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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
僕達の絆編
182/213

182日目 決戦を前にして、空は高く。僕は思いを馳せる




「嘘だ! お前が父さんだなんて! ……はっ!? 夢!?」


 ガバッと慌てて起き上がる。カーテンの隙間からは朝の光が直線状に差し込んでいた。


 何をしなくても時は流れて行き、今は優しくも気だるい土曜日の朝を迎えている。夢の中に出てきた宿敵。正体を隠す仮面の下から覗いた顔。それは父の顔だった。


「夢、か。夢とは言え、本当に意味が分からないなぁ……」


 夢は心の奥底に秘めた願望を映し出すという。


 集合的無意識。すべての霊性の根幹にある記憶。ならば僕は本能的に父を敵だと認識しているのだろうか? 僕の無意識がそれを映し出したのだろうか。 


 夢に理由を求めるのもバカらしいことではある。けれど高名な心理学者が研究するくらいには意味のあることだろう。無論のこと、学者でも無い僕には夢の解析は不可能だ。


 そしてなにより一番の問題がある。夢の中で父さんはお面をつけていた。さらに女生徒用の制服に身を包んでいた。つまりは、僕の宿敵である飛天さまの格好をしていたのだ。


「これは僕の心の奥底にある願望なのだろうか? つまり僕は……」


 生まれたばかりの朝の中、一人黙考する。


「飛天さまに……彼女に対して父性を感じている? 僕の父さんが飛天さまのようであって欲しいと願っているのか?」


 窓から差す光は柔らかく、赤ん坊の笑顔のように初々(ういうい)しい。眩しさにぼんやりしながらふと思う。


(夢のことは忘れよう)


 決意と共に思考を切り替えた。


 今日は遮那しゃなとストリート・バトルを約束した日であり、先輩と僕と風の王による謎の組織シノビーズが日の目を見る日でもある。


 眠い目を擦りながら寮の玄関を出ると、そこには僕を待つ人物が立っていた。僕と共に闘いの舞台に立つ仲間。掛け替えの無い絆。その人物とはもちろん――


「……そんな所に立って何してるんですか? 大阪さん」


「おう、おはようさん」


 気軽な調子でこちらに向かって手を上げる大阪さん。どうやら僕を待っていたようだ。


「お前を待っとったんやないか。今日の試合は俺も出るんやし、一緒に行こうと思うてな。いやあ楽しみ……って何で俺も出なアカンのやろう?」


 朝からいきなりボケをかましてきた。


「何でって大阪さんが遮那しゃなと約束したからじゃないですか。チーム大阪がストリート最強だと証明するんでしょう? 最強の王とか言ってたじゃないですか」


「いやまあ、そないな事を言った気はするんやけど」


 大阪さんは誤魔化すように野球帽を被り直した。


「基本的にや、チーム大阪は大阪弁の自由を守るために結成したんや。最強の名も大阪の守護天使としての箔付けゆうんか、まあそんな感じで自称してやな。決してストリートで争うためのチームや無いんや」


「そう言えば前に公園で変な連中に絡まれましたね。正大連せいだいれんでしたっけ?」


 『正しき大阪弁のための連合』と名乗る連中を思い浮かべていると、大阪さんが重々しく頷いた。


「ああいう無粋な連中から大阪弁を、ひいては大阪という文化を守るために俺は闘ったんや。しかし敵は次から次へと湧いてきよった。通天閣に古代魔術をかけようと画策する新世界の神を名乗る連中。神戸弁こそが真の関西弁と主張し、大阪弁を使う人間を滅ぼそうとする謎の武闘派グループ。その全てを薙ぎ払ってきたんや」


「真面目に生きられない人って多いんですねー」


 僕は率直な感想を述べた。

 真面目に生きられない人という言葉の中にはもちろん大阪さんも含まれている。


「せやな。せやから俺は闘わなアカンかったんや。そんな闘いの日々の中、俺はチーム大阪を結成したんや。そうして俺を含めた五人の王が誕生したわけや」


 懐かしい日々を思い出すかのように大阪さんは言葉を続けた。


「俺達はあらゆる場所で闘った。そうしている内に、色んなチームがチーム大阪に挑んでくるようになったんや。俺は闘い続けた。最強を自負しながら、大阪の自由を守るためと信じてや。しかし今考えてみると……」


 大阪さんは何かを考え込むような素振りを見せたあと、天を仰ぎ見た。

 僕も釣られて空を見上げる。一羽の鳥が高らかに羽ばたいていった。


「途中から大阪が関係無くなってた気がするんや」


 頭上には青い空が広がる。


 今日は良い天気になりそうだ。暢気な感想を思い浮かべながら、僕は闘うことの意義に悩める上級生に対して言葉を返す。


 面倒くさいんで、出来るだけその悩みに触れないようにしながら……。


「チーム大阪のメンバーを迎えに行かなくて良いんですか? 知床しれとこ兄弟さんも来るんでしょう?」


「いや、あいつらは別に俺が迎えに行かんでもええんや」


「えっ? でもそれは……」


 冷たいんじゃないですか? と口に出しかけた僕を手で制しながら大阪さんが言う。


「ここだけの話、そもそも来るかどうかも微妙なところなんや」


「あれ? 知床兄弟さん達は今日の勝負を嫌がっているんですか?」


「いや、そういうワケや無いんやけどな」


 頬をポリポリと掻いたあと、大阪さんは妙に真剣な表情を作った。


「知床の兄貴の方がやな、周りに影響されやすいんや」


「……それがどうかしたんですか?」


「たとえばや。商店街を歩いてたら店の人から声をかけられたりするやろ? ちょっと寄ってきなよお兄ちゃん、てな具合でやな。そーなるともうアカンねん。あの男は約束もぶっちぎって、店員のなすがままっていう寸法や」


