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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
ヒナちゃんのリボン編
145/213

145日目 眠らない過去(1)




■回想スタート


 今から約二年前。あの日も雨が降っていた。

 薄闇の中、水溜りは冷たい景色を反射する。


 水面に雨粒があたり、波紋が広がった。

 その様を見るとも無く眺めながら、僕は言う。


「さて、教えてもらおうかな? なんで僕を襲ったんだ?」


「グッ……!」


 目の前には巨漢の男が横たわる。

 年齢は僕と同い年くらいだろうか? 

 打ち抜かれた脾臓が痛むのか、顔には脂汗が浮いている。

 少し老けて見えるその顔を、悔しさからか遠慮なく歪ませていた。


「君達のおかげで全治三週間くらったよ。……ああ痛かった。凄く痛かった!」


 そう、中学校からの帰り道、僕は突然四人組の男に襲われたのだ。

 なに? ドッキリ? ドッキリなの?

 日常的にありえないシチュエーション。

 僕は逃げ出すことも思いつかず、気付けば袋叩きにされていた。


「黙ってちゃ分からないだろ。さあキリキリ吐くんだ……!」


 殴られたのはきっと何かの間違いだろう。

 あるいは、単に不運だったんだ。

 そう考えた僕は甘かった。翌日も、その翌日も男達は現れた。

 逃げようとした僕は、車道に飛び出して車に轢かれるはめになったのである。


「君で最後だ。僕を襲った理由を教えてもらおうか!」


 月夜の晩。人気の無い街角。寂しい路地。

 四人の素性をせっせと調べ上げた僕は、一人ずつ潰していった。

 しかしよくよく考えてみると、僕が殴られた理由が分からない。

 そこで僕は最後の標的を尋問をしている、というわけだ。


「いくらでも殴るがいい! 俺は絶対に何も喋らん!」


 僕を袋叩きにしてきた四人組の内の、最後の一人である男。

 その男は僕の拳で急所を打ち抜かれ、立つ事もままならないでいる。


 しかしどうやら胸に秘めた闘志は一寸の揺らぎも無く。

 まるで死を覚悟した戦士のように、ギラギラとした眼差しでこちらを睨みつけている。


「……あれ? なんかこっちが悪者みたいな感じになってない?」


 ぐぬぬ……! 

 無闇に人を襲っておきながら、何でこんなに潔い態度なんだ!?

 武士道のノリで見逃したくなっちゃうじゃないか!

 見逃さないけどね!!


「言っとくけど悪いのはそっちだよ!? どう考えてもそっちが悪い!」


「…………」


「なんとか言えよ!? おい!?」


 悪人男は口を閉ざしたまま皮肉気に笑う。

 ち、ちくしょう! 黙秘権のつもりか!?


