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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
真紅の夜明け 伝説のスクワット・バトル編
193/213

193日目 まるで小鳥のように彼女は……な関係




 さて、長ソバくんの友として僕はどう行動すべきか?

 脳裏に幾つかの腹案を思い描いた。


1.拳を重ね合わせて悪に立ち向かえ! 僕達はヒーローコース

2.大阪さんと協力して原因を究明せよ! 遅すぎた名探偵コース

3.ここは若い二人に任せて年寄りは退散しますかのう……好々爺コース

4.新たな偽ラブレター企画を送る愛と裏切りのハードボイルドコース


 ヒーローコースの説明は簡単だ。古典の真紅教師に立ち向かっている間に色々なことが解決するだろうという考えだった。


 大抵は魔王を倒せば平和になるし、入り組んだ人間関係も改善されるし、オジイチャンの肩こりだって治る。それが世界の定めだ。


 ひるがえって名探偵コースは次善の策と言える。起こってしまった事は覆せない。名探偵が謎を解いても被害者が戻らないのだ。


 それと同じ様に長ソバくんとゴンさんの関係も修復出来ないだろう。でもその原因くらいは掴もうという考えだった。


 好々爺コースは生温かい目で二人を見守るコースだ。長い物には巻かれろ。釣り針をつけずに釣りをする太公望のごとく気長な気持ちで問題の解決を図るという案だ。


 針の無い釣竿では何も釣れやしない。という事は何の解決にもならない気がするが、それは気のせいだ。まず何事も心から始まる。手助けしようという気持ちが大切なはずだ。


 そして最後に考えたハードボイルドコースは、今までと打って変わって攻撃的な策だった。守勢に回るのでは無く、むしろ新たな問題を起こして状況の変化を作り出す。


 個人的にはハードボイルドコースがお勧めだ。風の王に頼んでいた工作活動はどこまで進んでいるんだろう? 暢気のんきに考えていると冷蔵子さんが話しかけてきた。


「足が痛いかしら」


 金色の髪が目に眩しい。おさげのように下げられたツインテールは、シュシュという名の髪留めでまとめられていた。そんな彼女の髪を眺めながら言う。


「みんなも痛いと思うよ。あれだけスクワットさせられたら」


「その割には貴方あなたは元気そうね?」


「鍛えてるからね」


 鉄ゲタレースに賭ける僕の情熱は本物だった。


「昔はなまりを仕込んだりもしたよ。知ってる? あるんだよそういうのが。足とか手とかにバンドしてさ」


 要するに重りだった。鉛の棒の数を増やすことで手足に負荷をかけるのだ。


「だから脚力には結構自信があるんだ。ちょっとやそっとスクワットしたくらいじゃ何とも無いよ」


 鼻高々に自慢してみる。すると冷蔵子さんは怪訝な表情を浮かべた。紺碧の瞳が僕を射抜く。冷蔵子さんは左手を頬に当て、右手で左手の肘を抱えながら口を開いた。


「わざわざ鉛を仕込んだのかしら? それは変だと思うのだけれど」


「ぐっ!?」


 確かにそういう意見はあった。重りを外す時がわざとらしいとか、逆に手足の筋を痛めるとか。普通に筋トレすればいいじゃん? という正論はいつだって苦い味をしていた。


「他にやり方が無かったのかしら?」


「そこはロマンだよ! こう……分からないかな? 重りを取った時のパワーアップ感っていうか、ここから本気で行くぜ感っていうか」


「貴方はさっきから何を口走っているのかしら? さっぱり分からないのだけれど」


「やっぱりかー! 君はそーいうだろうと思ってたよ、チクショー!」


 だけど真顔で言われると傷付くなー! 男心を理解してくれ!

