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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
真紅の夜明け 伝説のスクワット・バトル編
199/213

199日目 未来を捧げる覚悟




「人は誰しも愛ゆえに悲しみ、愛ゆえに戦う……! 俺達は愛で生まれてきたんだぜ!」


 長ソバくんが凄い事を言ってる!


 何が凄いかは具体的に言えないけど……ヤバイ! 長ソバくんがヤバイ! 教室の中心でこんな事を叫べるのは長ソバくんくらいだろう。


 愛が凄い。僕にはとても無理だ。


「そうだろ! なあ!? 親友ッ!!」


「なんでこっちに話を振るのッ! 無理でしょ!?」


「無理じゃないぜ! お前なら出来る! さあ、バシッと決めてくれよ!」


 熱い瞳を僕へと向ける長ソバくん。

 気の利いたセリフを期待しているのだろう。正直その期待は重かった。

 だから口を閉ざしていると、じれたのか長ソバくんが発破をかけてきた。


「俺の意見に賛成してくるよな!? そうだろっ!? 俺には……愛する人がいるぜ! 愛ゆえに苦しんでいるぜっ! お前だってそうだろ!? なあっ!?」


「ええっと……」


 嫌な汗が止まらない。

 ハッと気付いて周りを見渡す。

 クラスメイト達からのネットリとした視線を感じた。


(何だ!?)


 思わず逃げ道を探すけど、そんな物はどこにも無かった。

 マズイ。今の僕の立ち位置は非常にマズイ!


(みんな一体なにを期待しているんだッ!? 僕への注目がヤバイことになってる!)


 何がヤバイかは上手く言えないけど……。

 あれだ、修学旅行の夜の空気に似てる。

 早く好きな人の名前を言えよっていう、あの謎の強制空間だ。


(オノレェ! 長ソバくん!)


 ギロリと長ソバくんを睨む。長ソバくんは何を勘違いしたのか大きく頷いた。

 違う! 賛同して気合がこもってるんじゃない!

 君への敵意で熱くなってるんだよッツ! こんちくしょうめッ!


「――いや、待てよ?」


 思わず小さく呟く。

 唐突に気付いた。よくよく考えたら別に愛の告白をする必要は無い。

 愛する相手がいるかどうか。それにイエスかノーで答えればいいだけだ。

 

(教室の中心で告白しろって言われてるわけじゃない。そうさ、家族を愛してるって言ってもいいんだ)


 勝手に勘違いして自分で自分を追い込んでいた。


(それでも――)


 家族を愛していると叫ぶのは結構キツイものがある。

 正直胃にきそうだ。

 冗談で流せない話題は消化に悪いんだよ、と長ソバくんを睨んだ。長ソバくんは、


「さあ! ハッキリ言ってやるんだぜ! お前の好きな人の名前を! 好きな……女の子の名前を!」


「どうしてわざわざハードルを上げるの!? ねえなんで!?」


 ……はめられた!

 裏切られた思いで僕は叫んだ。


「無理でしょ! そのハードルは乗り越えられないよッ!」


「無理じゃないぜ! やれる、俺達はやれる! お前はやれると信じるこの俺を信じるんだぜ!」 


「たった今信じられなくなったさ! こんちくしょう!」


 吐き捨てるようにして言う。一体僕が長ソバくんに何をしたって言うのさ!

 いや、確かにドッキリは仕掛けたけどッ! いっぱい仕掛けたけどッ!


「俺達二人で……この愛無き世界に愛を伝えるんだぜ!」


「ぐわあああ! 胃に、胃にくる……!」


 こうなったら無理矢理にでも逃げ道を確保する必要がある。

 長ソバくんを見捨てる覚悟を決めると、僕は教室から抜け出すルートを探した。すると、


「…………(ギンッ!)」


「ッツ!?」


 よ、妖怪!?


 思わず後ずさってからよく観察してみる。妖怪かと思ったそれはゴンさんだった。ゴンさんは無言のまま、もの凄い目つきで僕を見ている。


 頭蓋骨の限界を無視するかのように極限まで開かれたマブタ。まるでキツネザルのようだ。こうまで視覚に特化した理由は僕を観察するためだろう。


 人体の構造の不可思議に思いを馳せていると、急にゴンさんの目が左右に動いた。


「……(ギョロ!) ……(ギョロ!)」


 視線は二箇所を行き来しているようだった。

 まず僕を見て、次にその隣を見て……。どうやら冷蔵子さんを見ているようだ。


(僕、冷蔵子さん、僕、冷蔵子さん……交互に見てる? なんで?)


