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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
僕達の絆編
176/213

176日目 優しい人になれない僕ら




「怖いって……」


 屋上からは夕焼けの空が見えている。

 乾いた風の中、目の前の少女はそっと瞳を伏せた。

 そんな風の王の態度を半ば無視するようにして、僕は強引にく。


「何が?」


 僕らの間に漂う空気が、かすかに揺れる。

 束の間の沈黙を挟んだあと、風の王はそっと口を開き始めた。


「ワタシはかつて、和泉いずみの王に挑んだことがある」


 衝撃の事実だ。……とでも思えばいいのだろうか?

 これだけの情報じゃ何も判断出来ない。僕は何も言わないまま次の言葉を待った。


 風の王は再び僕に背を向ける。

 緩やかに時が流れ、そんな時間の中に置き忘れてしまいそうなほど小さな声が聞こえた。


「そしてやぶれた、かな……」


 震える声。繊細な音は、屋上から見える景色の中に響いていく。

 

 僕らの頭上には遮る物の無い空が広がる。オレンジの射光が目に差し込んだ。

 茫漠ぼうばくたる天蓋てんがいは、その対比として風の王の姿を小さく見せた。

 

 彼女の背中はあまりにもはかなく見え、思わず胸が詰まった。

 恐らく風の王にとって、戦いに負ける事は何よりも辛い事なのだろう。誰にでも秘密にしておきたいことはある。


 だから和泉の王の話題になった時に逃げ出してしまったのだ。

 何か言わなきゃ……! 僕は風の王にかけるべき言葉を探した。


(こんな時こそ同情に聞こえないように、優しく、そして労わるようなセリフをさらっと言うべきなんだ……! それが出来る男ってやつだろう?)


 残念ながら、そんな気の利いたセリフは頭の中に無かった。


「あううう……!? だ、ダンゴムシになりたい? ……いやそれは違う!!」


 どうしてこんな時にあんな時の先輩を思い出すんだ!? 僕のバカッ!


「……キミは一体なにを言っているの、かな?」


 呆れ顔を作りながらこちらを振り向く風の王。

 僕は慌てて弁解した。


「いや違うんだ! これは……そう、タイミング! タイミングが悪かったんだ! 思い出の引き出しを間違えちゃったんだよ! そういう事ってあるよね!?」


「どんな思い出なの、かな?」


 ますます呆れられてしまった。恥ずかしい。

 どうして僕は出来る男になれないんだ!? 恥の多い人生なんて歩みたく無い!


(――いや、しかし)


 不意に心に風が吹く。いにしえの老人達が残した言葉が胸を打った。

 師いわく、旅の恥はかき捨てと言うじゃないか。


(人生だって旅さ。だからそう、今日という日にかいた恥もなんでも無いことなんだ)


 ゲシュタルト再構築完了。

 何とか崩壊しかけた自我を立て直すと、僕は風の王の目を真っ直ぐに見つめて言った。


「辛い思い出さ」


「ダンゴムシが?」


「そう、ダンゴムシが。それでも僕は今日を強く生きていける。人は色々な出来事を忘れることで生きていけるのさ……!」


「キミはもう少し覚えていた方が良いと思うナ。色々と。そうじゃないと繰り返すだけじゃない、かな? パブロフの犬みたいに」


 呆れるを通り越して哀れみすら込めた目を僕に向ける風の王。

 ぐぬぬ……、どうして慰めようとした僕が逆に慰められているんだ!?

 

 こんなの変だ! 僕を取り巻く世界の巡りその物がおかしいとしか思えない。

 今ある世界線はまっぴらだ! 平行世界へのチェンジをお願いします!


 別世界に移動するための四次元幽体離脱法なる言葉を思いつき、その具体的な実践方法を検討し始めた頃、風の王が話の続きを言い始めた。


 その声は、さっきまでよりは幾分(やわ)らいだ感じだった。


「なんだかバカらしくなっちゃったよ。キミと話してると、真面目に考えるのが無駄に思えてきちゃうかな」


 四次元幽体離脱法のことは秘密にしておこう。


「あーあ、人がせっかくシリアスに悩んでたのに……」


 風の王を名乗る少女は、溜息混じりに呟く。しかしそんな仕草とは裏腹に雰囲気は明るかった。


 ふう、これなら大丈夫そうだ。また泣かれると困るしね。

 それでも薄氷に触れるように慎重に、僕は言葉を選んだ。


「そんなに悔しかったの? 知床しれとこ兄に負けたのが」


「……まあね。ただ負けただけじゃな無いから、ね」


「ただ負けただけじゃ無い?」


 驚くほど負けたのだろうか?