 拳を握り締めて悔しがっていると、過冷却を促すかのように冷蔵子さんの声が響いた。


「昔からバカな真似が絶えないのね」


「ぐぅぅう!」


 手厳しい……! 身を切るような冷たさだ。どうして言葉一つでこうまで出来るんだろう? 思わず身悶える僕に、冷蔵子さんはさらに冷え冷えとした眼差しを送ってきた。


「そんなことより足が痛いのよ」


「筋肉痛? 大変だねー」


「そうね。大変なのだけれど?」


 会話はそこで途切れる。言葉を言い終えると、彼女はそのままジッ~と僕の目を睨んだ。何だか怖い。なのでそっと目を逸らしてみた。教室には青空の影が揺れている。


 光によって生み出された淡い影は不定期にその形を変えた。ゴンさんは相変わらず周りから意見を吸い上げている。その為に今も教室にはざわめきが続いていた。


 風が吹き、窓際のカーテンが音を立ててめくれている。さらさらという音。ささやかな音色に耳を傾けながら僕は視線を戻した。うわっ、まだこっちを睨んでるよ。


 冷蔵子さんは変わらぬ様子でそこに居た。空よりもブルーな瞳。影を揺らす風が彼女の髪をさらい、金色の繊細な波が宙を舞う。


 そして突きつけられる眼光。ただならぬ目つきだ。僕に対して無言で何かを訴えかけているのは確かだった。


「……何が言いたいのさ?」


「分からないのかしら?」


「うん」


 短く相槌を打つ僕。冷蔵子さんは深々と溜息を吐くと、ゆるりと口を開く。


「マッサージよ」


「マッサージ?」


 彼女は人差し指を一本立てて説明を始めた。


「マッサージとは筋肉をほぐす事よ。り固まった肩や腰を揉むことで血行を良くするのね」


「いやそれは分かるけど」


「分かっているならマッサージをしなさいよ。私の足を指圧でモミモミするのよ」


「マッサージの意味は分かるけど、君が当たり前みたいにマッサージを要求してくる理由が分からないんだ」


 そして比喩表現を使った理由も分からない。

 モミモミのくだりは必要だったのだろうか?


「分からない? どうしてかしら?」


 まるで小鳥のように小首を傾げて冷蔵子さんは不思議がった。

 いや、そこを疑問に思われるとこっちも困るんだ。


「どうしてって言われても話しの繋がりが見えないんだ。僕が君の足をマッサージしなきゃいけない理由が分からない」


我田引水がでんいんすいよ」


「が、がで……それってどういう意味なの?」


 訊き返す僕に対し、彼女は「ふーむ?」と考え出す。しばらく黙り込んだ後、ビー玉のように青い目をこちらに向けてきっぱりと言った。


「因果応報の間違いだったわ」


「無理に難しい言葉を使おうとするから間違えるんだよ」


「ふふん、貴方は言葉の本質を捉えられないようね」


 何故か得意気な顔になりながら冷蔵子さんは続ける。


「ことわざの意味は受け取り手によってある程度は変わるのよ。犬も歩けば棒に当たるということわざも、良い意味と悪い意味の二つの意味があるわ」


 あれか、ペルソナってやつか。

 人の持つ二面性……いや、今それは全く関係ないな。


「我田引水とは自分の田んぼに水を引くことを意味するわ。ひいては己の事しか考え無い、自己中心的な考えを指すわね」


 余計なことを考えている内に冷蔵子さんによる解説は終わっていた。僕はその言葉をためつすがめつ検討した後、出した答えをそのまま口にしてみた。


「つまり単に君の我がままだと?」


「違うわよ。とりゃ」


「踏んでる! 僕の足を踏んでるんだけど!?」


 プレッシャーをかけるかのように前進してきた冷蔵子さん。その右足のかかとが僕の左足の甲を踏み抜いている。抗議の声を上げると、彼女はズバリとした口調で言った。


「気にしなくても良いかしら。わざとだから」


「ええっ!? いや!? それは……」


 わざとなら仕方が無いか、と僕は思い直す。それが彼女の意志である限り覆せないだろう。ジャスト・ビー。あるがままに生きることだって必要なのさ。


 僕の左足の上からグリグリとえぐるように回転がかけられる冷蔵子さんの踵。その感触を感じながら、まあべつにいいか、と反抗を止めて本来の問題へと目を向けた。


「それで何が違うの?」


「貴方ねぇ……」


 冷蔵子さんは頬をぽりぽり掻きながら言う。


「何事も無いように続けられると、こっちも反応に困るのだけれど?」


 僕にどうしろって言うんだ。ジト目で冷蔵子さんを見る。すると彼女はバツが悪そうにゆっくりと咳払いをした。


「こほん。とにかく、我田引水の本来の意味は我がままな行動の事よ。そして裏の意味は、それとは逆の行動の推奨なのよ。つまり私が言いたいのはお互い様という考え方かしら」


 お互い様とは人と人が支え合うことだろう。しかし今も冷蔵子さんの踵に踏み抜かれる僕の足が、何と何の支え合いになっているのかは謎だった。





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