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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
僕達の絆編
171/213

171日目 誰よりも願うから教えて欲しい




 果たして忍者とは何か? 忍法とは何だろう? 

 遠のきかける意識を繋ぎとめながら僕は考える。

 

 答えは簡単だった。


 忍者とは暗殺者であり、忍法とは暗殺術である。

 それならば僕が置かれるこの苦境にも、幾分かの納得が出来た。


「ろ、ロープ! ロープ!」


「あらあら残念ね? ここにはロープは無いみたいよ?」


 冷蔵子さんの持つ四十八の必殺技の一つ『スリーパー・ホールド』を喰らいながら、僕は必死に足掻いていた。


「きょ、教室にロープがあるわけ無いだろ!? 比喩だよたとえだよ!! さっさとこの危険技を止めて!」


「比喩は言葉の幻影ね。月の裏側に惹かれるように、人は見えない何かに心惹かれるのかしら……?」


「君は一体何を言っているんだ!?」


 分からない。そして教室でスリーパー・ホールドを喰らっている理由も分からない。

 人生は分からないことだらけだ。


「おい! 早くこっちに手を伸ばすんだぜ!」


「長ソバくん!?」


 見上げれば、こちらに向かって手を伸ばす長ソバくんがいた。

 何も分からない世界で、確かにあると信じた友情。

 ソバカス顔に似合わない長髪をした彼は、はにかんだ笑顔を浮かべる。


「へへっ、忍者ごっこやってるんだろ? 俺もやるぜ?」


 これは果たして忍者ごっこなのだろうか?

 疑問はさておき手を伸ばす。

 僕の手を取った長ソバくんは、一息に忍法を宣言した。


「忍法・変わり身の術だぜ!」


 そうか、さすがは長ソバくんだ!

 変わり身の術とは考えたものだ。これで僕と長ソバくんは入れ替われる。

 忍びの世界では忍法は絶対なのだ。


 会心の笑みを浮かべながら僕は時を待った。

 長ソバくんもどうやら気持ちは同じようだ。

 妙に期待に満ちた目で僕の後ろにいるであろう冷蔵子さんを見ている。


 心でクロスし、忍法・変わり身の術はいまや脅威のシンクロ率だ

 一秒、二秒、三秒……。まだか? 九秒、十秒、十一秒……。あれ?

 背後にいる冷蔵子さんは動く気配をみせない。


「貴方はさっきから何を待っているのよ?」


「いや君こそ何やってんだよ!? 忍法って言ってるでしょ!? ノッてくれないとこっちはどうしようも無いじゃないか!!」


 長ソバくんだって僕の手を取ったまま固まってるじゃないか!

 この事態にどう収拾を付けるつもりなのさ!? 急にハシゴを外すのはあんまりだよ!

 憤る僕に対し、冷蔵子さんは冷ややかな声を上げた。


「なによ忍法ノリって? 理解出来ないわね」


「じゃあさっさと不動金縛りの術を解いてよ!?」


 後ろから僕の首を絞め続ける彼女に向かって叫ぶ。と――


「楽しそうなことしてるね」


 新たなる乱入者の声が聞こえた。

 視線を向けると、そこには我らがクラスの王子、賢者くんが立っている。


「さっきから何しているのかな?」


 爽やかな笑顔でそう尋ねられるが、僕には答えられなかった。

 冷蔵子さんに後ろから首を絞められて苦しかったのもある。


 しかし何より――

 僕達は一体なにをやっているのだろう? それが分からなかったのだ。


 イスに座った僕は、背後から冷蔵子さんに首をロックされている。

 前に立つ長ソバくんはこちらに向かって片腕を伸ばし、僕は右手でその手を掴んでいた。


 これは一体何の儀式なんだろうか?

 分かる人がいるなら、むしろこっちが教えて欲しいくらいだ。


「忍者ごっこだぜ!? そうだろ、なあ……?」


 差し出した腕を僕に掴まれたまま、長ソバくんは泣きそうな顔を向けてくる。

 もしもこれが忍者ごっこで無いなら、彼は勘違いして滑っただけの人になるのだ。


 長ソバくんのためにも、ここは忍者ごっこですと言ってあげたい。

 だけどこの状況が忍者ごっこに見えるだろうか?


 ……無理だ!

 どこからどう見ても奇怪な組み体操にしか見えない!


