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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
僕達の絆編
166/213

166日目 アイム・スティル 今もここにある音




 秘密結社シノビーズ。先輩が五秒で作り上げたその組織は全てが秘密だ。結成日時も秘密なら、組織の目的も秘密。そして勧誘方法も秘密だった。


 いきなり最後のメンバーに選ばれた大阪さん。何も知らない男は、己の髪についた寝癖にも気付かないまま、勢いよくバッと後ろを振り返った。


「なんやなんや、どこにおるんやアホ毛くんゆうんは? おらへんやないか」


 自分がそのアホ毛くんだということに気付かない哀れな男を、遮那しゃなはジロリと睨みつけた。


「あなたが……シノビーズの最後のメンバー?」


「ん? 嬢ちゃん、なんでそこで俺を見るんや」


 それは大阪さん、あなたの髪がくるくるぱーだからです。

 どこまでも気付かない男に、遮那は不機嫌そうな顔を向けた。


「ふざけるのは止めるんだ。チーム大阪を捨てる、という事と受け取って良いかい?」


「えッ!? なんで俺がチーム大阪を捨てることになってるんや!?」


 捨てへんで!? 絶対に捨てへんで!? 慌てて叫ぶ大阪さんを確認したあと、遮那は今度は先輩の方を見る。


「アホ毛くんは否定しているみたいだけど?」


 勧誘失敗。しかしそんな事は折り込み済みだったのか、先輩は泰然とした態度で言った。


「ふふ、しょせん彼はシノビーズ最弱の男。たった今クビにしたわ!」


 そっかぁ、クビなんだ。

 ほっと胸を撫で下ろす僕とは対照的に、大阪さんは切ない表情を浮かべていた。


「いや、クビやと言われても意味わかれへんし、シノビーズやらのメンバーになる気も無かったんやけど……。なんやろうな? 心が寂しいわ。なんでやろうな」


「いいじゃないですか。大阪さんにはチーム大阪があるんですから」


「……なんで坊主はそないに嬉しそうなんや?」


「ははっ、気にしないでください。僕はいつでもこんな顔ですよ」


 もしも大阪さんとチームを組めば、事態はさらに面倒になる。

 そんな運命から逃れられた僕は、嬉しさを隠しきれないでいた。


「やっぱりメンバーが足りないじゃないか」


「ふふん、真のメンバーがいるもんね!」


「真のメンバー、ねぇ……。強いのかい? その人」


「当然!」


 遮那と先輩はまだやり合っていた。それにしても不思議なのは先輩の姿勢だ。真のメンバーなんていないというのに、この強気の態度はどこから生まれて来るんだろう?


「それならチーム戦をしようよ」


「チーム戦?」


 遮那からの突然の提案。先輩は小首を傾げている。


「ボクのチームとチーム大阪、そしてあなたのチームでエフ・スリーバトルをしたいと思うんだ。ダメかな?」


 ダメに決まってるだろう。シノビーズは闇に生きる影なのだ。表には決して出ない。

 そしてなによりも、まだ存在していなかった。

 シノビーズ、それは闇の秘密組織。真の闇とはそのものなのだろう。


「いいよ!」


 あれっ!? 快諾しちゃうんですか先輩!?

 メンバーにあてとかあるんですか!?

 慌ててみるものの、僕が止める暇も無いまま話は進んで行く。


「それじゃあ今週の土曜日にやろうよ。場所はそっちが決めていいよ」


「じゃあこの公園!」


「わかった」


 あれよあれよと言う間に決まっていく日取り。シノビーズなんて本当は無いのに、試合の話はどんどん進んでいった。


 その様はまさに証券取引だ。信用だけが先走り、どこかに置き去りにされる実体経済。金融危機ってこんな風に起こるのかなと、僕は他人事のように二人の姿を見つめていた。


「じゃあね、兄さん。土曜日を楽しみにしているよ」


 空手形を切られた形の遮那は、満足そうな笑みを作っていた。こいつはシノビーズが存在しないことに気付いていないのだろうか? ……いや、違う!


