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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
ヒナちゃんのリボン編
141/213

141日目 世界の中心で、愛を叫ぼう(1)




 涙に値する物とは何だろうか?

 ふと、そんな事を思う。


 押し流されるように生きて。

 流れる月日は、いやおうも無く、あたたかな場所からボクらを追い出していく。


 あの懐かしい日々を。

 褪せた色の空を、風薫る道のりを、優しい手のひらを。


 今さら取り返せるはずも無い。

 そして、ただ思い出だけが残る。


 涙に値するのは、そんな思い出だけだ。

 風に揺れる金鳳花きんぽうげの花。地平を埋め尽くす金色の雫達。

 温かな記憶。

 胸に残る微かな物を集めて。ボクらは、あの懐かしい日々を夢に見る。




「というワケで、大切なのはきっと思い出なのさ」


「お兄様! 誤魔化さないで下さい!」


 久々に本家に訪れていた僕は、例によってイトコの女の子に絡まれていた。

 前髪ぱっつん、雛人形によく似たその少女は、通称ヒナちゃん。年下でまだ中学生だ。

 年々扱い辛くなる彼女に向かってそっと告げる。


「いずれヒナちゃんにも分かる時が来るよ」


 そこで一瞬ためを作った後、儚く笑いながら続けた。


「物よりも、思い出が大切なんだって」


「それとこれとは話が別です!!」


 ちっ、騙されないか。無駄に智恵をつけやがって。


「わらわの大切にしてたクシ! お爺様からのプレゼントなのに!! パックリ割れてる!」


 金切り声を上げるヒナちゃん。

 確かに彼女の言うとおり、その手の中にあるクシは真っ二つに折れていた。

 べっ甲細工のそれは繊細な蒔絵が描かれ、折れてなお金色に輝いている。


 こう言う物の価値は分からないが、恐らく万単位は確実だ。

 ……どうして同じ金色なのに金鳳花とは値段が桁違いなんだろう?

 この世の不条理を嘆く僕に、ヒナちゃんの不条理な怒りが続く。


「もう! どうしてこんな事するんですか!」


「そんな事言われても、クシが落ちてたのに気付かなかったし……」


 ぷんぷんと怒りを表現するヒナちゃんに、僕は落ち着いた口調で言う。


「庭に落とす方が悪いんじゃないか」


 大事に扱わなかった君が悪いのさ。

 そんな僕の考えが伝わったのか、ヒナちゃんはじんわりと瞳に涙を滲ませた。

 ……あっ、不味い。


「だって……だって……! お兄様のイジワル!」


「うんそうだね僕が悪いね! だから泣き止むんだ! 君に涙は似合わないよ?」


 本家の娘であるヒナちゃんを泣かすと後が怖い!

 ああ面倒だ、面倒だ、面倒だ。

 僕が本家を嫌う理由の七位はこの娘の存在だが、そろそろ六位に格上げした方が良いかも。


「今さら遅いですぷー! わらわの心は海よりも深く、山よりも高く傷付いてしまったのです!」


「海よりも深く? ヒナちゃん、深海って呼ぶのは海底何メートルからだと思う?」


「えっ!? ええっと、ええっと……って誤魔化されません! いま大事なのは海の深さじゃ無く、わらわの心です!!」


 ちっ、誤魔化されないか。無駄に経験を積みやがって。

 僕は再び心の中で舌打ちをする。


 それにしても、本家のジイさんが贈ったクシとかクソ高いはずだ。

 まともに弁償するわけにはいかない。

 脳内で作戦をシミュレートしつつ、僕はそっと口を開いた。


「で、いくらなの? それ」


「言い方に愛が無いです!? お兄様、本当に反省しているのですか!?」


 愛じゃ物は買えないよ。

 舌先まで出かかった言葉を、何とか飲み込んだ。


 コホン、と咳払いしつつ。

 獲物を狙うように、目を細める。


「ヒナちゃん、人間は悲しい生き物なんだ」


「悲しい……ですか?」


 キョトンとするヒナちゃんを前にして、作戦を開始する。

 まるで仮面を被るように。

 澄んだ空のように晴れ晴れと、柔らかく微笑んでみせた。


「そうさ。愛を伝えるにしろ、反省するにしろ、気持ちを形にしなきゃいけない。どうしてそれが野に咲く花ではダメなんだろうね?」


「贈り物に野の花!? それはさすがに小学生レベルですッ!?」


「誰かに贈るプレゼントに貴賎は無いはずだ!!」


「ひゃうっ!?」


 おののくヒナちゃんを尻目に、僕は拳を握り締める。


「ヒナちゃん、愛ってなんだい!?」


「えっ!? ええっ!?」


「たとえそれが野に咲く花であろうと! そこに込められた愛の重みは変わらない!!」


 激昂するように、声を荒げる。

 そして一気に反転。

 失意の底に浸りながら、暗いトーンで告げる。


「違うのは……受け取る方の気持ちだ。受け取る人が、金額の大小で愛を推し量る。そのことが、僕は悲しい……!」


 まるでそう考えるのが間違いであるかのように。

 押し切り、錯覚させねば、僕の財布に未来は無い。


「大事なのは、何を贈るかじゃない……! 贈り物を選ぶこと、何を贈れば喜んでもらえるか、そう考える気持ちが大事なんだ! そこに愛があると……僕は、思うんだ」


 そこで言葉を区切ると、大気に溶けて消えるような、そんな微笑みを浮かべてみせた。

 力押しする時は笑っておけば大体なんとかなるというのが僕の持論だ。


「お兄様……!!」


 両手を胸の前で組み、感動に打ち震えるヒナちゃん。

 それにしても最近どんどん騙し辛くなってくるなぁ。

 冷徹にそんな事を考えた。


「わらわは目からウロコが落ちる思いです……! 感動いたしました……!」


「ははっ」


 よし、誤魔化した!


「それで、お兄様はわらわに何を贈ってくれるんですか?」


「えっ?」


「ふえっ?」


 ち、ちくしょおおおおお!!?

 さすがに弁償自体を無かったことには出来なかったか!!


「そ、そうだな~。ええっと、うん」


 いや落ち着け、落ち着くんだ僕。

 逆に考えろ、これはチャンスなんだ。

 どっちみち蒔絵付きのクシなんて弁償出来ない!

 ならばここで、財布に優しい答えを導き出せば……!


 ぐうう……! いかん、頭が回らない!

 いっそ花でも摘んで渡すか? いやナイナイ、それは無い。

 大体僕は何でクシなんか踏んでしまったんだ……! 

 クシ、花、花飾り……あっ、飾り!?


「ヒナちゃんって、髪が凄く綺麗だよね」


「えっ……? や、やだ、恥ずかしいです!」


 何が恥ずかしいんだ?

 疑問はそのままに、僕は微笑みながら言った。


「だから、リボンとか似合うと思うんだ。クシのお詫びにリボンを贈るよ。ヒナちゃんに似合いそうなのを選んでね」


「ほ、本当ですか!? わらわ嬉しい!!」


「ははっ」


 乾いた笑いを浮かべながら、瞬時にリボンの値段を概算する。

 うん……まあ、何とかなるかな……? 

 値段とかよく知らないけど。


「じゃあ指きりしましょ! お兄様!」


「ははっ、ヒナちゃんはしっかり者だなぁ」


 上の空で答えながら。

 この何でも無いプレゼントが、後に騒動を引き起こすことに気付けないまま。

 僕は胸の内で、無邪気な皮算用を続けていた。


「いっぱい愛を込めて下さいね! お兄様!」


「ははっ。……愛?」





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