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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
僕達の絆編
185/213

185日目 役者はそろい、舞台の幕が上がる




「それで寸劇すんげきは終わったのかしら?」


「寸劇!?」


 こちらに近付いて来るなり、冷蔵子さんはそんなセリフを冷たく言い放った。

 彼女の後ろの方には先輩と風の王の姿もある。


「寸劇っていう評価はあんまりじゃないか! 僕らは本気で話し合って……っていうか」


 ふと心に疑問が浮かび、僕は迷わず訊いてみた。


「寸劇ってどういう意味だっけ? 演技ってことだよね?」


 なんとなく舞台的な意味合いだという事は分かる。

 真剣に言葉を交し合った身からすると、ただの芝居だという評価は国辱級だった。


「久しぶり、かな? 和泉いずみの王……!」


 寸劇なる言葉の意味を探ろうとしていると、風の王がずずいと前に進み出る。

 そのまま僕を追い越し、知床しれとこ兄に言葉をかけていた。


 知床兄。またの名を和泉の王。

 風の王にとっての彼は、さながら立ちはだかる巨大な壁らしい。


 猫のように眼光鋭く睨みつけている風の王。

 そんな彼女を前にして、知床兄は平然とした面持ちで言った。


「久しぶりだな。難波なんばの王は元気か? あいつが引退宣言してから全く姿を見かけないんで、気にかかっているんだが」


「あっ、オイラも」


 風の王に対し、兄弟で口をそろえて問いかけている。

 難波の王って誰だっけ? ……ああ、確か彼女の師匠だったような。

 そんな話を思い出していると、風の王は鬱陶しげに前髪を払いながら、


「知らない、かな。あの人とはワタシも長いこと会って無いから」


「そうなのか?」


「冷たすぎるばい! どうしてもっと連絡を取り合わないとよ!?」


「暑苦しいのは苦手、かな」


「確かにそうかもしれん。あまり暑苦しい関係はダメだな」


「兄ちゃん!? それは遠回しにオイラを批判しているばい!?」


 悲鳴を上げる知床弟。

 そんな茶番を遠目に眺めていると、冷蔵子さんが僕の隣で口を開く。


「あれが寸劇よ」


「ああ、うん。何となく分かったよ」


 つまり寸劇とはバカバカしい会話を続けることなのだろう。

 風の王達のやり取りを見ていると何となく気が抜けてしまった。そんな時、


「少年、準備運動は終わった?」


「先輩?」


 振り返ると、腕をぐるぐる回しながら先輩が近付いて来る。


「ちゃんと体を柔軟にしておかないと、いざという時に動かないよー?」


「いざという時、ですか……」


 僕はあらためて周りを見渡した。

 青い空。白い雲。いつもは家族連れで賑わう広場は、腰からチェーンを垂らした若者に占拠されている。彼らは僕らの試合の観客だった。


 ベンチは何故か蹴り倒され、その上にブカブカのジャージを着込んだ集団が立っていた。

 わざと不安定な体勢にしてバランスゲームを楽しんでいるらしい。


 睨み合いを始める長髪の集団とスキンヘッドの集団。

 のどかだったはずの公園は、今や少年ギャング団の巣食うスラムへと変わり果てていた。


「すでにそのいざって時の真っ只中な気もするんですが」


 ストリート・バトル。遮那しゃながエフ・スリーと呼んだその試合は、どうやらストリート生まれでヒップホップ育ちな少年少女に大人気のようだ。

 

「僕の提案としてはですね」


「ん?」


 疑問符を顔に浮かべる先輩に向かって、僕は一息に言った。


「さっさと帰りませんか?」


「むむっ!? おいこら、試合を前にして勝負を捨てる気なのっ!?」


 憤然としながら声を上げる先輩に、僕は声を潜めながら告げる。


「実はですね、相手の策略にはまっている可能性があります」


「策略?」


 僕は試合の相手である遮那しゃなの顔を思い浮かべる。

 ヤツから受けた仕打ち。かつての経験が、一つの推測を生み出していた。


「ここに集まっている観客、ほとんどが中学生くらいのヤツらばっかりですよね? もしかしたら全員が遮那の仲間かもしれません」


 どういうワケか、遮那は街の不良達と繋がりを持っている。

 そしてさらに、理由は分からないけど僕をつけ狙っていた。

 その二つの結論から導き出される答えは――絶体絶命のピンチだった。


「今の状況は非情にマズイんですよ! いうなれば探偵以外はみんな犯人みたいな状態です……! もしもですよ? 周りの連中が全員で共謀しているとすれば……トリックとかガン無視でアリバイが成立しますよね? 全員で口裏を合わせればいいんですから。あとは被害者の口を封じればいいだけ。つまり、下手をすれば僕らは闇に葬られます!」