 僕の直感は告げた。この笑顔は間抜けな証券マンの顔では無い。悪辣な取り立て屋の顔だ。遮那はその笑顔の裏に、底知れない何かを潜ませている。


 一体なにを企んでいるんだ? 昔から何を考えているかいまいち分からない年下の親戚は、去り際にふと振り返って視線を送ってきた。


「ねえ、兄さん」


「なに?」


 疑り深い目を向ける僕に対し、遮那は口元の微笑を湛えながら言った。


「ボクの気持ち、大切にしてくれるって言ったよね?」


「えっ?」


「くす。なんでも無いよ。」


 そしてそのまま立ち去っていく。その言葉をこのタイミングで使う意味が分からない。僕はポカンとしたまま、小さくなっていく親戚の後ろ姿を眺め続けた。







遮那が立ち去った後、僕は先輩に尋ねた。


「……それで、どうするんですか?」


「ん~?」


「ん~、じゃないですよ。さっき試合の日程とか決めちゃったみたいですけど、シノビーズなんてまだ出来て無いじゃないですか。ですよ。メンバーどうするんですか?」


「少年、よく聞きなさい」


 ギラリと瞳を鋭く光らせると、先輩は唐突に両手を広げた。

 パンッ、と小気味良い音を立てて右手と左手が打ち合わされる。


「聞いた?」


 上目遣いで僕を見る先輩。

 なんで急に両手を打ち合わせたんだろう?


「ええまあ、聞きましたけど。それに何の意味が……」


「ふっふっふ。さあてここで質問よ。さっきの拍手の音は、私の左手と右手のどっちから出たでしょうか?」


 何故か得意気な表情で訊いてくる先輩。

 どうしていきなり禅問答なんだ。


「答えられないでしょう? やーいやーい!」


「そりゃ答えられないですけど」


 淡々とした口調で答えると、先輩は両手を胸で組んで大きく頷いた。


「そーいう事なのよ。確かにシノビーズはまだ無いわ。でもね、それはどこにも無いって事じゃないわ。気付けばすぐそこにあるのよ。さっき私が鳴らした音もね? 突然生まれたように見えても、それを鳴らすための両手はいつだってここにあったのよ」


 おおう、新しい解釈だ!

 斬新な禅問答を展開する先輩は、僕の目を見据えながら話を続ける。


「音は今もここにあるわ。まだ誰も鳴らしていないだけ。始めようと思えば、いつだってそこにあるのよ」


 先輩の大きな瞳が揺れる。海のように透明で、深く、不思議な静けさが宿るその目を、僕はずっと見つめ返している。


 遠くで大阪さんが何か言っていた。だけどそんな声は僕の心には響かない。見つめ返す僕の前で、先輩は力強く拳を握り締めながら言った。


「シノビーズはまだ無いわ。でもいつだってそこにある。そう、現代に忍者が生き続ける限り……!」


「あれ!? かなり条件が厳しくなってきましたよ!? 先輩、そもそも忍者って今も実在するんですか!?」


 やっぱりじゃないか!! 無い物は無いんだ!!


 愕然とする僕に対し、先輩はニヤリと笑みを浮かべる。そして親指を開きながら人差し指を立てた。そんなノリノリなポーズを取りながら、自信満々な様子で口を開く。


「ふっふっふ。いい、少年? こころざせば誰でもしのびなんだよ?」


「それは江戸時代の医者の話や!!」


 僕と先輩の会話に割り込んでくる大阪さん。

 絶叫を上げた後、まるで頭痛に耐えるように頭を抱えた。


「ほんまお前らは、いっつもこんな感じなんか?」


「大体そうですね」


 医者は忍術だい! と反論する先輩。おそらく仁術と勘違いしているんだろう。巨大な手裏剣を使って手術を敢行する医者の姿を想像しながら、僕は大阪さんに問いかける。


「遮那が言ってましたけど、大阪さんの作ったチームのメンバーって有名な人なんですか?」


知床しれとこ兄弟か。あいつらはそうやな、中々面白い奴やで。別名は和泉の王と高槻の王や」


 大真面目な顔で王とか呟きながら、大阪さんは不敵に笑うのだった。


(佐々木ロミオと田中スカイウォーカー、それに和泉の王と高槻の王か……)


 片やアメリカナイズされた世界。そしてもう片方は大阪ナイズされた世界。

 どちらがより正しい選択だろうか? 突きつけられた二択に正解があるとは限らない。




 ――音は今もここにあるわ。まだ誰も鳴らしていないだけ。




 体の中には今も音が流れている。その音だけが正解を教えてくれるのだ。僕はそう信じながら、何故かノリノリでワン・ツー・パンチをしている先輩を見つめた。





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