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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
僕達の絆編
165/213

165日目 最強の証明




「なんや、面白そうなことやっとるやないか」


 突然響き渡る第三者の声。僕、先輩、遮那しゃなは一斉に声がした方に視線を向けた。そこにはやはりというか、大阪さんが立っている。


「大阪さん?」


 一体どこから出てきたのだろう? いやベンチにいたか、そういえば。


「なんや坊主がえらい勢いで走っとると思えば、そういう事やったんか」


 一人でうんうん、と頷くと、顎に手を当てて瞳を鋭くする。名探偵のポーズだ。しかし残念ながら、そんな大阪スタイルのポーズを僕らは誰一人注目していなかった。


 代わりに、ぴょい~んとバネのように跳ねた前髪を見ていた。さっきまでベンチで寝ていたからだろう、大阪さんの髪には電波でも受信出来そうな形の寝癖がついていた。


「エクストリーム・スポーツでもやっとるんやろ? 俺もわりと好きなんや。ちょっと前にローラー・スケートにはまってたさかい」


 髪の毛がエクストリーム状態になっている大阪さんは、自慢するように語った。どうもローラー・スケートをやってる俺カッコイイ! と思っているようだ。


「えくすとりーむすぽーつ?」


 先輩が尋ねると、大阪さんは鷹揚な仕草で頷いてみせた。


「なんやクルクル回ったり、ぶんぶん飛んだりするスポーツや。技名がまた格好良くてな? こう、半回転するとワンエイティってゆうたり。何回転したかを角度でいうんやな。せやから一回転するとスリーシックスティや。わかりやすうてカッコエエやろ?」


 分かりやすいだろうか? ここは瑞穂みずほの国である。横文字なんか使っている場合じゃないのだ。日本語の方が分かりやすいし美しいに違いない。


「日本語じゃダメなんですか? アメリカナイズに抗いましょうよ。負けてらんないですよ」


 思った事をそのまま口にしてみる。すると大阪さんは渋い顔を作った。


「日本語? 坊主、考えてもみい。トリックを極めるたびに『ひゃくはちじゅうど』とか『さんびゃくろくじゅうど』ってゆうんか? 小学校の算数の時間やあるまいしやな」


「だったらちょっと変えて言えばいいじゃないですか。百を『ひゃく』と読まずに、『いち』って呼ぶとか。ワンエイティって言い方もそんな感じですよね?」


「それやと『ひとはちまる』とか『さんろくまる』になるやろ? なんやミリタリー調やなあ。やっぱアカンのとちゃうか?」


「難しいもんですねぇ」


 僕は溜息を吐くようにして言った。アメリカナイズされた世界は変えられない、か。敗因は語感の悪さだ。それはつまり、僕達は英語に対して日本語以上の響きを感じつつあるということだった。


 新秩序は簡単には切りひらけず、結局は旧来通りの方策に従うしか無い。だけどよく考えてみれば元々が横文字のスポーツである。アメリカンなスポーツなのだ。日本語が似合わなくて当然なのかもしれなかった。


「エクストリーム・スポーツをする大阪弁の変な男……?」


 なんだろう? 遮那が大阪さんをまじまじと見つめている。ガールズ・ファッションを身に纏うことで旧来の秩序に挑み続ける僕の天敵は、大阪さんに向かって口を開いた。


「ねえ、そこの大阪弁の人。ちょっといてもいいかい?」


「なんや?」


 ぽよんぽよんと寝癖を動作させながら返事をする大阪さん。遮那はその様子に特にツッコミを入れないまま言葉を続けた。


「もしかして知床しれとこ兄弟と知り合い……なのかい?」


 知床兄弟? 誰だそれ? 

 初めて聞く名前に首を捻る。チラリと大阪さんの顔を窺うと、軽く驚いたような表情が見えた。どうやら大阪さんには心当たりがある名前のようだ。


「なんや? 知床の奴らの事を知っとるんか? 嬢ちゃん」


 なんでお前が知っとるんや? と不思議そうな顔をする大阪さん。そんな視線を受けながら、遮那は答えた。


「知床兄弟はストリートじゃちょっとした有名人だからね。ボクのチームに引き込みたかったけど、こっちが手を出す前に他のチームに入っちゃったんだ。それが確か大阪弁の男のチーム。だからもしかして、と思ってね」


 チームを組むとか、大阪さんは普段何をやっているんだろう? ……待てよ? チーム大阪さん? そんな単語になんだか聞き覚えがあるような。


「仕方無いから他の人を誘ったんだ。そっか、やっぱりあなたがそうだったんだ。でもね……」


 少女のような顔をほころばせる。そんな表情をすると、ますます女顔に見えた。遮那はまるでオモチャを自慢する時の子供のように、嬉々として語る。


「ボクのチームも強いチームだよ? あなたのチームに負けないくらいにね。知床兄弟も捨て難いけど、ボクの集めたメンバーも強いんだ。ストリートじゃ知らない人がいないくらいにね」


「なんて名前の人なの?」


 単純に疑問だったのだろう、先輩が質問する。すると途端に表情を凍らせる遮那。なんだ? こいつは先輩が苦手なんだろうか? 


