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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
真紅の夜明け 伝説のスクワット・バトル編
191/213

191日目 長ソバくんにジャスト・ビー・マイ・フレンド




 生き抜くことには限界がある。

 それは連鎖であり、定めであり、循環でもあった。


 肉食獣は草食動物を襲い、草食動物は植物をむ。

 アフリカのサバンナで、あるいは針葉樹のタイガで。生命は植物から始まる。


 だからこそ命は緑なくしては存在し得ない。

 そしてこの地球を覆う木々には定められた限界があった。

 

 その名も森林限界。植物が生育できる限界高度である。

 空はあまりに高すぎて、人は大地に縛り付けられていた。そして、


「ジャスト・ビー・マイ・フレンド。あの世でも友達で居てくれるよな……? 俺はもうダメだぜ」


「長ソバくん!? 長ソバくーーーん!!」


 そんな話とは一切関係なく、僕らは危機のまっただ中にあった。


「ダメだ、諦めるな長ソバくん!」


 教室には樹林のれの果て達が点在している。

 机とイスは木々の最後の姿だった。命を断たれ、削られて成型された植物だ。


 聳える植物の墓標。机とイスは円を描くように並べられ、終焉を奏でる。

 そんな中、僕の友人もその生涯を終えかけていた。


 長ソバくんは円を描く机の中心地でぐったりと倒れ付していた。

 床に寝そべり、僕に抱きかかえられながら、彼はそっと口を開く。


「あり、おり、はべり……アリアドネ? そこにいたのか、探したんだぜ……」


「アリアドネって誰ッ!?」


 謎の人物の名を呼ぶ長ソバくん。

 瞳は焦点が合っていない。天井の方を向いたまま何も映していなかった。


「へへっ……。今逢いにいくぜ……?」


「そこに行ったら多分アウトだッ! 踏ん張れ長ソバくん! 一緒に日本の夜明けを見ると誓ったじゃないか!」


 別にそんな事を誓ったことは無い。

 全く無いけど今は勢いが大切なのだ。言葉を強心剤の代わりにして訴える。


 倒れているのは長ソバくんだけでは無い。

 教室の床には、力尽きたクラスメイトのみんなの姿があった。


 男子はその場に崩れ落ちるように。女子はそれぞれ寄り添いあうようにして。

 誰もが疲れきった、死人のような表情で床の上に身を横たえている。


「どうした貴様ら? 授業はまだ始まったばかりだぞ?」


「くっ!?」


 この地獄を作り出した元凶がいけしゃあしゃあと言い放つ。真紅の古典教師の異名を持つ三十路の女は、黒板にチョークを突き立てて何事かをカカッと書いた。



『吹く風と 谷の水とし なかりせば み山隠れの 花を見ましや』



 流麗な白い文字で描き出された句。キノツラヌクとかいう人の和歌だったか。名前からして先進的だ。一体何を貫くつもりなのか? そればかりが気になった。


「さて、この和歌に使われている活用形は未然形か? それとも已然形か? そのどちらか答えてもらおう。そうだな……」


 古典の女教師はザッと教室を見渡した。そして「ひー、ふー、みー」と数えだす。

 だけどその行為もすぐに終わった。生き残っている生徒の数はそれほど少ない。


 仮にここが戦場だとすれば全滅状態だ。片手で数えられるレジスタンス。その中から僕を選ぶと、古典教師はラスボスの武器のように指示棒を操りながら言う。


「そこのお前が答えてみろ」


「バカな!?」


 何故僕が!? と叫んでみるも、消去法から言って当たり前の話ではあった。

 それでも主張したい事がある。熱い思いを胸に、この世の不条理へと挑んだ。


「ヒントも無しに分かるはず無いよ! イチかバチかの賭けをしろって言うんですかッ!?」


「答えは和歌から読み取れ。何のための授業だと思ってる?」


 ちくしょう、真紅の古典教師め! まだ授業を続けるつもりなのか!?

 いや、続けられると思っているのか?


 クラスメイト達はみんな沈没している。誰もが動けないでいる。それもそうだ。

 答えが外れるたびにスクワットを強制されているのだから。しかも連帯責任制だ。


 一人は皆の為に、皆は一人の為に。繰り返される運動は柔な筋肉を痛めつける。その為にわざわざ机がどかされ、動けるスペースが確保されていた。ありがた迷惑だった。


「頼んだわよ……! あたしはもう限界……!」


 スポーツが得意な少女、ゴンさんが壮絶な顔で言う。

 数々のスクワットに耐えたその脚も、今では生まれたての小鹿のように震えている。


「オレはまだやれるから、間違ってもいいよ」


 賢者くんが爽やかに言う。どうして古典の授業でスクワットをやらねばならないのか? という事も気にしてなさそうだ。しかしその顔には脂汗がビッシリ浮かんでいる。


 モテる男は些細なことは気にしないらしいけど、果たしてこの仕置きも些細な問題の範疇に入るのだろうか? その辺りは想像するしかなかった。


「…………脚が痛いかしら」


 冷蔵子さんは既にリタイアしていた。

 ちなみにリタイアすると膨大な量の宿題が追加されるシステムだ。

 クラスメイト全員リタイアでさらに倍である。

 どんな鬼畜ならこんなシステムを思いつけるのだろうか? 僕は教壇に立つ鬼を睨んだ。


(負けられない……! 長ソバくんの為にも、みんなの為にも。何よりも自分の為に!)