 ストリートの最強の影(予定)シノビーズは最高潮の危機を迎えていた。

 影を覆い隠すのはさらなる闇。巨大な闇の手が僕らに忍び寄っていた。


「さっきから何をわめいているのかしら?」


 冷蔵子さんは僕の肩に手を置くと、後ろからニョキっと首を伸ばしながら訊いてくる。

 僕はそんな彼女を首だけで振り返るようにして言った。


「ミステリー・ファンが激怒するようなトリックと結末が、僕らの身に降りかかるかもしれないって言ってるんだよ!」


「ミステリー・ファンが激怒するトリック?」


 怪訝そうに相槌を打ったあと、冷蔵子さんは滔々《とうとう》と語ってみせた。


「甘いわね。ミステリー作品の中にはSF作品として書かれたとしか思えないような作品もあるのよ? 真のミステリー・ファンならトリックの内容に激怒するよりも、まず発想の斬新さと着眼点を批評するかしら。それにロジックばかりにこだわらず、情緒性を重視した作品だって愛されているし……」


「ええ!? いや、今そんなことを真顔で指摘されても!?」


 謎のミステリー談義を始める読書家な彼女。

 予想外の反応にうろたえていると、先輩から厳しい声が飛んでくる。


「減点だね、少年」


「げ、減点!? 何がですか!?」


「仮に少年の想像が当たっていたとして……もはや時遅しだよ? ほら、周りはもう囲まれちゃってるしー」


 ズビシ! と先輩は辺りを指差す。


「私達が策略に嵌っているとすれば、現時点で逃げることは不可能なのだよワトソン君……!」


 無情な指摘。しかしそれは正論でもあった。


「ぐっ……!? クソッ、僕は遮那の手のひらで操られるだけの存在なのか……!?」


 思えば僕らに試合を申し出た時からヤツの策は始まっていたのだ。

 今、この状況を生み出すためだけに。遮那は僕の前に姿を現したに違い無い。


 なんてことだ……! 僕と遮那の争いに皆まで巻き込んでしまうなんて!

 己の不甲斐なさに落ち込んでいると、先輩が静かに腕組みしながら口を開いた。


「少年、いついかなる時も自分を見失っちゃダメだよ?」


 その言葉にはっとする僕。

 先輩は見えない何かに立ち向かうかのように、そっと風上に視線を向けた。


「たとえどんな状況にあっても、足を前に踏み出すのは変わらないっしょ? 出来ない事が出来るようにはならないし、だから少年は自分に出来ることをやればいいんだよ」


 先輩の声は柔らかく緩やかに耳に響く。

 僕はただ黙って聞いていた。


「相手の術中に落ちたからといって慌てちゃダメ。闇雲に暴れても無意味だよ? 急に手足の数が増えるわけでも無いしねー。少年に出来るのは、ただ自分の力を淀みなく出すことだけ。しなやかな心を忘れちゃダメだよ?」


「先輩……」


 そうだ、焦っちゃダメなんだ。

 目の前の問題にばかり目を向けていては、いつまで経っても相手の策に嵌ったままだ。


「すみません先輩、ようやく落ち着きました。今の僕に出来る事は――」


「お勧めの本はホームズかしら。有名過ぎるほど有名だけれど、やはり名作は色褪せないものなのよ」


「そう、まずはホームズを読むこと……じゃない! ミステリーの話はもういいよ!」


 ミステリー談義を続ける冷蔵子さんに釣られてしまった。

 名作小説を読んでいる場合では無い。今からトリックの破り方を研究をしてどうなるんだ。

 これじゃ本当に寸劇じゃないか、なんて思った瞬間だった。


「待たせたね、兄さん」


 軽やかな声が響く。

 僕はその場でゆっくりと振り返った。

 肩にかけられていた冷蔵子さんの手が離れ、それまであった温度が失われていく。

 その感覚がそうさせたのか、心の温度も一気に下がっていった。


「遮那……!」


 声の主はやはり遮那だった。

 冷たく、暗く。

 宿敵とも呼べる相手に対して、僕は挑むように視線を返した。





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