195日目 仁王系少女とミヨッチと真田さん
「おいそこの青春ボーイ・ミーツ・ガール達! 勝手に迎春してるんじゃないわよ!」
「勝手に迎春!?」
「こっちは必死に対策を練っているっていうのに春真っ盛りだわね! 見ててイラつくわ!」
ゴンさんから叱咤が飛んでくる。
しかし……批難されているポイントが全く理解できない。
仕方なく僕は冷蔵子さんを背負ったまま叫んだ。
「勝手にって、そんなの無理だよ! 季節の変化を待たずに春を迎えることは出来ない!」
「細かいことを気にするんじゃないわよ! 男が廃るわよ!」
細かいことだろうか?
うろたえる僕。ゴンさんは間髪入れず追及してくる。
「だいたいねえ」
ボブカットの髪がザワザワと蠢く。怒りのためかキリキリと吊り上げられた眉、その下にある目をギロリと細めると、そのまま苛立った声をぶつけてきた。
「青春☆迎春ボーイって何なのよ! な~んなのよ!? バカみたい!」
「そうだねバカみたいだね! それは僕も認めるよ」
おのれ賢者くんめ! 変なあだ名を考えやがって!
優しさの欠片も無いネーミングを恨みつつ僕は吼えた。
「でもそのあだ名は僕が主張したものじゃ無い! 僕の意思は介在してないんだ! それを怒られるのは理不尽過ぎる!」
「グダグダうっさいわね! バレーボール食らわすわよ!」
「なんでバレーボール!? せめてキャッチボールで例えようよ!」
さ、サーブ権ってどうすればチェンジしたっけ?
怒り狂う級友の暴言サーブに怯える僕。そんな時、頭の横でクリスタルな声が響いた。
「私の見るところ」
誰だ!? 冷蔵子さんだ。今も僕の背中に乗っかっている彼女が道を指し示すように助言を発する。耳に息がかかってこそばゆい。
「彼女は思い悩み苦しんでいるようね」
「それはまあ……うん。見れば分かるよ」
そのヒントは要らなかったな……。ガッカリする僕に気付かないのか、冷蔵子さんはゴンさんに向けて意気揚々と人差し指を突きつけた。
「さあ行くのよ! 進みなさい、そしてヒステリーに迷える魂を救うのよ! ゴーゴー!」
「いや、ゴーゴーって言われても。とりあえず背中から降りてよ。普通に歩き辛いんだけど」
「何を言っているのかしら? 私が降りたら意味が無いじゃないの。さあ行くのよ、ゴーゴー」
「君を背負った状態で行けと!?」
そんなんでまともに話しを聞いてもらえるワケが……あっ! そうか!
「僕は乗り物扱いだったのか!」
さっきから何で背中におぶさってくるのかと思ったら! 真実に辿り着いた僕に対し、冷蔵子さんは「ふふん」と愉快そうに笑った。
「足が尋常じゃなく痛いのよ。立っているのは無理、と言ったところかしら」
「自慢気に言うことじゃないよね?」
まあいいか。言われた通りにゴンさんをどうにかしよう。僕は決意と共に再びゴンさんを見た。
「なによ? 必殺レシーブを食らいたくなかったら案を出しなさいよ! 案を! あの真紅ババアをブチ倒すための必勝の戦略を!」
まるで仁王だった。仁王があぐらをかきながら机の上に座っている。
溢れる怒気がゴンさんの髪を逆立てていた。どうやら彼女の魂はダーク・サイドに堕ちてしまったようだ。憎しみのあまり心の闇に囚われてしまったのだろう。
(クラスを導く存在だったのに……!)
僕はグッと拳を握り締める。
別にゴンさんに導かれたかったワケでは無い。
強い女性の尻に敷かれたいとか、そういうマニアックな趣味ではない。
が、変貌した指導者の姿を目の当たりにするのがこうも無念だとは。
(どうして……どうしてこうなってしまったんだ? どうして僕は止められなかったんだ!)
