139日目 エックス氏の悲劇(3) ザ・ロックスミス
前回に続いて作者の趣味全開です。
「え~っと……それで、なんやったっけ? ザ・鍵師?」
B級映画のタイトルのような単語を口にする大阪さん。
公園の街灯に縛られたまま、エックス氏は嘲笑した。
「魂の座と鍵だよ、イエス君」
貼り付けたような笑みを浮かべたまま、エックス氏は言葉を紡ぐ。
「神聖なる魂の地に作られた部屋。部屋にはデータがあり、神聖な地の霊性を帯びた人格データは聖なる属性の情報因子と成る。人格はただのデータでは無い。かといって純粋に神聖な存在でも無い。ただの鉄片が、磁石とくっつくと磁力を帯びるようなものだな」
「ワケわからへん……!」
大阪さんは額の汗を手の甲で拭った。
あ~あ、だから話し合いなんてしなけりゃ良かったのに。
後悔が先に立たない男、大阪さん。
自らの選択の責任を果たすように何とか返事を返した。
「じ、磁石? それが何で俺がイエスゆう人の生まれ変わりになるんや? なんや、その辺りの話しが全然無かった……? あったんやろうか? いや、やっぱり無かった気がするんやけど」
「ふむ。君がイエスの生まれ変わりである理由か。そうだな……その理由を語るのは少し難しい。人類の霊性、五感を超えた感覚。その呼び名は幾通りもあるが、確たるものは決まっていない。霊感。シックスセンス。言葉だけは増えて、本質には辿り着けないままでいる。つまり……」
ゴクリと息を飲む僕らの前で、エックス氏は断言した。
「君にも分かりやすく言えば、俺の"勘"だ」
「か、勘やと!?」
公園の高台に大阪さんの叫びが響き渡る。
一陣の、風が吹いた。
「……つまり根拠が無いって事やないかッ!?」
絶叫する大阪さんにしれっとした顔を向けながら、エックス氏は弁明を始めた。
「おおっと、君はケェルケゴールの言葉を知らないか? ヨーロッパの哲学者なんだが、彼はこう言った。"信頼の跳躍"をする覚悟を決めろと。この世は不条理に満ちている。真理に至るには従来のやり方では足りんのだ」
「お前が不条理って事だけは理解出来たわ!」
「ほう!? 理解は大いなる前進だよ! あはーっははは!!」
「は、話しが噛み合わへん! もうアカン! ……誰か助けてくれへんかなー?」
こちらをチラチラと見てくる大阪さん。僕は全力で視線を反らした。
「我々は理論に縛られながら観察を行う。これを理論負荷性と言うんだが。リンゴが落ちる所を見て、それが物理現象だと考えるのは何故だ? どうしてポルターガイストが原因だと考え無い? それが理論負荷性だ。俺達の思考は、気付かない内に縛られている。
理論負荷性の檻を抜け出すには、最初に跳躍した理論を組み立て、それに沿って観察を行うわけだ。一見して不条理な考え方だが――、」
自分で自分の考えを論理的では無いと認めながら、エックス氏は続ける。
「その方法こそが唯一真実に近づけるのだ。人格の部屋。それは誰でも開けられるワケでは無いと俺は考える。それを為すのが鍵だ。鍵の種類は無限だろうか?
いや、俺は有限だと考えた。遺伝子が四つのアミノ酸のパターンで作られるように、人格の部屋の鍵もまたパターンが決まっているだろう。そして……」
一端言葉を切ると、エックス氏は何かを考えるように黙り込んだ。
が、それも一瞬で、再び彼の長口上が始まる。
「鍵と同じく人格もまたパターンが決まっている、と俺は考える。これは何も突飛な話では無い。何世代、何億もの人間が生まれれば、双子のようにそっくりな人格を持つ人間も現れるはずだ。そうで無いと誰に言える?
