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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
僕達の絆編
173/213

173日目 絶望のクロニクル




 いつもの人を食ったような笑みを消して絶叫する風の王。

 そんな彼女に対して、僕は恐る恐る尋ねてみた。


「ええっと、ことわざに無かったっけ? 男子三日会わざれば敵が七人いるって」


「そんなことわざ聞いた事が無い、かな!?」


 改めて絶叫を返される。

 あれ? 何か間違えたっけ?

 首を捻っていると、冷蔵子さんからの突き刺すような言葉が響いた。


「男子三日会わざれば刮目かつもくして見よ、よ。何を適当なことわざを作っているのかしら?」


「そしてもう一つは、男は敷居を跨げば七人の敵ありだね」


 冷蔵子さんに続けて先輩にまで指摘される。

 驚愕が、まるで突然の雷のように全身を駆け抜けた。

 僕はダクダクと脂汗を流しながら、震える顔で先輩を見つめた。


「先輩って……」


「んー? なーに?」


「結構、頭良かったんですね……!」


「……少年、君は私を一体どういう目で見ているのかな?」


 ふっふっふ、と笑う先輩。しかしその目は笑っていない。

 ここはなんとしても誤魔化そう。僕はコンマ三秒で決断した。


「そ、それより先輩! シノビーズの最後のメンバーをどうしますか!? さ、さすがにアラブまで探しに行くってのは冗談なんですけど、それにしたって思い当たる人がいませんね!」


「うん、それはそれだね。とりあえず少年の私に対するイメージについて、向こうでじっくりと話し合おうか?」


 いかん、このままではヤラれる。

 ドラゴンよりも税関よりもなお強大だろう先輩を前にして、僕の足は恐怖に打ち震えていた。

 そんな時だった。


「シノビーズってなに、かな?」


 僕と先輩の間隙を縫うようにして風の王の言葉が響く。

 ――これだ! 千載一遇のチャンス到来!

 話の流れを変えるため、僕は彼女をメンバーにスカウトすることにした。


「シノビーズ、それは最強を賭けて争うためのチームさ! 弱い者は不用! 弱肉強食! 情け容赦の無いラフ・ファイトを信条とするストリートの鬼なんだ! メンバーは非常に選りすぐられた人だけで構成されるんだけど、もちろん君なら歓迎するよ!」


「選りすぐられた人……?」


「貴方ねえ、ストリートの鬼って何なのよ? バカなことは止めなさい」


 呟き、考え込む様子の風の王。おっ? これは脈ありか?

 僕は冷蔵子さんからの冷たい叱責をスルーしながら、必死に言葉を続ける。


「敵は強いぞ! 凄いんだ! 他人の動きをコピーする人間複写機とか居るし! 空飛ぶ田中とツバメ返しを使うロミオも控えてるし、きっと二刀流のジュリエットだって存在する!」


「二刀流のジュリエット!? キミは一体なにと戦っているのかな!?」


 そんなのは決まってる、と僕はまくし立てた。


「七人の敵さ! 言ったろう? 男には敵が七人居るって。きっとあと三人くらいは出てくるはずだと睨んでいるんだ」


「それは絶対に戦うべき相手を間違えているかな!?」


 冷静に指摘してくる風の王に、僕はニヒルな笑みで応えた。

 人生は無情だ。戦う相手を選べるとは限らない。


「ワタシだって敵とは戦うけど、空飛ぶ田中って……」


 どんな奴なんだ、と複雑な表情で呟く風の王。

 田中スカイウォーカーという名のストリート・ファイター。

 その正体は僕ですら知らない。言葉の羅列から推測するしか無かった。


「僕も敵については知らないことが多い。ストリートでチームを作るなら、敵は選べないんだ。かかってくる火の粉を払い続けるしか無い。たとえどんな相手が敵になろうと、僕は決して怯まない……!」


 とりあえず困った時は押してみよう。

 僕はひたすら力強く言葉を続けた。

 そんな僕の熱弁に対し、風の王はどこか呆れ顔だった。


「人間複写機とも? 他人の動きをコピーって、そんな人間が……動きをコピー?」


 おや? なんだろう、急に様子が変わった。


「もしかしてキミの敵は和泉の王、なのかな?」


 和泉の王? 誰だそれ?

