれからの関係性も気になったものの、それよりも気になる事があった。
「どうして君がそんなこと知っているのさ?」
「?」
問いかけられた内容が分からなかったのだろう。冷蔵子さんはハテナ顔を浮かべる。
だから僕はもう一度言い直した。
「いやだから、なんで真紅先生の個人的な話を知ってるの? 長ソバくんの話には相手の名前までは出て来なかったし」
ああそのこと? と小さく呟くと、なるほど心得たとばかりに、
「敵になりそうな相手の情報を事前に握っておくのは基本でしょう? 戦国武将は誰もがそうしていたかしら。己を知り相手を知れば、百戦危うからずよ」
「……うん、まあ確かにそうなんだろうけど」
僕が訊きたいのは動機じゃなくて手段だった。どうやってプライベートな情報を調べ上げたんだろう? この世には不思議な事が多すぎた。