 冷えた態度。顔だけで笑いながら、一瞬だけ僕に醒めた眼差しを向けてきた。おおう、かつて謎の不良集団をこいつからけしかけられた時のことを思い出しそうだ。


 視線の交錯は、それが勘違いだったのでは無いかと思わず疑ってしまうほど短い間だった。それは遮那の態度の変化にも同じことが言えた。


 真ん中から分けられた長い黒髪。そこから見える大きな瞳は、猫のように少しだけつり目になっている。口元に薄っすらとした笑みを浮かべながら、遮那は誇らしげにその名を口にする。


「一人は佐々木ロミオ。もう一人は田中スカイウォーカー。ボクが知る中でもストリート最強クラスだよ」


「どこの国の人だよ!?」


 思わずツッコムと、遮那は不思議そうな顔で僕を見た。


「日本人に決まってるじゃないか、兄さん。ああ、変わった名前だって言いたいのかい? もちろん本名じゃ無いよ。ストリートでの通り名みたいなものだからね」


 なにを思ってその名を名乗ったんだろう? 名前が横文字になればカッコイイとでも思ったんだろうか? スカイをウォーカーしたかったのだろうか?

 

 やはりアメリカナイズされた世界を変えなければならない。このままではいつか宮本ジュリエットが誕生し、おおロミオ、どうしてあなたは巌流なの? と言い出しかねない。


「少年、少年、ちょっと」


「なんですか先輩?」


 ちょいちょいと手招きされた僕はそっと先輩に近寄った。先輩は僕にしゃがむように身振りで要求すると、耳元で囁くように言う。


「リチャードでいい?」


「え? 何がですか?」


「だから、少年の通り名だよ」


「うえっ!?」


「私はテレサでいくからね……!」


「お願いですから考え直しましょうよ!? 先輩!!」


 なんということでしょう、先輩もまたアメリカに憧れる少女だったのです。ぐぬぬ、何たることだ! まさか先輩まで横文字の通り名に憧れるなんて!


 知らない間に生まれてしまった不協和音。身体の中を流れる音で、僕と先輩は響きあったはずだった。そっと先輩を見る。僕らの波長は狂ってしまったのだろうか?


 ……いや、そうじゃない。僕はネガティブな思考を否定した。先輩はストリートに憧れているだけなのだ。決してロミオとかスカイウォーカーとか、日本人離れした名前になりたいわけでは無い。そうに決まっている。


 しかし、ストリートへの憧れはそのままアメリカへの憧れに繋がっているのだ。文化的侵略という単語を思い出しながら、僕は見えない何かに向かって全力で吼えていた。


 日本語にも優しい世界を構築しよう。そんな決意を固める。拳を握り締める僕を尻目に、大阪さんと遮那はストリートな会話を続けていた。


「ボクらのチームは紅天姫。あなたのチームは……」


「大阪を愛するチーム、チーム大阪や! 最強の王によるドリーム・チームやで!」


 すらすらと答える大阪さん。本当になんの迷いも無く王とか言ってるよ、この人。その屈託の無さを見ていると、頭のどこかでティン! ときた。


 甦る記憶。大阪さんと愉快な仲間達。もしかして、ついに僕は大阪さんの愉快な世界の入口に立っているのではないだろうか? 


 かつてとある団体と戦うために、大阪さんはチームを組んだのだ。そして……そして僕は、もしかしてそのチームに入れられている? 


「ぐむむ……! ストリートでチームって響きがなんかカッコイイ……!」


 二人のやり取りを眺めていた先輩は両手を握り締めて悔しがっている。そして突然僕の肩に手を回してきた。ふわりと薫る先輩の匂い。先輩は僕らの仲の良さを誇示するようにして言った。


「ふふふ。私達のチーム名はシノビーズだよ!」


「先輩!? なんですかその五秒で考えたチーム名!?」


「私達だって超強いし! ストリートを走る最強の影として闇の世界で有名だもんね! ね?」


「しかも嘘の自慢を始めた!?」


 語尾を強め、握力を強め、僕に対して暗に協力を求めてくる先輩。なにがそんなに羨ましかったのかチームを組むことに憧れているようだ。


 ストリートへの渇望。アメリカンな世界観。世界で一番売れているファースト・フードにに対抗するように、世界で一番売れている即席麺のごとく三分で結成された僕と先輩のチーム。


 その適当さに気付いたのだろう。自らのチームを誇る遮那はみるみる機嫌を悪くしていった。先輩はそんな遮那の様子に気付いているのかいないのか、いえーいとか言ってる。

 

 そんな先輩の態度に対し、ひくり、と頬を引き攣らせながら遮那は言った。


「もう一人はどこだい?」


「おう? もう一人?」


 オウム返しに訊き返す先輩に、遮那は得体の知れない笑顔を浮かべる。


「チームは最低三人だよ? 当然だけど知ってるよね? あなたと兄さんの二人だけじゃチームは組めないよ?」


「もちろん!」


 いや先輩、なんでそんなに自信満々なんですか? 絶対にチームの最低人数とか知らなかったでしょ? 

 いぶかしむ僕。冷たい笑みを浮かべる遮那。

 しかし微塵も怯むこと無く、先輩はその細く綺麗な人差し指で大阪さんを示した。


「そこのアホ毛くんが最後のメンバーだよ!」


「うえっ!? マジですか先輩!!」


 お願いですから考え直してください先輩! その選択肢は無しです!

 大阪ナイズされるくらいなら、いっそリチャードと名乗ろう。僕はそんな決意を固めていた。





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