 いや、驚くほど負けるってどんな負け方だよ。


「そう……ただ負けただけじゃ無い。ワタシは、勝てないと思ってしまった。何をやっても、どんな修練を積んでも。悔しいとすら思えなかった、かな。ただ怖かった。アイツの、和泉の王の実力が……でも」


 そこで一旦言葉を切ると、風の王は寂しげな微笑を浮かべた。

 いつもの皮肉気な色が消えると、彼女の顔は今までと全く印象が変わって見えた。

 

 初めて白雪はくせつを目にした時のような衝撃が、静かに僕の中を流れている。

 驚きで棒立ちになる僕に気付かないまま、風の王は言葉を続けた。


「本当に怖いのは立ち向かえない自分を認めること、かな。ワタシは誰にも負けないつもりだった。何者にも縛られずに生きる為に。自分の名前にも、本家にも。分家という、スペアのような立場にも。ワタシを取り巻く全ての物に勝つつもりだった……。どこまでも抗って、決して諦めないよう、自分に誓ったはずだった」


 願えば叶うと言うように。言葉にすれば願いになるとでも言うように。少女は、呟くように語る。そこで僕はあれっと思った。決して諦めない? いやそれは……。


「でもさ、知床兄だけじゃ無くて僕にも負けたよね? しかもその後に僕の部下にまでなっちゃったし。抗って無いんじゃない?」


 直後に血の気が引いた。

 どうしてもっと相手の気持ちを考えたセリフを言えないんだ僕は!? また泣いちゃうじゃん!


 しかし風の王は特に気にしなかったようだ。

 小悪魔めいた普段の表情に戻って言う。


「キミにはまだ一度負けただけだよ。絶対に勝てないとは思って無い、かな」


 それに、と彼女は続けた。


「キノミなんて言うダメダメお菓子が好きなやつに、負ける気がしないしね」


「おおっとここで決着をつけちゃう? やるの? やる気なの? タケノミは永遠にキノミの下を這いつくばってればいいんだ!」


「一度だってタケノミがキノミの下になったことは無い、かな」


 おのれタケノミ厨め……!

 本気と書いて殺意と読むくらいの気迫を込めて睨む。

 風の王は、そんな僕の気合をはぐらかすように笑みを深めた。


「キミに従えと言われた時」


 何を思ったのか、風の王は正面から僕の首に両手を回してきた。僕らの間にある空気が、近付く体の熱気によってその温度を変えた。


 うなじの辺りに彼女の指の感触がある。抱き合う寸前のような体勢。体は触れないままだ。まさか僕とハグがしたいというわけでも無かろう。


 当たり前だけど、至近距離で目と目が合った。風の王は、少しだけ僕より背が低い。こんな間近で見詰め合っているのに、僕には彼女の気持ちは分からないままだった。


「ワタシがそれを認めたのは、キミはワタシと同じだと思ったから」


「同じ? なにが?」


「傲慢なところ」


「ふーん。……えっ、傲慢!? 僕が!? マジで!?」


 僕の後頭部に回していた手をほどくと、風の王はそのまま一歩分だけ距離を空けた。空気が再び温度を変える。


 最初の時とも、つい今しがたとも違う温度。僕にはよく分からない温度を保ったまま、彼女は思案しているようだ。


「いや。ちょっと違う、かな」


「だ、だよね!? 僕はそんなに傲慢じゃ無いし! 仮に傲慢だとしても良い意味だよね!? 何ていうのかな、意志が強いみたいな!」


 ノーと言える日本人みたいなニュアンスとか! 傲慢というレッテルから逃れるための僕の涙ぐましい努力を軽くスルーしながら、風の王は続ける。


「ワタシはキミの持つ傲慢さが欲しいと思った。キミのようになりたいと願った。だから同じじゃ無い。ワタシはそう、キミの在り方に憧れたんだ」


 否定してくれよ! 良い意味で!


「キミと一緒に居れば、ワタシはワタシの目指す自分にれる。そう思ったの、かな」


 傲慢とか何気にショックだ。僕はそんな目で見られていたのかー……。うつだ。

 涙が出そうだ。そうだ空を見上げよう。……涙が落ちないように。


「ワタシはだから、きっと戦える。キミと一緒なら。キミのように傲慢でれたら、たとえ相手が和泉の王であっても、ワタシは戦える……!」


「やっぱり僕は傲慢なのかー……。そこは絶対に否定してくれないんだねー……」


「参加するよ。キミのチームに。シノビーズだった、かな?」


「え? ああ、うん。シノビーズで合ってるよ。ありがと」


 傲慢ですみませんでした! 気付かなくて申し訳ありませんでしたー! きっと僕は、気付かぬ間に多くの人達に迷惑をかけていたに違い無い。


 心の中で色々な人に詫び続けながら、僕は四次元幽体離脱法の実現を模索していた。別の世界に居る自分と入れ替わるために。


 別の世界には優しい性格の僕も居るはずだ。その世界の僕は出来る男に違い無い。傲慢では無く。そうであって欲しい。そして僕と入れ替わっておくれ。

 

(先輩、ダンゴムシになりたいって気持ちはこういう時の気分なんですね)


 イメージの中で先輩はただ優しく僕に微笑みかけている。ああ、ダンゴムシになりたい。そして地の果てまで転がろう。僕にはそれが相応しい。


 見上げた空は優しく暮れかけ、涙で潤んだ視界はどこまでもクリアだった。





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