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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
冷蔵子さんの憂鬱編
160/213

160日目 願い星一つだけ(8)

4話で終わる予定でしたが、何故か8話になっても終わりません…。何故だ…。




 ……はっ!? ここはどこだ!?

 目覚めて見上げる天井は、全く見覚えが無いものだった。

 ここは一体どこなんだろう?


 眠たい目を擦りながら辺りを見回した。

 板張りの床。壁はコンクリートで、僕の後ろには鋼鉄の扉がある。

 徐々に覚醒していく頭の中で、周りの光景と記憶の一致を急いだ。


「あ、そうか。結局、天文台のコテージに泊まったんだ」


 ここは天文台のコテージに隣接する望遠鏡の施設の中だった。

 冷蔵子さんと一緒に逃げ込んだここで、どうやら僕は気付かぬ間に眠ってしまっていたようだ。

 そのまま隣にいたはずの彼女の姿を探す。


「ええと……あれ?」


 冷蔵子さんはどこに行ったんだろう? さして広いわけでも無い部屋の中に、何故か彼女の姿は無かった。もしかして階段を上がったのだろうか? そう疑いながら視線を上に向ける。


 一番上の階には望遠鏡があるらしい。もっとも、昨日の夜は雨が降っていたからどうやっても星は見えなかったんだけど。もしかして上に居るのだろうか? そこに見えない彼女の姿を探そうとして、はたと気付く。


 窓からは光が差していた。人工物の光りでは無い。爽やかな朝の光だ。つまり今はもう朝で、やっぱりどうやっても星は見えない。なんで用も無いのに上に行ったのかなぁ、と首を捻りつつ、僕は手のひらにある硬い感触を確かめた。


 それは銀色の鍵だ。この部屋にある唯一の出入り口、鋼鉄の扉の鍵を握り締めながら心は固くなっていった。決して開けてはいけないドア。その鍵を、大事にポケットにしまう。


 外には妖怪がいる。だからこれは一つの結界でもあった。固く閉ざされた鋼鉄の扉を見る。……これなら誰も入って来れないだろう。たとえ相手が人外の存在であっても。安堵しながら、無意識にノブに手を伸ばした。鍵がきちんとかかっているか確かめたかったのだ。


 


 ドアノブは、何の抵抗も残さずに回った。




「ギャアアア!? ドアが開いてる!? オープン・ザ・ドアー!?」


「おうアンちゃん、おはよう。昨日はえらい目にあったべな」


 ――奴か!? かけられた声に、一瞬田崎=めぐる君を想像する。しかし次の瞬間、そのなまりの強い口調は奴のものでは無いことを思い出す。


 さっと視線を向ける。開かれた扉から続く廊下の先にリビングが見えた。リビングには、僕らをここまで運んでくれたバスの運転手さんの姿が見えた。しわだらけの顔に笑みを浮かべながら、運転手さんは気さくに言葉を続けてくる。


「おいも、枕が変わると寝られない性質たちでよぉ。まさか道が封鎖されるとは思わなかったべ」


 困った困った、と苦笑いを浮かべる謎の方言マスター。

 愛想笑いを返しつつ、僕は言った。


「その……女の子を見ませんでしたか? 僕の連れなんですけど」


「ああ、あの別嬪べっぴんさんかぁ。いやあ驚いたべ。何が驚いたって、田崎ちゃんに案内されてここに来たんだけど、誰もいないんだもんなぁ。みんなで泊まるって聞いてたから、おいは来るところ間違えたかと思って。だけんども、他に行く所も無いしここに泊まったんだぁ」


「いやあの、女の子はどこに行ったのかなー……? って」


「ああ、悪い悪い! 年を取ると話しが長くなっていかんべ。んで、朝になってみると別嬪な女の子が居たんだぁ。いやあ驚いたのなんの。どこから来たの? って聞くと、隣の望遠鏡のある部屋で寝てたって言うし。アンちゃんも一緒だったんだべ? いやあ、分かるよ。おいも若い頃は無意味に硬い床の上で寝たりしたもんだぁ。そういうのがカッコイイと思える時期もあるべ。アメリカン・スタイルって言うのかなぁ? おいの若い頃は……」


 それは絶対にアメリカン・スタイルじゃない。心の中でツッコミを入れていると、奥の方にあるドアが開いた。そしてそこにはタオルを首にかけた冷蔵子さんの姿が。どうやら奥の方は洗面所になっているらしい。


 へ、部屋から出ちゃダメだって言っておいたのに……!