 未然形か已然形か? 確率は二分の一だ。

 高まる緊張。心臓がドクドクと高鳴る。


 落ち着け、落ち着くんだ僕。まずはジャンケンで例えてみよう。

 グーはチョキに勝つ。チョキはパーに勝つ。そして……パーはグーに勝つ!


 脳裏に光明が射した。それは定められた運命。それは厳然とそびえる条理。

 あるべくしてある限界だ。限られた条件の中で勝利は決められていく。


 ……だからなんだって言うんだろう? 思考は空回りしていた。

 あれ!? 僕は何がしたかったんだっけ!? えーっと、えーっと。


「……未然形?」


 積み重ねた演算を全てをかなぐり捨てて答える。人生なんてそんなもんさ。

 やけっぱちな気持ちで三十路みそじの古典教師を見ると、彼女は意外そうな顔をしていた。


「ほう、正解だ」


 よしっ、勝った! 賭けに勝ったんだ! イヤッホーッ!

 喜びに震える僕。ガッツポーズを取っていると、鬼畜教師が無慈悲な声を上げた。


「では助動詞の『き』がどこにあるかも答えてもらおうか」


「イエーイ! ……ってハァ!? なにその連続攻撃! インチキだッ!? 無し無し、そんなの無し! 質問は一度に一回ってのがこの世の決まりですよッ!?」


「何を口走っとるんださっきから」


 真紅の古典教師は呆れ顔で僕を見た。

 ふぅー、と溜息を吐くと、仕切り直すかのように鋭い視線を向けて来る。


「授業中は先生がルールだ。分かるか? 世の中に決まりがあるというのなら、その決まりは大人が作っていく。分かったらキリキリ答えな、小憎たらしい青春小僧め」


「青春小僧!? なにそれ!?」


「なんだ? 現にお前は青春していたじゃないか。放課後にイチャイチャと……!」


 何かを思い出すようにして先生は眉間に皺を寄せた。

 凄い形相だ。まるで鬼のようだ。人を指導する立場の大人が見せていい表情だろうか?

 やがて元の顔に戻ると、女教師はあっさりとした口調で言って来た。


「お前らが若いというだけでな、先生はお前らのことが憎くて憎くてたまらなくなるんだ。不思議だな」


「奇遇ですね。僕も先生のことが不思議になりました」


 ワケの分からない理由で人を憎まないで欲しい。

 仕方なく新たな質問の答えを探る。ヒントは黒板に書かれた和歌の中にあるのだろう。

 

「ぐぅ……! 『き』なんて助動詞はどこにも無いじゃないか! 心の目で探せってことですか、先生ッ!」


「そうだな。どこにも書いて無いから頭の中で探すんだ。助動詞『き』の活用を憶えているか?」


 鬼教師は淡々とした口調で説明を続けた。


「カ行変格活用や、サ行変格活用の動詞には特殊な接続をするんだったな?」


「知らないですよそんなこと! 変形とか接続とかロボットかよッ!」


 残念ながらロボットに憧れた小学生時代はもうとっくの昔に終わっている。


「お前は……。今まで習ったことを使って考えてみろ。予習と復習という言葉を知っているな?」


「外形的な知識としては知ってます」


「知ってるだけじゃなく実践しろと言っとるんだ! 素直に勉強して無いと言えんのかお前はッ!?」


「むう。勉強ならしていますよ」


 ただ僕の考える適正量と先生の考えるそれが食い違っているだけだ。


「外形的とか、そういう小賢しい単語を憶えるチカラをもっと他のことに活用できんのか? 和歌の一つでも憶えてみせろ」


「失敬な。和歌の一つくらい僕も知ってますよ、結構好きですから」


「ほう? 意外だな」


 ふふん、ここらでお互いの立場を逆転させてやる。今度は僕が質問する番だ!

 決意と共に黒板の前に進む。腕組みする先生の横に立ち、知っている句を書いた。



『多機能も 操作分からず 持て余す』



「それは和歌じゃなくて川柳だろうがッ!?」


「ええっ!? 現代の和歌でしょコレ!?」


「違うわい、この馬鹿者がッ!」


 忍び寄る魔の手。大人は僕らの生き方にまでルールを課そうとしていた。

 これから始まるのは、そんな鬼畜教師と僕らとの生存を賭けた戦いだった。





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