表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
真紅の夜明け 伝説のスクワット・バトル編
197/213

197日目 ノット・リーブ・ミー・アローン




(しかし……あれだな。うん、あれだ)


 何か大事なことを忘れているような気がする。

 ゴンゾウとかラテン系のノリとか……は関係ないか。

 何か他にもっと大切なことがあったはずだ。

 

「思い出せ――」


 心に念じた思いをそのまま口に出す。

 力が欲しいか? 欲しいならくれてやる、というあのノリだ。


「思い出すんだ、僕……!」


「なにをブツブツ言っているのよ?」


 冷蔵子さんが疑問の声を上げる。

 が、無視だ。周りの喧騒から遠ざかるようにして己の心の中に潜り込んで行く……。

 

(思い出せ、思い出せ、思い出すんだ!)


 力が欲しい。記憶力を上げたい。それは何かと便利なはずだ。

 頭が良くなって困ることなんて……無い!


(いやしかし、)


 ふと疑問符が鎌首を持ち上げた。


(忘れたことを思い出すってどうすればいいんだろう?)


 脳内を駆け巡る思考がピタリと止まる。

 忘れているから思い出せないんだ。

 思い出せない事は考えられない。だったらいくら考えたって無駄じゃないのか?


「もしもーし? 何を考え込んでいるのよ、私の声が聞こえているかしら?」


「聞こえてるよ。聞こえてるけど聞き流してるんだ」


「……あら、そう。ふーん……」


 背中の上の彼女が「ワンアウトね」と呟くのが聞こえた。

 スリーアウトになったらどうなるんだろう?

 深く考えるのは怖いので僕は思考を本題に戻した。


(記憶力はニューロンだ。確かそんなはずだ。ニューロンっていう妙に柔らかそうな名前の物質。その間で情報伝達を行うことで記憶は形成される)


 どうしてニューロンという名前を柔らかそうだと感じてしまうのか?

 乳麺にゅうめんと響きが似ているからだろうか。多分そうなんだろう。


(とにかくニューロンだ。柔らかい意志なんだ)


 グッと拳を握り締めながら思った。


(シナプス間で情報伝達物質を多く出せば……記憶力は上がる!)


 方法としては間違ってないはずだ。

 ただ一つだけ問題がある。

 脳内物質の分泌量を変えるにはどうすればいいんだろうか?


(必要なのは薬学的な食材だ。意識に作用するような。つまり――)


「……幻覚キノコ?」


「幻覚キノコ?」


 オウム返しする冷蔵子さんの声は硬質で、澄んだ透明さを持っていた。

 その響きを自己暗示に利用しながら僕はさらに深く深く思考をうずめていく。


(確か何かの原始宗教で悟りを開くために毒キノコを使ってたはずだ。だから僕もそれを使って……)


 いやでも、と自分で自分にツッコむ。


「なんでそこまでして思い出さなきゃいけないんだ?」


 どう考えても不健康だった。


「よく聞こえないわよ? もっとハッキリ喋りなさいよ、場合によってはツーアウトをカウントするんだから」


 彼女の声はまるでさんざめく日差しのようだ。

 遮る物の無い今、それは容赦無く頭上から降り注いでくる。

 よく分からないけどスリーアウトだけは避けたいな。

 背中に乗った冷蔵子さんに向かって僕は仕方なく言った。


「ただの独り言だよ」


「あらそう。スリーアウトね」


「ええっ!? ちょっと待って、いきなりスリーアウトになった理由が分からないんだけど! せめてツーアウトでしょ!? ツーアウト!」


「仕方無いわね。そこまで言うならツーアウトにしておくわ」


「やった!」


 まさか本当に挽回できるとは思って無かった。

 何でも言ってみるもんだなー……。


「ところでスリーアウトになるとどうなるの?」


 頭上に向かって尋ねる。

 すると冷たく凍りつくような返事が返ってきた。


「知りたいかしら?」


「やっぱりいいよ! 別に大した疑問じゃないしね!」

 

 世の中には知らない方がいい事もある。

 人間は引き際が肝心なのだ。それに、


(知るべき時が来れば必ず知る。そういう風に出来ている。世界は優しく無い)


 いずれ僕は知るだろう。例えそれが知りたく無いことでも。

 どこかで誰かが苦く笑った気がした。


(……なんで突然シリアスになっているんだ? 僕は?)


 重力に従って僕の背中に冷蔵子さんの体が圧着してくる。

 じんわりと伝わってくる重みと体温。一言でいって暑苦しかった。


「話は変わるけどさ」


「なによ?」


「これまで深く考えた事も無かったんだけど、君って意外と熱い人だね」


「は?」


 外見からのイメージでずっと低体温だと思っていた。

 夏場は涼しそうだと思い込んでいただけに、背中に伝わってくる熱さが辛かった。


「もの凄く方向性が変わったわね」


「だから先に言ったじゃん。話が変わるって」


「変わり過ぎなのよ。脈絡が無いじゃない。まったく、貴方の頭の中はどうなっているのかしら?」


 声には呆れの色が浮かんでいた。

 思わず失敬な、と反論しようとするが、それよりも早く次のセリフが聞こえてきた。


「とりあえず褒め言葉だと受け取っておくわ」


「いや、別に褒めたわけじゃ――」


「スリーアウトね」


「――無いなんて言わないよ!?」


「キャッ!?」


 勢いよく背筋を伸ばしながら叫ぶ。

 それと同時に僕の背から冷蔵子さんの体がずり落ちたのが分かった。

 短い悲鳴を上げて教室の床に落下した彼女。

 その姿を振り返って確認すると、何だか不満そうな表情を浮かべていた。


「いきなり姿勢を変えないでくれるかしら?」


「あっ、ゴメン」


 はしたなくスカートを乱したまま床に座り込む冷蔵子さんに謝る。

 こんなみっともない姿を皆の前で晒してしまったのだ。彼女が怒るのも無理は無い。


「本当にスリーアウトにするわよ」


「だからゴメンって」


 ブーブー文句を言いながらこちらに手を差し出してくる冷蔵子さん。

 立ち上がるのを手伝えという意味なのだろう。

 僕は反省の念を改めながら彼女の手を取った。

 もっと気をつけるべきだった。そうすればこんな風になることも――……。


「そもそもさ」


「なによ」


「勝手に人の背中に乗らないでくれるかな」


「仕方無いじゃない。さっきも言ったけれど、無理なスクワットで足肉が痛いのよ」


「そっか、それじゃ仕方無いか」


 静かに納得する。困ったときはお互い様だ。

 そうさ。僕らは友達でクラスメイトじゃないか。力を貸し合うのは良い事だ。

 晴れ晴れとした気持ちで教室を見渡す。教室の中央はぽっかりと空いたままだ。

 机とイスは隅にどけられ……イス?


「今気付いたんだけど、僕の背中に乗る必要ってあった!? 普通にイスに座るって選択肢は無かったのかなあ!?」


「人の足が何の為にあるか知っているかしら?」


「は?」


 呆然と冷蔵子さんを見返す。

 そんな僕の前で彼女は淡々と語りだした。


「自らの力で立ち上がるためにあるのよ。座って待っていても何も変えることは出来ないわ。誰かを助けたいと思っても、困っている人に手を差し伸べたくても、まずは自分の足で立っていないと出来ないの。だから私はいつまでもひざまずいていてはいけないのよ。そう心に決めているの」


「むむ……!?」


 澄んだ色の青い瞳が僕を射抜く。

 その強い眼差しは、そこに込められた願いは、僕の心を熱く揺さぶるに足るものだった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