 ごめんよ長ソバくん、僕は君を助けてあげられない。

 確かにクロスしたはずの友情。それは、過酷な現実の前に打ちのめされていた。


「に、忍者ごっこ? ……なの?」


 案の定、賢者くんは「どこの辺りが?」と言いたげな表情だ。

 いやむしろ、忍者ごっこ自体が意味不明なのかもしれない。


(ねえ?)


 頭上から小さな声が聞こえてきた。

 どうやら冷蔵子さんが声を潜めながら話しかけてきたようだ。


(なに?)


 何となく僕も声を潜めて返事をする。するとやはり、彼女はひそひそと続けた。


()めどころを見失ったわ……)


(いや、止めどころとかいいから! さっさと離してよ!?)


 必死に首に巻きつく彼女の腕をタップするが、返ってきたのは否定の声だった。


(嫌よ。今動くと、何だか居たたまれない気持ちになりそうだもの)


 勘の良い彼女はもう気付いているようだ。

 そう、今の状況はまさに爆弾の渡し合い。

 先に動いた者がこのどうしようも無い状況の説明をしなければいけないのだ。


「どういうルールの遊びなのかな?」


 賢者くんからの邪気の無い質問。

 それが瞬時にして僕らの間に激震を走らせた。


「る、ルール? ええっと、おい? どういうルールなんだぜ?」


 真っ直ぐな目を向けて来る長ソバくんから、僕はそっと視線を逸らす。

 その瞬間、繋いだ手が震えるのが分かった。


 もしかして忍者ごっこというのは勘違いだったのか!?

 そんな衝撃に彩られた長ソバくんの顔は、驚愕に引き攣った。


 そしてさらに極まっていく僕の気道。

 ホワイ!? 後ろに立つ冷蔵子さんに必死に呼びかける。


(なんで……力を……強めるの……!?)


 ギリギリと徐々に密着度を増してくる彼女の腕を、左手で必死に抑える。

 限界近いせめぎ合いの中、冷蔵子さんは囁くように耳元で言った。


(私……怖いの)


(こ、怖い?)


(このままだと、私まで忍者ごっこしてると思われそうじゃない……!)


 どうやら彼女の中では忍者ごっこ=アウトの図式が出来上がっているらしい。


(どうして……?)


 僕は怯える冷蔵子さんに向かって問いかける。

 その問いかけには様々な意味が込められていた。


 どうして、忍者ごっこはアウトなのか?

 どうして、不動金縛りの術を僕にかけ続けるのか?


 世界は分からないことだらけだった。

 僕ら三人のこの奇抜な体勢の終着点も見えて来ない。


「ええっと、どういうルールの遊びなのかな?」


 ぽりぽりと頬を掻きながら質問を新たにする賢者くん。

 いよいよ泣き出しそうな表情になる長ソバくん。

 そして何故か僕に対して必死にスリーパー・ホールドを極め続ける冷蔵子さん。


 最悪の膠着状態が出来上がっていた。

 しかし僕は諦めていなかった。この事態を打開する、最後の望みがある――!

 希望を託す僕の耳に、救いの主が教室のドアを開く音が聞こえた。


「ふぇ~と、皆さん席に着くようにぃ~」


 ヨレヨレの白衣を着た男の先生が教室に入って来る。

 痩せて出っ歯で眼鏡をかけた生物の先生が、もたもたとした足取りで教壇の上に立った。


「これで助かった……! って、どうしてまだ僕の首を絞め続けるのさ!? 授業始まるよ!?」


「私は……怖いのよ!」


 僕の背後でイヤイヤと首を振りながら絶叫を上げる冷蔵子さん。

 教室中の目が僕らに向けられた。


「おい! もう手を離すんだぜ!」


 半泣きで叫ぶ長ソバくんに、僕は壮絶な笑みを返す。


「この状況で一人だけ逃げようっていうの……!? 逃がさないよ……!」


 こうなったら全員で落ちる所まで落ちてやる!

 謎の儀式のような体勢で固まる僕ら三人。その傍らでは、賢者くんが困ったように笑顔を浮かべながらフリーズしている。


「ふぇ? 君たちはそこで一体何をしとるんでしゅか?」


 生物の先生は歯の間から空気が抜けるような声で問いかけてくる。

 一体僕らは何を為そうとしているのだろうか? 

 是非そのことを生物学の見地から説明してみて欲しい。


 教室中から好奇の視線を集めながら。

 僕は誰よりも、この状況に対する説明を希求していた。





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