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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
真紅の夜明け 伝説のスクワット・バトル編
196/213

196日目 王と騎馬


「いくら『友人関係』と言っても男女間の過度のスキンシップは慎むべきじゃないかな?」


 きっぱりとした口調で賢者くんは言った。

 口元を引き締め、敢然かんぜんと自論を展開し始める。


「人の在り方は千差万別、とはいえども生き方には理想像がある。オレ達の家族が華美な生活を避けているようにね。与えられた物を享受する限り、オレ達はこの国の理想の体現であり続けなければならない。その使命がある。違うかい?」


 まごうことなき正論だ。そんな正論に対しゴンさんは押し黙り、周囲は温度が抜け落ちたように静けさが満ちる。

 冷蔵子さんを背中に乗せたまま、僕はペガサスナイトの下の馬状態で思った。


(まあその通りだろう)


 真剣な話は苦手だなあ。

 手持ち無沙汰にペロリと唇を舐める。


(僕の実家や他の分家、それに本家には国から特権が認められている――)


 クラスのみんなの家もそうだった。だからこそこの学園にいるとも言える。恵まれた立場にいる僕らはそれ相応の態度が求められるのだ。でも……、


「言うほど凄い物をもらってるワケじゃないけどね」


 ここにいるのはみな分家ばかりだし。

 などと考えている内に無意識に言葉を発してしまった。……ヤバイ。

 賢者くんがこちらに鋭い視線を投げかけてくる。嫌な汗が背中を流れた。

 しばし時が流れ、賢者くんは僕のセリフを無視するように口を開く。


「君達の行動は自由すぎる。度を越えるほどにね」


 無機質な声が空気を震わせた。


「もう少し他の人の目を気にした方がいいと思うんだ」


 淡々と述べる賢者くん。目は相変わらず冷たい。

 そんなクラスの王子様を前にして僕は憤慨した。メロスのように激怒して思う。


(き、君達ってなんだよ!?)


 聞き捨てなら無い。そこは全力で否定したい所だ。


(自由に行動してるのは冷蔵子さんだけじゃん!)


 僕はむしろ自由を奪われて家畜奴隷状態だ! と反論しかけた時、


「自由を否定し、建前の檻の中で生きろというのかしら?」


 騎士のごとく気高く。あるいは飼い主のごとく。冷蔵子さんが背中の上で声を上げた。


「確かに誰もが課せられた使命を持っているわ。いいえ、人間だけじゃない。親鳥がヒナ鳥を守るのが当然なことのように、縄張りを荒らすことがタブーなように。生き物にはそれぞれ守らなければいけないルールがあるのよ」


 でも、と彼女は続ける。


「ルールは時代と共に変わって行くわ。使命は心の中にり、それに形は無いのだから。本当に守らなければいけない事はいつだって探し続けるものよ。建前と周りの意見だけを見ていれば、いずれ見失うわ」


れいさん、君は――」


 冷蔵子さんからの反撃に賢者くんは狼狽ろうばいしているようだった。

 表情は変えないまま、どこか悲痛な色を滲ませて問いかける。


「反社会的に生きるつもりなのかい?」


「それが必要であれば」


 僕の背の上で冷蔵子さんが身じろぎするのが分かった。なにしてんだろ?

 一拍置いたあとに再び声が響く。


「そうするわ」


 心には背けないもの……。彼女は歌うように言葉を紡いだ。

 馬扱いされている僕としては社会性も重視して欲しかった。人権が欲しい。


「無責任に生きろとは言わない――だけれど、心はいつだって自由よ。何者にも縛ることは出来ない。社会という檻で囲ってもいつかは抜け出してしまうもの」


 ――鳥籠とりかごの中の鳥のように。

 話を締め括る冷蔵子さんに対し、賢者くんはどこか苦しげな表情で口を開いた。


「周りのことを考え無い、無遠慮な自由はただの我がままじゃないかい? 自由は規律を伴って初めて許されるとオレは思うんだ」


 ……二人ともやけに真剣だなぁ。

 他人事のように傍観していると、さらに飛び入りの参加者が登場した。


「んっんっん~?」


 ゴンさんだ。

 どうやら仁王の表情から素の顔に戻っていたらしい。

 全身を覆っていた怒気は消えざわめいていた髪の毛も元に返っている。

 しかしすぐさま眉間に皺を寄せると、今度は覇王のごとく腕組みして賢者くんを睨んだ。


「ご立派な意見だわね王子様。だっけどさぁ! 規律だの許されるだの、それってアンタが口出しすることなの!? 私達にだって自由があるわ!」


 声高に叫ぶゴンさんだったが、賢者くんは淡々と答えた。


「そういう態度は無責任すぎるんじゃないかい?」


 姿勢よくスタイル良く、賢者くんは清廉せいれんたたずまいでゴンさんを見つめた。


「自らの行動を律すること。たとえ自由を無くそうと責任を果たすこと。それが与えられている恩恵に対する責務であり、オレ達の使命だ」


「そんな大層な問題かっての!」


 ガンッ! という音はゴンさんが机をかかとで蹴った音だ。

 何が許せないのだろう? 