 今度はピタリと僕だけを見据えた。


 よく観察してみると、ぶつぶつと小声で何かを喋っているようだ。だけど声が小さ過ぎてよく聞こえない。僕はその言葉を聞き取るためにそっと耳を澄ました。


 そうしていると次第に意味のある音が聞こえてくる。やがて音に輪郭が与えられた。


「……ハリーハリーハリーハリー!」


「ヒイッ!?」


 ハリーハリーハリー。

 それはさながら呪文のような催促だった。

 彼女はただ待っている。僕が愛の絶唱をするその瞬間を。


(恐ろしい……!)


 あまりの恐怖に膝から崩れ落ちそうになる。


(本当に恐ろしい!)


 全身から汗がドッと噴き出し、僕は思わず身震いした。


(ゴンさんはもう長ソバくんへの怒りなんて忘れて……ただ純粋に僕の恋愛ネタだけを聞きたがっている。ただそれだけの存在になっている……!)


 こうなった以上はゴンさんは敵だ。

 強大な力を持つ彼女と立ち向かう為には長ソバくんと協力しなければならない。

 ジレンマだった。


(……どうする!? どうするんだ僕!)


 固めたはずの決意が揺らぐ。

 長ソバくんと協力するべきなのか、それとも見捨てるべきなのか。

 これ以上ないほど難しい選択だ。


(一人でこの妖怪と立ち向かうのか、)


 チラリとゴンさんの顔を盗み見る。


(それとも、長ソバくんと共に愛の戦士になるかだ)


 今度は長ソバくんに視線を向ける。

 なんの躊躇も無く愛を叫ぶ彼はまさしくヒーローだった。


 そして僕は胸中でそっと考える。ヒーローの変身には代償を伴うのが普通だ。愛の戦士・長ソバくん。彼が犠牲にしたものはきっと――未来。


(未来。それはこの先に続くもの)


 未来という言葉を反芻する。

 そして思う。長ソバくんには一生消えない黒歴史が生まれた。


 クラスメイトの前で真顔で愛を語る。人々の胸に刻み込まれたその記憶は、時間の先に色褪せること無く残り続けるだろう。


 例えば同窓会のたびにネタにされるはずだ。

 僕ならそれに耐えられるだろうか? ふと自分自身に問いかける。




 ――無理でしょ。




 心の声は実に正直だった。


 嫌だ。未来を犠牲にするのは僕には無理だ。しかし大妖怪・ゴンさんに一人で立ち向かうのは無茶だし、だからと言って長ソバくんに協力するのは不可能だ。


 第三の道を探すべく視線を左右に振る。今度は賢者くんと目が合った。


「どうしたんだい? 早く彼の質問に答えてあげなよ」


 どこか突き放したような声で、視線で、賢者くんは言葉を続ける。


「君には好きな人が……いるんだろう?」


 その答えは知っている、とでも言わんばかりの口ぶりだった。

 僕は彼が想いを寄せる相手の名前を知っている。


 そして、その想いがどこかしら歪んでいる事も。賢者くんが想いを寄せる相手、つまり僕の隣に立つ冷蔵子さんに目を向けると、彼女はちょうどアクビをしている所だった。


 一見しっかりしているように見えても冷蔵子さんは割と隙が多い。


 彼女とのささやかな友情のため。僕は賢者くんと争う運命にある。

 対立する道を選んだ相手を前にし、僕は怒りを訴える心そのままに彼の名を口にした。


「スペシャル海鮮王子くん……!」


「また新しいあだ名かい!? 思うんだけどね、オレの新しいあだ名を考えてるのって全部君じゃないかい!? 何だかそんな気がするんだけどね!?」


「それは誤解だよ! いつ僕が新しいあだ名を考えたって言うのさ!」


「たった今この瞬間に! なんだいスペシャル海鮮王子って! そんな呼び方されたの生まれて初めてだよ! 回転寿司のネタの名前かいっ!?」


 おっ、ナカナカ面白い例え方だ!

 僕は声を荒げる賢者くんに対して不思議な感心を覚えていた。





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