慙愧の念と共に視線をめぐらす。するといつもゴンさんと一緒にいる女子、ミヨッチと真田さんの姿が視界の隅に入った。
二人は仁王と化したゴンさんを遠巻きに見守っている。親友であるはずの彼女達でさえもゴンさんの金剛力士化は止められないという事だろうか?
ならば……打つ手は無い。思考は一瞬。切なさはただ過ぎ去り、胸に映る感情には現実を変える力など無かった。
再び視線を送る僕に対し、ゴンさんは激しい気合をぶつけてくる。仏敵を退散させそうな勢いで口を開くと、
「余所見するとは随分余裕だわね、青春☆迎春ボーイ!」
「そのあだ名を引っ張るのはもう止めてよ!」
「語呂が良いのよ! それはそうとして……」
座った姿勢で腕を組むと、僕にはもう打つ手が無い少女は不思議そうな表情を作った。
「あんた達いつまでくっついてるつもりなの? 重ねモチのモノマネとか?」
「何が楽しくてモチのモノマネをしなきゃいけないのさ? しかも二人がかりで」
「新春ネタだわね」
「いい加減に迎春から離れてよ!」
今の気持ちはモチでは無い。
モノマネをしているつもりは無いし、いつまでもくっついているつもりも無い。
然る上は、こんな現状に対する打開策を思案する必要があるだろう。
なんて考えつつ、考えても分からないので直接尋ねてみた。
「いつまで背中に乗ってるつもりなのさ?」
首だけで後ろを振り返って問いかける。
すると冷蔵子さんはサラリと笑みを浮かべた。
顔はよく見えない。だけど何故だかその事が分かった。
そして自信に溢れた様子で絹が擦れるように涼しげな声を上げる。
「知っているかしら? お地蔵様と道祖神様の違いを」
「確かに知らない! だけどお地蔵さんの話はもういいよ! ただの雑談なんでしょ!?」
「ただの雑談では無いわ。フォークロアとも呼ばれる学問のお話よ」
どうやら答えをはぐらかすつもりらしい。
おのれぇ……! 都合が悪くなるとすぐこれだ!
憤る僕に気付かぬように、冷蔵子さんはボソボソとした声で言った。
「ところでちょっと良いかしら?」
「あんまり良い状態ではないけど。いいよ、なに?」
「あの人は誰なのかしら?」
クラスの中に見知らぬ人が紛れ込んでいるとでも言うのだろうか?
もしかして忍の者? やはり忍者は実在するのだ。
「あの人? どの人?」
「いま貴方と会話を交わしている人よ。ほら、ちょっとお行儀が悪いあの人。机をイス代わりにしているでしょう?」
「……………………」
忍者では無かった。というか忍んではいなかった。堂々と机に座るその人は、慣れ親しんだはずのクラスメイト。そう、仁王系女子ことゴンさんだ。
知らなかったのかよ! というか何で知らないんだよ! クラスの取りまとめ役だろ! 今では心の闇に囚われて、ちょっと外見が仁王になってるけどさあ!
そりゃあ確かに、冷蔵子さんはちょっと前までクラスメイトの顔も覚えて無かった。覚えて無かったけど、あれから結構時間が……まあいいや。
碧い瞳に謎の自信を漲らせている。そんな彼女に仕方なく説明を始めようとした時だった。渦中の人物であるゴンさんが、その双眸をギラリと光らせた。
「あんた達! 迎春の名にかけて必死にモチのモノマネをする努力は認めるわ! 検討ハズレだけどそれは認める!」
「そんな努力はしてない! っていうか検討ハズレなんだ!?」
「でもさっさと離れなさい。あんた達のそういう表現は刺激的なのよ。クラスメイトの健康を保つ上であんまり良く無いことだわね」
「?」
モチのモノマネがクラスを刺激する?
それはどういう意味かと問いかける前に、
「オレも良く無いと思うな」
こちらに戻って来た賢者くんが言う。
顔には爽やかな笑顔。しかし隠しきれない怒りのためだろうか?
彼の口元がプルプルとひくついているのを僕は見逃さなかった。