「変わった人なんですね」


 せやろ? しみじみとした口調になりながら大阪さんは言葉を続ける。


「朝のテレビで占い番組やっとるやろ? あれを真に受けて約束をドタキャンしてきた時もあったんや。ほんま来るも八卦はっけ、来ないも八卦ってやつやで。たまらんわ」


 まあそこが面白いんやけどな、と大阪さんは笑った。







 大阪さんと共に男子寮を離れ、女子寮との間にある広場まで進んでいた。


「あ、先輩達だ」


「おっ? なんや、あの超人女は色気の無い格好やなぁ。風子ちゃんみたいに気合入れんかい」


「むう。先輩はあれで良いんですよ」


 女子寮の方から歩いてくる先輩達の姿が見えた。

 先輩は地味めな服、風の王は派手な服を着ているのが遠目でも分かる。

 そうしてこちらに近寄って来る人影の中には何故か冷蔵子さんの姿もあった。


 ……なんで冷蔵子さんも居るんだろう?

 今日の試合に挑むシノビーズのメンバー、その中に彼女の名前は無い。

 何故なら冷蔵子さんは運動神経が皆無だからだ。


「おっす! 少年、待たせたね! インチキ関西くんもオハヨー」


「ちょ、待ちいや!? インチキ関西くんって俺のことか!?」


「おはよう、かな。ニセ関西弁の王様」


「ニセ!? かつての部下にまでののしられるやと!?」


 ギャアギャア言い争いを始める三人を尻目に、冷蔵子さんが僕の前に立つ。青く冷たい視線がこちらを射抜いてくる。


「おはよう。爽やかな朝ね」


 中天を目指して上り始めた太陽。

 さんざめく光に照らされてキラキラと輝く彼女の髪を眺めながら、僕は真顔で言った。


「なんでここに居るの? 今日のストリート・バトルに君は関係無いでしょ」


「あら、何だか眩暈めまいがするわ。くらくら」


「痛い!? 眩暈がするって嘘だよね!? 自分の口からくらくらって言う人を初めてみたよ!?」


 倒れこむようにして僕の胸元に頭突きをしてくる冷蔵子さん。体重が乗った重い一撃だった。無駄に洗練された動きを見せた彼女は、そのまま流れるように口を開いた。


「ごめんなさいね。低血圧のせいで朝は足元がふらつくのよ」


 足元がふらついたにしては狙いが的確だった気がする。

 しかし彼女の説明が嘘だと断言することも出来ない。真相は闇の中だ。


「彼女はね、ワタシ達の応援に来てくれるみたい、かな」


 大阪さんをイジるのを止めた風の王が言う。


 大阪さんが「気合が入っている」と評した通り、彼女は鮮やかな紺色のチャイナ服を着ていた。今日のバトルに備えてカンフー気分を醸し出そうと言うのだろうか?


 腰にはもちろんスリットの入ったスカート……では無く武闘家風のだぼっとしたボトムスを穿いていた。なにこれちょっとカッコイイ。あとで購入経路を教えてもらおう。


「か弱い女の子の攻撃も避けられないの? 気合が足りて無いよ少年!」


 冷蔵子さんの頭突きをまともに食らった事に対して先輩がダメ出しをしてきた。ちなみに先輩はTシャツにジャージという格好だ。僕も似たような格好だった。


 冷蔵子さんは……なんて言うんだっけこの服? ワンピースみたいに丈の長いだぼっとした服を着ている。柄は白黒チェックで、それに灰色のジーンズを合わせて穿いていた。


 う~ん、ワンピースみたいだけどワンピースじゃ無かったよなぁ。喉元まで出掛かっているんだけど答えが出ない。


 冷蔵子さんに直接尋ねようとした時、妙に哀愁を背負った大阪さんがよろめきながら近付いて来た。


「なあ坊主、俺はニセ物なんか? ちゃうやろ? 違うといってくれ……!」


 先輩と風の王からニセ関西弁とからかわれたダメージが抜けて無いようだ。僕はふっと相好を崩すと、透明な笑みを浮かべた。


「いや、大阪さんは本物ですよ」


「せやろ!? 俺はニセ物とちゃうやろ!?」


「本物のエセ関西弁ですよ」


「そうや、俺は本物のエセ関西弁なんや! ……ってそれはニセ物って意味やないか!?」


 絶叫を上げる大阪さんから目を逸らすと、僕は改めて冷蔵子さんの方を向いた。


「ねえねえ、その服ってワンピースでは無いよね? なんて言うの? ここまで出掛かってるんだけどさ」


「この服かしら? これはね、」


「俺は……俺はニセ物や無いんやあぁぁ!!」


 ちなみに今日の冷蔵子さんの服はチュニックという物で、風の王が穿いているボトムスはサルエルパンツという名前だった。そして大阪さんはイジラれキャラになりつつあったけど、それはまあどうでもいい事だろう。そんな風に思いつつ、僕はきたる決戦に思いを馳せた。





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