こんな実験がある。的に目掛けてボールを投げるんだ。的にボールが当たるのは"偶然"だが、ずっと的に向かってボールを投げ続けるならそれは"必然"だ。
人格もそうじゃないか? 湧き出る泉のように命が生まれ続ければ、"偶然"同じような人格が現れるだろう。しかしそれは"偶然"では無く、一種の"必然"でもある――」
ここでは無いどこかを見つめて。
夢見るような――陶酔に満ちた表情のまま、彼は続ける。
「生命の営みはある種の試行実験だ。繰り返す試行を人は輪廻と呼ぶのでは無いか? そして輪廻の還る地は魂の座。俺達はみんなその地に還るのだ。あるいは最初からそこに居る。さながら巡礼者のごとく」
そこで急に夢から覚めたように、エックス氏はハッとしながら、
「おっと、話が横に逸れたな。俺としたことが。はっはっは」
「横に逸れとったんか……?」
何が何だか分からない話は、正道も横道も同じに見える。
つまりどちらも平等に、分け隔てなくワケが分からない。
呆然としている大阪さんに気付いているのかいないのか、エックス氏は改めて口を開いた。
「それで転生の話だが、俺は人格の近似性がそれを引き起こすと考えいてる。ある程度の近似性があれば、過去の人物の記憶が収められた部屋を開けられるはずだ。目に見え無い神聖な因子による人格の遺伝。それが転生。もっとも全ては……」
そこで言葉を止めると、自嘲するように笑い、
「"跳躍した理論"による推測に過ぎないのだがな。ふふふ」
「……ん? ああ、やっと話が終わったようやな」
それで、と呟きながら、大阪さんは僕の方を向いた。
「俺はどないしたらええんや?」
「ええっ!? いや、それを僕に聞かれても困るんですけど!?」
「俺にはどう対応すれば良いのか分からへんのや……! 坊主も協力するって誓ったやないか! あれは嘘か!?」
「大阪さんが話を聞くって決めたんじゃないですかッ!? やっぱり放置しとけば良かったんですよ!」
「せやかて、しゃーないやん!!」
心の底から叫ぶように、悲痛な声を上げる大阪さん。
あ、よく見ると涙出そうになってる。
しかし対応と言っても、僕に思いつく手は"あれ"しか無い。
やりたく無いんだけどなぁ~。……やるしか無いか。
「こうなったらあの手しか無いですね……!」
「あの手? どの手や?」
僕はそっとポケットに右手を入れる。
釣り銭なんかを財布に入れず、ポケットにそのまま突っ込んでいるのだ。
そこから目当ての硬貨を握り締め、別のポケットから紐を取り出した。
「ここに五円玉と紐があります」
「ふんふん」
「そして五円玉の穴に紐を通してぶら下げます」
「!! 坊主、お前まさか……!?」
何かに気が付く大阪さん。
恐らく大阪さんの想像は間違っていないだろうと予想しつつ、僕は次の言葉を放った。
「そう……催眠術ですよ。こうやって五円玉を揺らして暗示をかけて、エックスが僕らに関わって来ないように思考を誘導するんです」
「効くわけ無いやろッ!? 何を考えとんのや!!」
「じゃあ大阪さんが案を出して下さいよ!! どうしろって言うんですか!!」
ギリギリと顔を突き合わせて睨み合う。
しかし大阪さんに代案などあろうハズも無く、やがて矛を収めた。
「ダメもとでやってみよか……ほんじゃ、頼むで坊主」
「任せて下さい。これでも昔は催眠術を散々練習してましたから」
「ホワッツ!? 何が目的でや!?」
はて? そう言われれば、なんで催眠術の練習なんかやってたんだっけ?
改めて聞かれると思い出せず、適当に返事した。
「……そこに五円玉があったから、ですかね?」
「なんやどこぞの登山家みたいな理由やなぁ」
ぶらぶらと紐を通した五円玉をぶら下げながら、僕はエックス氏の前に立った。
街灯に縛り上げられた彼は、それでも泰然とした態度でいる。
「ソロモン王か」
エックス氏は僕に何やら変な名前を付けているようだ。
どう言う意味だろうか?
気にならないと言えば嘘になる。が、彼は頭が沸騰してる人なのだ。
きっと大宇宙からの電波か何かだろう。
理由を尋ねるだけ幸せ度数が減るに違いない。
深く考えずスルーする事を決めて、僕は五円玉を突きつけた。
「さあて、これを見てもらいますよ」
「五円玉……? ふっ、俺に暗示をかける気か? 残念だが俺に暗示は効かん!」
自信満々にそう言うと、エックス氏は豪語する。
「目を閉じれば良いだけだからな!」
「閉じたら潰します」
「潰す!? 何をだ!? 貴様、笑顔でさらりとエグい事を……。恐ろしい奴!」
言葉一つで退路を断ちながら、僕はエックス氏に催眠術をかけ始める。
それがまさかあんな悲劇に繋がるとは。
今の僕には理解できず、また理解したとしても止めるはずも無く。
悲劇は静かに、冷酷に、そして確実に進んでいた。