 覇王と化した彼女は、今にも比叡山を焼き討ちしそうな空気をまとって叫ぶ。


「こちとら自分の置かれた立場くらい分かってるわよ! でもこれは役目とか使命の話じゃ無いぃ!」


 そして一瞬だけ僕と冷蔵子さんを振り向いた。

 再び賢者くんに向かい合うと、何かを確信する口調で言う。


「『愛』の問題だわね」


 愛の問題なんだろうか?

 菩薩のように博愛の心を持てという事なんだろうか?

 このまま冷蔵子さんを背負って天竺を目指す。

 そんな馬としての一生を想像していると、新たな人物の声がとどろいた。


「そうだぜ! 全ては愛なんだぜ!」


 長ソバくんだ。

 まるで音楽が世界を救うと信じるミュージシャンみたいに澄んだ瞳で叫ぶ。


「ゴンさん達、言い争いは止めて俺の話を聞いてくれ! 俺には建設的な意見があるんだぜ!」


「ダゼダゼうっさいわねダボハゼ野郎!」


「ぐわっ!?」


 美しいフォームで投げつけられた上靴が僕の友人を襲う。ゴンさん、それはあんまりだ。

 イテテ、と顔をさする長ソバくんに対してさらに辛辣な言葉がぶつけられる。


「な~にが全ては愛よ、あんな女に騙されて! 情けない! 情けないぞ長ソバーーー! アンタ何のために髪を伸ばしてんのよ!?」


「なっ……!? 何のためって、ファッションのためだぜ?」


 手をクシ代わりにして髪型を整えると、長ソバくんは少し得意気な表情で言った。


「わりと綺麗な髪だって褒められるんだぜ、これでも。女の子みたいな髪だって」


「誰がそんな事をいてんのよバーカ! 壁に向かって自慢してなさいよ!」


「なんで!?」


 理不尽すぎるぜ、と力無く漏らす長ソバくん。

 憮然ぶぜんとする長ソバくんに対してゴンさんはあくまで辛辣だった。


「この前アンタが天使がどうたら喚くからちょっと調べてみたら! 随分と分不相応な相手に熱を上げてるみたいじゃない?」


「そ……!」


 長ソバくんは言葉を詰まらせながらも抗議した。


「誰を好きになろうと俺の自由だぜ!?」


「はん。ア~ンタに自由とか要らないのよ」


「さっきまでと言ってることが真逆だぜ!?」


 ゴンさん!? と悲痛な表情を浮かべる長ソバくん。

 しかしゴンさんは大仰な仕草で全てを無視した。

 机の上から降りると、瞳を閉じ、オペラ歌手のように胸に手を当てた姿勢で断言する。


「ああ情けない! 同じクラスメイトとして情けないわ! モテア・ソ・バレテーノってのが丸分かりなのよ! それにね、マドモアゼルはアンタが思うほど安かぁ無いわよ!」


 荒れに荒れるゴンさん。しかし何を言っているのかが分からない。

 さすがに見かねたのだろう、教室の壁際で寄り添うようにしてゴンさんを見守っていた二人が動き出した。

 恐々とした足取りで近付くミヨッチ。それとは反対に無表情に歩く真田さん。

 行き過ぎたゴンさんをいさめるべく、二人はそれぞれ別々に声を発した。


「ちょ、ちょっとゴンちゃん。もうめようよ、言い過ぎだよ? ノリが変なラテン系になってるよぉ」


「落ち着けゴンゾウ」


「誰がゴンゾウよ!? 乙女に向かってゾウは無いでしょゾウは!」


 両手を鉤爪かぎづめのように曲げ、二人の友人に向かって「シャー!」と威嚇の声を上げるゴンさん。

 クラスを導くはずだった存在のなれの果てを眺めていると、頭のすぐ近くで声がした。


「私の見るところ」


 いまだに僕にライド・オンしたままの冷蔵子さん。

 騎馬に話しかけるナイトの如く、僕の背中に覆いかぶさるような姿勢で彼女は呟く。


「どうやら彼女はゴンゾウと呼ばれたくないようね」


「だろうね」


 そのヒントも要らなかったなあと思いつつ、僕は短く言葉を返した。





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