 のほほんとした表情を浮かべる彼女に対し、僕は声を荒げて言った。


「どうして部屋を出たのさ!?」


「? だって朝だもの。顔も洗いたかったし、シャワーも浴びたかったし……」


「シャワーだって!? 正気!? 死ぬ気なの!?」


「なんでシャワーで死ぬのよ?」


 何故かと言われると僕も分からない。だけどそれが世界の決まり事だ。ホラー映画だと、シャワーを浴びる人の実に九割が非業ひごうの最期をげている。


 それにしてもどうして田崎=めぐる君は姿を現さなかったのか? 仕事を果たさないクリーチャーを疑問に思っていると、蝶番ちょうつがいの軋む音と共に玄関の扉が開く。


 朝日が作る逆光の中、そこには一人の人物が立っていた。僕らの視線は一斉に玄関に集中し、そこに立つ彼女は観客を意識するように、謳うように明朗な声を上げた。


「……待たせたわね……!」


「あなたは……」


「誰なの?」


「ありゃー、こりゃまた別嬪べっぴんさんが増えたべ」


 僕らがそれぞれ驚きの声を上げる中、その人は前髪を払いのけながら名乗りを上げる。


「……わたしはエーテル。戦場でしか生きられない女……」


 玄関の向こうに居たのはエーテルさんだった。

 しかしその姿は以前とは全くの別物だ。下ろしていた長い栗色の髪をポニーテールに結い上げ、上半身は白いタンクトップ、下半身は迷彩柄のカーゴパンツを着ている。靴は軍隊が履くような編み上げのブーツだ。


 帽子は被っていない。多分田崎=めぐる君に奪われたのだろう。その代わりなのか、額にバンダナを巻いている。そして背中に巨大なボウガンを背負っていた。見違えたというよりは、生まれて来た時代を間違えたとしか思えない格好だった。


「エーテルさん、無事だったんですね!」


 歓喜を表す僕に対し、エーテルさんは瞳を伏せる。

 そして彼女は何かを気にするように背後を振り返ると、パニック映画の終盤のようなセリフを吐いた。


「……喜ぶのはまだ早いわ、太郎。わたしは奴を仕留めきれなかった。雨が止んで、道路の封鎖は解かれているわ。今の内に逃げるのよ」


 仕留めるって、そのボウガンを使って何をする気だったんだ?

 深く考え無いようにしながら僕は別の事をいた。


「どうやって逃げるんですか?」


「……車があるわ。着いて来なさい」


「さっきから話が見えないんだけれど?」


「とにかくふもとの町まで行くんだべ? ここじゃ携帯も繋がらないし、おいもゆっくりしてられないべ。会社にも報告に上がらねばならないからなぁ」


 この天文台からのエクソダス。

 エーテルさんに促されるまま、僕らは山から抜け出すために、車を目指して歩き出した。







 エーテルさんに先導され、着いた所はアスファルトに白線が引かれた駐車場だった。軽自動車に普通車。さして広く無いそこには、指で数えられるほどの数の車が停められている。


 種類も大きさもバラバラだ。この天文台の社用車では無く、スタッフが通勤のために使っている自家用車だろう。アメ車まであるや。よくこんなので山道を走れるな。そんな車の群を前にして、戦場でしか生きられないお姉さんはポツリと呟いた。


「……車があるとは言ったけど、鍵があるとは言って無いわ」


「ええっ!? エーテルさんの車は無いんですか!?」


「……そこにあるドイツ車だけど、鍵を持っているとは限らない……」


 甲虫の名を付けられた車を指差し、消え入るような声で言う彼女。

 そんな悲しげな表情の理由に気付いた僕は、確かめるようにそっと尋ねてみた。


「服を着替えた時に、車のキーをポケットに入れっ放しにしてたのを忘れていたんですね?」


 ふっ、と苦い笑みを浮かべるエーテルさん。

 かくして僕らは、一瞬で八方塞はっぽうふさがりの状況に陥る。これからどうすればいいんだ……!?

 どこかに居るはずのモンスター、田崎=めぐる君の脅威に怯える僕。そんな時だった。


「お困りのようだね!」


 背後から朗々とした明るい声が響く。どこか聞き覚えのある声。

 かつて僕らの盾になった人物を思い浮かべながら、振り返ると同時に僕は叫んだ。


「あなたは……! いや、あんた誰だ!?」


 振り返った先に見たのは、想像したのとは違う顔だった。





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