「くっそー、アレを使うしかないか……」


 雨はいよいよ土砂降りになってきた。

 人気の無い公園の片隅に立ちながら、白く煙る雨音を聞く。

 濡れて気持ち悪いスラックス。

 そのポケットを探ると、お目当ての物の感触が返って来た。


「ジャーん! 五円玉の力を見せてやる! どうも口が堅いみたいだけど、果たして僕の催眠術に耐えられるかな!」


「お主、そんなんで催眠術が出来ると思ってるのか? バカなのか?」


「急に喋ったと思ったら悪口かよ!?」


 で、結局その男は催眠術にかかり、首謀者の名前が明らかになった。

 どういう理由があったのか、四人組の男に僕を襲わせた人物。

 そして、それ以降もなんやかんやとちょっかいをかけてきた悪魔。

 その人物の名は……、その人物の名は……。


■回想終了




遮那しゃなさん?」


 冷蔵子さんの声がして、僕はハッと意識を取り戻す。

 過去に思いを馳せていたせいか、奇妙な浮遊感が足元から広がっていた。


「どうも、初めましてコンニチワ」


 にこりと笑いながら会釈する遮那。

 その笑みはまるで能面のように硬質で、どこか空虚に映る。


「それにしても奇遇だね、兄さん。こんな所で会うなんて」


「悪夢のようだ……!」


「ん? なにか言ったかい? 兄さん」


「夢のようだって言ったんだよ! こんな街中でバッタリ出会うなんて、すごい偶然だね! ……じゃあそういう事で」


 まわれ右をしようとする僕。

 その腕を、なぜかガッチリと冷蔵子さんに握られた。


「なんで急に立ち去ろうとするのよ? なにか私に聞かれたら不都合な事でも……あるのかしら?」


 キラーンと鋭く瞳を光らせる冷蔵子さん。

 細かな理由を説明する暇も無く、タイミングを見計らったかのように遮那が口を開く。


「そうだね。兄さん、せっかく会ったんだし一緒に周ろうよ」


「はっは。遮那にだって連れがいるだろ? 僕らのことは良いから……」


「お生憎様、見ての通りボクは一人っきりだよ」


 鈴の鳴るような声を出しながら、遮那は続ける。


「ちょうど暇しててね? そういう兄さんこそ、隣の人は彼女かい?」


「彼女? いて言うならガミガミおばさん二号……痛ッ!?」


 足元に懐かしい痛みが走る。

 そっと下を向いてみると、冷蔵子さんのサンダルが僕の足を踏みつけていた。

 視線を上げて冷蔵子さんの顔を見る。

 彼女は、まるで何事も起こって無いかのようにニコニコと微笑んでいた。


「ねえ、リボンを贈る相手ってこのなの?」


「はぁ?」


「親戚の子に贈るんでしょ? 違うのかしら?」


 何の色も映さない碧い目。

 何故だろう、そこから徐々に温度が失われていく。

 まるで氷河期到来を思わせる冷たい眼差しだ。

 そんな冷ややかな瞳を僕に向けながら、冷蔵子さんは言った。


「気にはなっていたのよ。相手がどんな人か」


 う~ん、相変わらずなんて冷たい目で僕のことを見るんだろう?

 さすがは冷蔵子さんと言ったところか。


「リボン? 嬉しいな、兄さんから何かをプレゼントされるのは初めてだ」


 微笑を絶やさず、そのまま喜びを表す遮那。

 目元は涼しげに細められ、長い長いまつげが陰影を作る。

 空調から送られてくる風が、真ん中で分けられた髪を揺らした。

 

 薄化粧したかのような白い肌。

 繊細に伸びが黒髪が、絹のように緩やかに肩を流れている。

 キャミソールの頼りない肩紐が、細い肩を一層細くみせていた。

 それにしてもこいつは、どうしてこんな格好をしているんだろうか?


「君に贈るわけじゃ無いよ」


 短く宣言する。

 すると遮那の浮かべていた能面の笑みが、ピタリと止まる音が聞こえた。

 微かに乱れる雰囲気。構わず、続ける。


「ヒナちゃんに贈る予定なんだ」


「ヒナちゃん……? ああ、本家のあのかい?」


 くつくつと笑いながらこちらを見つめる遮那。

 嘲笑するように口元を歪めた。


「兄さんは、相変わらず本家のに媚びているんだね」


「そういうんじゃないよ」


 即座に否定する僕。

 その弁解を一切無視しながら遮那はまくし立てた。


「周りからどう見えるかって事、気をつけた方がいいよ? だってね、兄さんはあまりに迂闊うかつなんだ。いつだってそうだった。ボク、ずっと見てたから分かるんだ」


 絶やさぬ笑み。それは、遮那をいっそう不気味に見せていた。

 ずっと僕を見ていただって? 

 そうだろう、そうしてお前は僕に嫌がらせを続けてきたんだ……!


 遮那を無言で睨みつける僕。

 異変を察知したのか、冷蔵子さんが怯えたように息を飲んだのが分かった。

 険悪なムード。それを飄々と受け流しながら、遮那は透き通った声で言う。


「こんな場所で言い合うようなことじゃ無かったね。ゴメンね、兄さん。じゃ、今日のところはこの辺でおいとましようかな」


 言うが早いか、遮那はこちらに背を向ける。

 呆気に取られる僕らを後にしながら、最後に振り返ってこう言った。


「また会おうね、兄さん」


 遠ざかっていく遮那。

 その背後を見つめながら、冷蔵子さんはポツリと呟いた。


「なんだったのかしら、あの子……」


「あいつも変わり者だからなぁ」


 しみじみと呟くと、ジトっとした目で睨まれた。

 な、なんだ!?


「リボンを贈る相手は別の親戚のなのよね? あのには贈らずに、どうして別のには贈るのかしら?」


「えっ!?」


「何か理由でもあるのかしら? そ、その、ヒナちゃんって娘だけ特別、とか……」


「理由? そうだね、強いて理由があるとすれば……」


 ヒナちゃんのクシを壊してしまったとか、その弁償を安上がりに収めるためとか、色々と理由はある。

 だがしかし、遮那にリボンを贈らないという事柄に関してなら、さらに大きな理由があった。


「男にリボンを贈るのは変、ってことかな」


「……は?」


「いやだから、遮那って男だよ? 気付かなかった?」


「はぁ!? 嘘よね!?」


 ああ、やっぱり気付いてなかったんだ。

 まるで初めて飛び魚の存在を知った子供のように驚く冷蔵子さん。


 そんな彼女を前にしながら、僕は深く考える。

 今、なにが最も大切なのか。目指すべきもの。それは、それは――。


「それはそうとして、シュシュとリボンのどっちが良いと思う?」


 そう、今最も大事なことは、ヒナちゃんへの贈り物だった。





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