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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
真紅の夜明け 伝説のスクワット・バトル編
201/213

201日目 クライマックス・モードと真田さんの気持ち




「愛が無いぜ!」


 唐突なセリフが二人の間に割って入る。

 怪訝な表情を浮かべるゴンさんと真田さんの前で、愛の戦士・長ソバくんは情感たっぷりに叫んだ。


「ゴンさん! 真田さん! 今の二人には愛のキャッチ・アンド・リリースの精神が欠けている! それじゃダメなんだ! それじゃすれ違うだけなんだぜ!」


「キャッチ・アンド・リリース? アンタねえ、突然何をワケの分からない事を……」


 長ソバくんはゴンさんのセリフを最後まで聞かず、


「ツンデレ、ヤンデレ、クーデレ……愛の形に同じものなんて無い! そこに違いがあるから、人は時にすれ違い、愛だと分からないまま終わってしまう! だから俺達は必死に相手の気持ちを受け止めなきゃいけないんだぜ! 愛に、愛ゆえに、そこに愛と呼べるものが在ることに気付かなきゃいけないんだぜ!」


 勢いよく言い切った。

 南極の永久凍土すら溶かしそうな熱弁だ。


「はーん。それで?」


 しかしき返すゴンさんの声は冷たかった。


「結局なにが言いたいのよアンタは? ただすれ違っていただけなんです、なんてハッピーエンドで丸く収まるとでも思ってるの? そーんなに幸せなら誰も困らないわね」


 それにね、と言葉を続ける。


「理解出来ない形の愛なんて愛とは呼べないのよ」


 無感動に否定するゴンさん。それに対し、


「――そうじゃないぜ」


 長ソバくんは急に声のトーンを落とした。かなりマジな感じだ。

 その落差に少しひるんだように見えたゴンさんだったけど、


「なにが違うっていうのよ?」


 果敢に言い返す。

 しかしクライマックス・モードに突入した愛の戦士は止まらなかった。


「理想的な愛し方なんて出来ない! 誰にもそんなことは出来ない! それでも人は愛を心にいだくんだぜ……!」


 教室の空気が一変していた。

 ざわめきは消え、真剣さを秘めた沈黙に包まれている。

 周囲の一切に関心を払うことなく長ソバくんは語り続けた。


「――俺達は誰かを愛してしまう。その形は人から非難されるようなものかもしれない。誰からも、自分自身ですら認めたくないものかもしれない。でも……」


 愛の戦士は懸命に何かを伝えようとしていた。


「たとえそれが望まれないものでも、愛した、という気持ちは確かにそこに在るんだぜ。断られるだけに終わっても、そこに俺たちの本当があるから。だからそこから目を背けちゃいけないんだぜ」


 ささやくようにして紡がれる。

 言葉は誰に対して向けられたものでも無かっただろう。

 巨大な壁に挑むような情念を目に宿し、淡々と言葉を重ねていく。


「道は別れていくだけかもしれない。認められなかった後悔が残るだけかもしれない。失恋の記録が更新されるだけかもしれない」


 やがて長ソバくんはゆっくりと拳を握り締める。

 目に見えない何かに抗うように、万感の思いを込めるようにして言い放った。

 

「それでも俺達は誰かを愛してしまう! そう、人は愛なしでは生きられないんだぜ! 心にある愛から目を背ければ自分を見失い、信じることを止めれば心の火は消える!

 愛、愛、愛なんだぜ! そこには友情だって家族愛だって動物愛だって含まれる! ゴンさん、真田さん、今の二人にはお互いを分かろうとする気持ちが欠けている!

 そして自分に素直になることも出来ていない! それじゃ間違った答えに辿り着くだけなんだぜ! だからもう、これ以上は喧嘩は止めるべきなんだぜ!」


 静まり返る教室。


 正直、僕には長ソバくんが何を言いたいのか半分も分からなかった。

 それは教室の皆も同じだろう。


 だけど二人の喧嘩を止めたいという気持ちは誰にも伝わっていた。そのために長ソバくんが真剣だったことにも。小さな拍手が始まりそれはやがて喝采へと変わっていく。


 男子からは「いいぞ長ソバー!」とか「これからも失恋を頑張れよー!」と声援が上がっていた。誰一人として長ソバくんの恋の成就を信じる人はいなかった。


 瞳から涙をこぼして男泣きする長ソバくん。きっと応援の言葉に感動しているのだ。「どうして女子からの声援が少ないんだぜ?」と呟いたように聞こえたけどそれはきっと僕の幻聴だろう。


