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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
冷蔵子さんの憂鬱編
150/213

150日目 風の王の憂鬱

記念すべき150回目がこんな話でいいのか、そんなことをふと思う時もあります。




 光りある所に影が生まれる。

 陰と陽。

 重なり合わない二つの存在は、対立そのものだった。


 キノミある所にタケノミあり。

 同じ時、同じ場所、同じ使命をもって生まれたはずの二つのチョコレート菓子。

 だがしかし、その二つは激しい憎しみと反目の感情を人々に与えたのだ。


「戦争……?」


 僕は繰り返し確かめるようにその言葉を呟く。

 視線の先には風の王を名乗る少女。

 血走った目で血生臭い言葉を口にしたそのタケノミ派の少女は。

 戦いを前にして、ただ真っ直ぐな瞳を、キノミ派の僕に向けていた。


(ついに決着を着ける時が来たか――)


 いだように静かな心で思う。

 いつかはこんな日が来ると思っていた。

 タケノミ派とキノミ派の道は重ならず、共に歩むことは出来ない。

 さながら織田信長と足利将軍のように深く対立するしか無いのだ。


(だけど、それはあまりに悲し過ぎる――)


 それが宿命であるとしても。

 たとえ争い合う運命の中でも、人はもっと分かち合えるのでは無いだろうか?

 

 握り締めた拳をそっと開く。

 剣の代わりに花束を。最善で無くとも、それに近い何かを。

 血塗られた憎しみでは無く、真っ白な祈りを。そんなことを願った。

 

 対決だの、戦争だの、バカバカしい。愚かしくそして悲痛な行いだ。

 僕は一度開いた拳を、強く強く握り締めた。

 ……愚かな行為だから、一度で終わらせよう。うん、そうしよう。

 

「ははっ、いいね戦争か! どこでやる? また放課後に公園?」


 僕は口元をつり上げて笑った。

 獣のように獰猛な心で思う。

 そうさ、タケノミ派なんてさっさと殲滅すべきだ……!


(争いは炎に似ている。一度燃えれば、燃え尽きるまで終わらない――)

 

 キノミとタケノミの戦争。

 そこに妥協の二文字は無く、僕はいつだってそれを受ける準備はいつだって出来ていた。


「戦争とか、またバカな事を言っているかしら」


「少年はもう少し大人になるべきだね」


 冷蔵子さんと先輩が何やら言っているがスルーだ。

 ただ強く強く、曲げない意志だけを込めて風の王を睨みつける。

 それに対し風の王は、まるでドブネズミを見るような目で僕を見ていた。


「やってはいけない事をやったね……!」


「はぁ? いきなり何だよ?」


 これだからタケノミ厨はワケが分からない。

 ポカンとき返す僕に、風の王は噛み付かんばかりに言葉を連ねた。


「とぼけるの、かな! アヒル池の事件、君の仕業だよね……!?」


「アヒル池の事件?」


 アヒル池。

 その名に反し、アヒルなど一匹もいない池である。

 なぜだかアヒル型の足こぎボートが置いてあるんで、それが呼び名の由来だろう。


「アヒル池で……アヒル池で!」


 歯噛みするように顔を歪めた後、風の王は叫んだ。


「タケノミが……バラバラになって殺されていたんだ!」


 老舗のチョコレート菓子、タケノミ。

 キノミと人気を二分するそのお菓子の、バラバラ殺人事件の幕開けだった。




 そこは冷気が漂っていた。

 どこまでも広がる池の水面。空の青さを反射して、深く静まり返っている。

 池の向こう、対岸には、鬱蒼と生い茂る森が霞んで見えた。

 遮る物の無い大地に吹く風。海でも無いのに、さざ波が音も無く波紋を描く。


「ここがその現場か……」


 僕は重苦しい声で呟いた。

 確かにタケノミは嫌いだし、タケノミ厨は憎い。

 だがタケノミが無残な姿になったと聞けば、どうしてか胸に痛みに似た物を覚えた。


「なにを人事ひとごとみたいに言っているの、かな? 犯人は君、だよね?」


 後ろに立つ少女は、短い髪を揺らしながら僕を責め立てた。

 風の王。タケノミ厨の少女の対し、僕は否定の言葉を返す。


「僕じゃ無いよ。僕は……こんな事はしない」


 目の前に広がる光景は悲惨なものだった。

 地面に転がり落ちる無数のタケノミ。

 タケノコ型のそのお菓子は、踏まれ、砕かれ、ボロボロの姿を荒野にさらす。


「酷い……これは、あんまりだ」


 タケノミはチョコレート部分とクッキー部分で構成された、小指の先ほどの小さなお菓子だ。

 犯人はその二重構造が許せなかったのだろうか?

 地面に散らばるタケノミは、チョコ部分とクッキー部分の境目から真っ二つに折られていた。

 それも全てのタケノミに対してだ。偏執的とも言える光景に、僕は怖気を感じた。


「一体誰が、何のためにこんな事を……!」


 タケノミの厚みはそれなりにある。

 しかも小さいので、折るとなると指先のみで行う事になる。

 おそらくは相当の力が必要とされたはずだ。

 何の意味も無い重労働。犯人はそれを為すほどの殺意を抱いていたのだろうか? 