 ……ああ、知床しれとこ兄のことか。大阪さんがそんなような名前で呼んでたな。


「知ってるの? 何故かライダーゴーグルをずっと身に付けてる人なんだけど」


 知床兄の特徴を告げると、風の王は静かに頷いた。

 常に浮かべている半笑いを止め、真剣な表情で僕を見つめる。


(そう言えば、彼女も元は大阪さんのチームの一員だったな)

 

 いや、今もまだ大阪さんのチームなのかもしれない。

 僕の部下になると言った彼女だが、何もチーム大阪を抜けるとは言っていない。


 むしろ僕の方こそ大阪さんのチームに入れられそうだった。それだけは嫌だ。

 ここら辺で色々とはっきりさせておいた方がいいだろう。


「ごめん……知ってて当然だよね。元々君に関わりのある人だし」


 謝意を伝える言葉。

 それとは裏腹に、僕は自分の声にある種の圧力を込めていく。


「和泉の王。そう、彼は僕の敵だ。君も知っての通り、彼には弟が居る。その弟もシノビーズの敵となる。数には数が必要だ。つまり君の助けが必要になる」


 言葉とは重圧だった。

 編み込まれた単語の羅列は、一つ一つの意味を増幅させる。


 意味は影響を与えた。

 適切な位置に置かれた言葉は、耳から脳に達し、思考を束縛する。


 支配する。

 重なり合い、重みを増した言葉は緩やかに心を縛っていく。

 それを想像しながら言葉を積み重ねていった。


「君はもちろん、僕を手伝ってくれるよね? 何故なら――」


 君は僕の部下だろう?

 口元に笑みを浮かべながら、言葉にしない言葉を送る。


 風の王は、黙って僕のセリフに耳を傾けている。

 言葉の重圧は、確かに彼女の心を捉えたように思えた。


 確信と共に笑みを強くする僕。

 そんな僕の前で、風の王は顔を強張らせた。


「ワタシは……」


 言葉を切ると、そのまま顔を逸らす。

 僕の視線から逃れるように身を縮め、小さく震えだした。


「えっ!? あれー……? え、えーっと……?」


 予想外の反応だ。

 あれ、なんだこれ? どうして怯えたような仕草を見せるんだ?

 何か僕が風の王をイジメたみたいじゃないか!?


「…………!」


「あっ!?」


 悔しげに唇を噛んだあと、風の王は何も言わぬまま部屋のドアに向かって走った。

 そのままをドアを乱暴に開けると、一度だけこちらを振り返った。その目には涙が見えた。


「な、泣いてるの……?」


 おずおずと尋ねる僕。

 しかし返事は無い。口元を結んだまま、風の王は足早に立ち去ってしまう。


「どうして……?」


 残された僕は、呆然と呟いた。

 何も分からない。次の行動を起こせないまま、ひたすらドアを見つめ続ける。


 風の王が帰ってくるわけも無いのに。

 他になにをするべきか分からず、僕はただ彼女の立ち去ったあとに答えを探した。


 そうこうしていると、背後から肩を掴まれた。

 何も考え無いで振り返る。そこには満面の笑みを浮かべた先輩が立っていた。


「話は終わったみたいだね、少年。じゃあ今度は私たちの話し合いを……しようか?」


「ふへっ!?」


 至近距離から僕を見つめる先輩。その目はやっぱり笑ってなかった。

 ちぃぃ!? 怒りを誤魔化しきれて無かったか!!


「先輩、今はそれどころじゃ無いです! そんな事より……!」


 再び先輩の追求を煙に巻くための努力を開始する。

 ガシッ、と今度は逆方向の肩が掴まれた。

 振り返るとそこには冷蔵子さんの冷えた眼差しがあった。


「貴方、彼女に一体何をしたの? どうして急に部屋を飛び出したのかしら? 話がさっぱり見えないのだけれど」


「ほへっ!? いやそんなこと僕にだって分からないよ! こっちが聞きたいくらいだ!」


「そんなわけが無いでしょう?」


 そう言って冷蔵子さんはにこやかに笑った。

 ただ、先輩と同じ様にその目は笑っていない。

 凍傷を起こしそうなくらい冷え切っていた。


「そうだよね。分からないなんて、そんなわけが無いよね? 少年、君は一体何をしたのかな?」


 さらに先輩までもが風の王のことを気にしだした。

 僕に対する詰問の輪は順調に波及していくようだ。


「どうして……?」


 先輩と冷蔵子さんから肩を掴まれたまま、思わず呟く。人生は無情だった。

 戦うに足る理由も分からず、戦うべき相手も選べ無い。

 今の僕には、そんな絶望のクロニクルが蓋を開けて待っていた。





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