 なんだかよく分からない感動が教室を包んでいた。


「……ふん。まあ下らない争いだった事は認めるわ」


 きまり悪そうに言うゴンさん。もう一方はどんな様子なんだろう? と気になって真田さんの方をみてみると、彼女は感心したような目で長ソバくんを見つめていた。


「長ソバの言う通りだ、ゴン」


 急にそんな事を言い出す真田さん。その声につられるようにして真田さんの方を向くゴンさん。視線を受けながら、真田さんは平然とした表情で言う。


「一人の友人としての友情の気持ち。それを伝えたかったが、どうやらわたしの気持ちはお前に届いていなかったらしい」


「ああ゛ン!?」


 その言葉にカチンときたのだろう。

 ゴンさんはこめかみをひくつかせながら大声を上げた。


「アタシのことをゴンゾウって呼ぶのがアンタの友情なの!? 嫌だって言ったわよねえ!? 気持ちなら届いてるわよ! さんざん人をおちょっくておいて……!」 


「抹殺してやるなんてセリフ、普段のお前なら言わなかったはずだ」


 真田さんの口調は真剣で、それは抜き身の剣のように危うく、ゴンさんもさすがに黙らざるを得なかった。そこにさらに踏み込むようにして真田さんは口を開く。


「ゴン、わたしはな、悪意を剥き出しにするお前を見るのが辛かった。……悲しかった」


「…………!」


 ハッと息を飲むゴンさん。

 そんな言葉が来るとは想像もしていなかったのだろう。傍目はためにも衝撃を受けているように見えた。

 その間にも真田さんの言葉は続く。


「だからお前を止めたかったんだ。それが出来ないなら、せめてわたしにだけ悪意を向けさせようと思った。……お前が誰かから嫌われないために。それがわたしに出来る友情の形だと考えたんだ」


「サナちゃん……!」


 言葉を失ったゴンさん。そして瞳を潤ませるミヨッチ。

 そんな二人と教室中からの注目を集めた真田さんは、


「こんなこと言わすな。照れるだろ」


 プイッと顔を背けた。

 その顔は遠目にも紅潮しているようにみえた。


「ゴン、お前はいつも通りが一番だ。いつものお前でいろ。いつも通りでいられないならわたしやミヨッチを頼れ。その時は愚痴くらい付き合ってやる」


 今はもう険悪なムードはどこかに霧散していた。

 いつの間にか爽やかな空気が流れている。


「……ふんっ」


 照れているのだろう。ゴンさんは顔を赤くしながら、渋々といった調子で言う。


「悪かったわよ。変な心配かけたみたいで」


「分かればいい」


 口調はぶっきらぼうだけど、二人の間には笑顔が戻っていた。

 なんとも言えない安堵感の中、最後に真田さんがさりげなく言葉を付け足した。


「誰かを傷付けるゴンの姿を見たく無い。泣いたり笑ったり出来なくしてやるとか、絶望の悲鳴だけが心の渇きを癒すだとか、そんな世紀末覇王な言葉はもう言わないでくれ」


「ちょっとなによそのセリフ!? そんなアウトローな発言してないわよ!?」


 真田さんは普段の表情に戻りながら、


「慌てるな、ただの冗談じょうだんだ」


 そして真顔で続けた。

 

「今までのやり取りも含めて全部、な」


「全部冗談!? それじゃ感動が台無しじゃない!」


 ウガー! と叫ぶゴンさんだったけど、真田さんのセリフはどう考えても照れ隠しとしか思えず、つまりそういう事なんだろうと僕は納得していた。


 ありがとう愛の戦士。

 長ソバくんの献身と活躍できっとゴンさん達の絆が守られたんだ。


 僕は尊敬の目を長ソバくんに向ける。

 二人の姿を見つめて満足そうに頷いていた長ソバくんは、改めて宣言した。


「真紅先生を止めるために必要な物があるとすれば! それは敵意や憎悪じゃない! ……愛なんだぜ!」


「アンタねえ、」


 せっかく直った機嫌がまたこじれてしまったのだろうか?

 ゴンさんは苛立ちを隠そうともせずに言う。


「もしかして自分の愛であのババアの暴走を止めるって言うつもり? 愛とか何とか熱く語っているけどさあ、アンタの愛は単に見境が無いのよ。アタシから言わせればニセモノだわね。数撃ちゃ当たる、みたいなノリで告白してんじゃないわよ」


「ゴンさんが俺をどんな目で見ているか分かったぜ……! ちょっとショック……!」


 実際に頭を殴られたみたいによろめくと、長ソバくんは膝に力を込めて姿勢を正した。そして空間に対し自分の主張を放射するかのように声を上げる。


「俺は決して見境が無いわけじゃない! ただ振られても振られても次の相手を見つけるのが早いだけなんだぜ! 立ち直りが早い、そう立ち直り最速の男とでも言うべき……」


「それを見境無いって言うのよバーカ! 少しは失恋を引き摺りなさいよ!」


 言い争いを続ける長ソバくんとゴンさん。

 う~ん、これだけ気持ちをやり取りしてもダメな時はダメなんだなあ。





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