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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
僕達の絆編
187/213

187日目 唸れ僕の右手! 運命断裂チョップの巻 




 リチャード。それは仮の名前である。

 かつて先輩が僕につけた英語風のネームであった。

 

「リチャード?」


 先輩の言葉を受け、佐々木ロミオは驚いた風に僕の顔を見る。


「てっきり日本人だと思ってましたが……日系人の方でしたか」


 どうやらリチャードという仮の名を僕の本名だと思ったらしい。佐々木ロミオは襟を正すと、僕に向ける視線の表情を変えた。


 それまでの日本猿を見るような目つきから一転、モンキーを見る目つきへ。サルの英語名。言うなればそれだけの違いだ。オリエンタルとヨーロピアンテイストの違いとも言える。


 大して意味の無い違い。結局のところ、彼にとって僕の存在はサルでしか無いのだろう。そんな事を哀切にかつ痛切に感じつつ、

 

「いや、普通に日本人ですけど」


 モンキーじゃねえよ、と言う代わりに告げた。

 すると佐々木ロミオは再び大きく目を見開く。


「日本人のくせにリチャード? どういう漢字を当てるんですか? 酷く残念な予感がします。恐らく名付け親を恨んだことでしょう。俺様に出来ることは無いし、仮にあってもやる気は欠片もありませんが、せめてアスファルトに自生じせいする野菜くらいには強く生きてください」


「アスファルトに自生する野菜ってナニ!? っていうか佐々木ロミオなんて名前の人から同情されたくないんですけど!?」


 大体ロミオこそどんな字を当てるんだ、と息巻く僕。しかし佐々木ナニガシは余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)な態度で、


「あはは、怒らせてしまったようですね」


 にぱっと明るく笑いながら涼しげな瞳を返してきた。

 黒縁眼鏡がスタイリッシュに彼の顔を彩っている。


「佐々木ロミオという名は単なる通り名ですから。本名なワケが無いでしょう? サル野郎。仮の名前ですよ」


 どうしてこの人は何のてらいも無くスラングを喋れるんだろう? あまりにもナチュラルにサル野郎と呼ばれ、僕はややたじろぎながら言葉少なめに反論した。


「リ、リチャードだって本名なワケが無いでしょ」


「仮の名前が必要なのですよ、俺様にはね」


 そして僕のセリフを完全に無視して語り出す。

 無意味に明るい男は意気揚々と言葉を続けた。


「運命というものがあるのでしょう。俺様は全ての女性達にとってのロミオなのです。何故なら、俺様はこの世界の主人公なのですから」


「…………はい?」


「ロミオとジュリエットの物語を知っていますか? あの美しいまでの悲恋の物語を。ジュリエットはまさに悲劇のヒロインの象徴といえます」


 自称この世界の主人公である男は夢見るように口ずさんだ。


「色とりどりに咲き誇る花々。容姿、性格……世界中のヒロイン達が俺様と恋に落ちるでしょう。しかし俺様の体は一つしか無く……」


 謳うように。さながらオペラ歌手のように佐々木ロミオは天を見上げる。

 ……どうやらまだ話は続くようだ。


「俺様は一度に一人のヒロインしか選べないのです。一日おきに相手を変えたとしても、一年で三百六十五人の女性しか幸せにできません。さらにその方法だと、たった一日しかヒロインを幸せに出来ないというデメリットもあります。嗚呼ああ……俺様はこの罪をどう背負えばいいのでしょうか?」


 何を言っているのかさっぱり理解できないけど、どうやら佐々木ナニガシは大真面目らしい。本気で問いかけてくる彼に対し、僕は投げやりな気持ちで答えた。


「えーと……分身すればいいんじゃないですか? 修行でもして」


 やはりと言うべきか、佐々木ロミオは僕のセリフを丁重に無視した。


「今日もまた新たに美しい女性に出会ってしまいました。三人とも俺様が見る限りヒロイン級。ヒロインと出会ってしまった以上、彼女達は必ず俺様に恋するでしょう。そんな運命に対し……せきを感じずにはいられません」


 眉間に皺を寄せ、苦吟するようにこぼす。

 その苦悩は本物だった。本気だからなお性質が悪いとも言える。

 世界の主人公たらんとする男は、先輩、冷蔵子さん、そして風の王に視線を送った。


「だから俺様はロミオを名乗るのです。出会いは別れの始まりとも言います。お互いの事を深く知れば別れが辛くなるだけでしょう? だから仮の名が必要なのですよ」


 その瞳に愛を乗せ。世界のロミオは視線を先輩にロックオンすると、にぱっと笑う。無邪気な笑顔だ。それを正面から見返すと、先輩は小首を傾げながら、


「うん、君は何か大きな勘違いをしてるんじゃないかなぁ?」


 ノー・モーションで言い放った。時速に換算すると百六十キロくらいの会話だ。

 気分はまさに剛速球。あまりにも鮮やか過ぎるストライクが決まった。


「……せやな」


 静まり返る球場。いや、公園に立ち尽くしながら、球審代わりに大阪さんがポツリと漏らす。判定としてはスリー・アウトが妥当だろう。


 何がアウトなのか? 人としてアウトなのだ。世界的に見ても思考回路がアウトだと思われる佐々木ロミオは、さして気にした風も無く微笑んでいる。……。


 いや、違う!? 僕はその変化を見逃さなかった。スリー・アウト男は頬に一筋の汗を流していた。やはり先輩の一言がその胸を貫いていたのだ。


 ……っていうか何でさっきからずっと先輩を見つめているんだ!? 今お前に話しかけてるのは大阪さんだろ!? いいからさっさとチェンジ宣告を受けて来い!