「こんな事、タケノミに対する異常なまでの憎しみが無ければ出来ない、よね?」


 風の王は乾いた声で呟く。

 僕は振り返りもしないまま、その言葉に耳を傾ける。


「ワタシが知っている限り、タケノミを憎むような変人はただ一人」


 彼女が誰のことを指摘しているのか。

 それは言わずとも知れた。何故なら、


「だから、犯人は君」


 何故なら、僕はキノミ派だから。

 タケノミを軽蔑し、タケノミ派を唾棄するキノミ派だから。


 青く暗く広がる水面が目に映る。

 風が、無情の色で頬を撫でた。


 こちらを糾弾してくる少女と同じ、暗く温かみの無い空気だ。

 何かが抜け落ちていくような感覚。僕はそっと口を開いた。

 

「いや、ノリで事件っぽくしたんだけどさ、被害者はお菓子だよね? なんだよ殺されてたって? タケノミが殺されるとか意味分からないんだけど」


「黙って……! タケノミがこんな無残な姿になって、ワタシの心は張り裂けそう、だよ」


「いやまあ、確かにこれをやった人は陰険だと思うけど」


 粉々に砕かれたチョコ菓子が陰惨な姿を晒す。

 折られ、踏みにじられ、散り散りになったタケノミのクッキー部分。

 食べ物を大事にしないのって見てて悲しくなるなぁ。

 誰がやったか知らないけど、食べ物を踏むなよ。


「こういう風に食べ物を壊して遊ぶ人って、ちょっと病んでるよね」


「タケノミを愛するワタシには、正視に耐えない光景かな!」


 どうやら風の王は本気で怒っているらしい。

 そんな彼女の怒りを受け止めながら、そっと思った。

 確かに酷い有様ではあるけど、たかがお菓子じゃないか。


「でもさ、ただのお菓子じゃん。そこまで怒らなくても良いと思うよ」


「……どうせならキノミがバラバラになれば良かった」


「なんだとッ!? おいふざけるなよ、このタケノミ厨がッ!!」


 言って良い事と悪い事があるだろ!

 やっぱりタケノミ厨は頭がおかしい!

 キノミが踏みにじられたら、僕は、僕は……!

 憤然とする僕に対し、風の王は逆に落ち着きを取り戻したようだった。


「うるさい。キノミ厨は落ち葉でも食べてればいい、かな。どうせキノミ厨には、お菓子と腐葉土の味の違いなんて分からない、から」


「ひ、人をカブトムシの幼虫みたいに言いやがって……!」


 やはり僕らは争い合う運命なのか。

 こちらを冷笑する風の王に対し、僕は黙って拳を握り締めた。

 

「やるってのかい?」


「ふん。タケノミのかたきを討つ覚悟は、とっくに決まってるかな」


「……僕は犯人じゃないよ?」


 どうしてもタケノミ殺人事件の犯人ほしを僕にしたいらしい風の王に、そっと訂正を求める。そんな僕に冷ややかな視線を向けながら、風の王は笑う。


「どうせ、キノミ厨は全員叩き潰す予定、だし」


「なるほどね……」


 実にシンプルな話だった。

 キノミとタケノミ。

 重なり合わない二つの存在は、対立そのものだった。

 光と影のように。対立は終わらず、争いは続く。




 そして、使われるのは僕らの命。それだけの話だった。




「さあて、手加減はしないよ……?」


「望むところ、かな……!」


 争いは炎に似ていた。

 僕と風の王は、それぞれの炎を心に灯す。

 自然と身体は半身になり、ゆっくりと拳を構える――

 それは、神聖なる戦いのプレリュードだった。


 焼け付くような緊張が走る。

 ジリジリと足の裏で探る、地面の硬い感触。

 空気から温度が抜け落ち、代わりに何かがこめられていく。

 熱く渦巻く闘気の応酬。静寂のあまり、逆に頭だけは冷えていった。


(後の先を取るか? いや、一撃で決める――)


 決断は速やかに。

 先の先を取るために、僕は全神経を風の王に集中させた。

 大気のわずかな揺れすら感じるほどに。

 高められた感覚の世界に、僕と彼女はいる。だから――




「「!?」」




 急に気付いた異変。第三者の闘志の感覚。

 謎の乱入者を感じ取り、僕は慌ててその場から飛び退いた。

 風の王も同じく地面を蹴って距離を取っている。


 そして僕らは見た。

 そこに立つ人物を。

 遠景にまばらな木立を背負いながら、一人の剣士が悠然と腕を組んでいた。


「久しいな、我が宿敵よ……!」


 ポニーテールにした黒髪が揺れる。

 学園の制服に、竹刀を握った姿で。

 顔を縁日で売ってるヒーローお面で隠したその残念な女は。


「あんたは……飛天さま!?」


 そろそろ縁を切りたい人物、そのナンバーワンを飾る人だった。





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