「あはは、勘違いですか……参りました」


 世界の主人公を否定された佐々木ロミオ。

 依然として先輩だけを見つめながら、なにやら困ったような声で言う。


「不思議ですね、普段なら愚民の戯言だと聞き流すのですが……貴女あなたに言われると素直に信じてしまう」


 苦笑いしながら。何故か佐々木は先輩に歩み寄る。そして、


「そうですね、俺様は何かを思い違いしているのかもしれない。それなら貴女あなたにその勘違いを正して欲しい。睡蓮すいれんきみよ、きっとそれが運命なのです」


 な・ん・で、いきなり先輩に向かって手を伸ばしてるんだ貴様ァー!? それが運命とでも言うつもりかぁー!


「運命断裂チョーーープ!」


「痛っ!?」


 僕の右手が運命を切り裂く。先輩に向かって差し出された佐々木の手を叩き落とした。

 運命破壊完了! 見たか、運命は誰かに翻弄されるだけの儚い繋がりなんだよっ!


「……急に何を?」


「どーしたの少年?」


 佐々木ロミオと先輩の二人から次々に問いかけられ、僕は動きを止めた。胸の中で自分に問いかける。僕は何をやっているんだ?


 思わずノリでチョップを出してしまったけど、改めて理由をかれると困る。急に……そう、急にチョップを出すタイミングが来てしまったのだ。そうに違い無い。


 ……。うん、それは無理があるな。え~っと、え~っと……。

 時間は無情に流れていき、背中を流れる嫌な汗は指数関数的に増えていく。


 チック、タック、チック、タック……。

 僕はズビシッ! っと佐々木ロミオに指を突きつけた。


「勝負だこの野郎!」


「少年、どうして突然やる気に――?」


「怯えているのか!? 何とか言えよ世界の主人公さんヨォ!」


 不思議そうな顔で僕を見つめる先輩。そんな先輩から全力で目を逸らしながら吼えた。向かう先に立つは佐々木ロミオ。僕はこの場を力で押し切ることだけを考えていた。

 

「俺様と一対一で勝負する気ですか? それはいささか無謀だと思いますが」


「いいからさっさとやろうぜ……!」


「坊主、なんやさっきからキャラがおかしなっとるで?」


 大阪さんの言葉は無視する。高まっていく焦りと緊張。

 ぶつかり合う視線が空気を張り詰めさせていく。


 ドクンドクンと、鼓動が頭の中で耳障りな音を上げた。それはアラームだった。

 頭の中だけに鳴り響く警報は、いつしかサイレンの音へと変わる。


 視界が赤く染まった。瞳が充血してそう錯覚させるのだ。

 頭の中でアラームが鳴り続けている。覚悟がこの場を戦いの地へ変えていく。


 変わりゆく世界。それは僕自身をも変質させる。心の奥底から何かが表出していくようだった。怒りと憎しみと。それはもう一人の僕だ。サイレンが、鳴っている……。


「ってあれ? 本当にサイレンが鳴ってる?」


 不意に気付いて辺りを見回すと、大阪さんが慌てながら公園の入口付近を指差していた。


「おい坊主! あれお巡りさんやないか!?」


「えっ? あっ、マジじゃないですか。何かあったんですかね?」


「何かや無いわ! マズイことになったわ!」


 大阪さんの指先に視線を向けると、白黒のツートンカラーの車が停まっているのが見えた。回る赤色警光灯。鳴り響くサイレン。しかし何で大阪さんは慌てているんだろう?


「大阪さん、何か悪い事でもしたんですか?」


「いや坊主、あのな……」


 歯がゆそうに説明を始めようとする大阪さん。何となく周りの状況を確認してみると、遮那しゃな達や知床兄弟の顔にも緊張が走っていた。


 先輩はポカンとしている。冷蔵子さんは暢気のんきにアクビしている。風の王は……あれ? 何だか険しい表情になっていた。


 対照的な二つの反応。反応別に分けて考えてみると、焦っている人達は……。

 ああっ!? そうか、そういう事か!


 何かに気付きかけた僕は、公園に集まっている『他の連中』の姿を目で追った。背中にどっと押し寄せるような焦燥感を感じる。そんな時、


「ふははは! 貴様も地に堕ちたものだな!」


 高らかに、そして伸びやかに。

 何度も聞き慣れた声が、青空と公園の中に響いた。





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