138日目 エックス氏の悲劇(2) 魂のシステム
104日目「夢Ⅱ」の論理的説明部分になります。
もっともエックス氏の推測的考察という立場上、完全な正解とも違うのですが。
実に作者の趣味が全開です。
公園の高台には清らかな風が吹いていた。
誰かの願いで作らたその場所は、訪れる人への幸せが祈られているのだろう。
地上よりも強い勢いで透明な風が吹き抜けて行く。
清らかな願いを叶えるために。この場所が存在する意味を、示すかのように。
そして僕らはその願いを踏みにじるようにしてそこに居た。
拷問と尋問。たいがいその二つはイコールである。
縛り上げられた男、オカルト同好会会長ミスター・エックスを前にして。
弁護士の立会い無しの尋問が始まろうとしていた。
「ちゅーかな。転生やら生まれ変わりやら、お前そないな事を言ってて悲しくならんのか?」
荒縄で全身を縛られ、芋虫のように転がるエックス氏。
そんなエックス氏を前にして、大阪さんはヤンキー座りの体勢で語りかけていた。
「むうう……!? とりあえず縄を解いてくれないか? 君を見上げるために、首が物凄く痛いのだが」
「解いたら逃げるやろ?」
短く呟く大阪さんに、エックス氏は朗らかに答える。
「はっはっは。当たり前じゃないか。議論とは己に有利な場を作る事が最初の仕事だ。不利な立場に立った時、いかに迅速に見切りを付けて逃げるか。それが優秀な人間と凡愚を分ける差だと俺は信じている」
「おい坊主、棒みたいなもん無いか? なんでもええんやけど」
「止めたまえ! 俺は暴力には屈しないからして、棒状の物体を探す必要は全くもって無い!! 無意味だから止めろ!! お願いします!!」
「うつ伏せ状態で土下座!? こんな土下座初めて見た!!」
手足を縛られた状態でうつ伏せに寝転がりながら、懸命に額を地面にこすりつけるエックス氏。
人はここまで卑屈になれるのだろうか?
背筋を走る戦慄。僕の額から、一筋の汗が流れていく。
「安心せい、何も叩こうゆうわけや無い。このままやと話し辛いし、お前を座らせとくのに何か支えるもんが無いかと思っただけや」
半眼になりながら告げる大阪さん。
その言葉にエックス氏は一気に平静を取り戻すと、
「それならなおさらロープを解きたまえ。愚か者め」
「解いたら逃げるゆうとる奴を自由にするわけ無いやろ!!」
「チッ」
二人のやり取りを尻目に、僕は辺りを見回す。
「棒状の物って簡単に言うけどさぁ……」
え~と、長細い物、長細い物っと。
あ、あった。
それは棒と呼ぶにはあまりにも大きく、巨大で、無骨な存在。
つまり街灯だった。
「大阪さん、あの街灯に縛り付ければ良いんじゃないですか?」
「……せやな」
ジロリと街灯を睨みつつ、大阪さんは僕に賛同の意を示した。
「諸君は魂という概念をどう捉える?」
改めて街灯に縛り付けられたエックス氏の、第一声がそれだった。
「……大阪さん、この人って相手にしたら不味いタイプじゃないですか?」
「せやから、ゆうたやろ。学園で一番避けて通りたい連中やって」
「じゃあこのまま逃げましょうよ、縛り上げたまま。僕らが放っておいても親切な誰かが解いてくれますって」
「俺もそうしたい所やけどな……。しゃーないやろ、向こうから突っかかって来るんやから。こっち目掛けて飛んで来る指向性の誘導弾みたいなもんやで。ほんまけったいやわ」
「何だ? 君達はさっきからぼそぼそと? 腹から声を出せ」
街灯に縛られているのにやけに余裕なエックス氏。役立たずな国会議員のごとくヤジを飛ばしてくる。
とりあえず二人がかりで睨みつけて黙らせた後、僕と大阪さんは再び小声で会話を始めた。
「そういうワケやから、このまま放っておいたら永遠に俺に絡んで来るんや。奴の飛んで行く方向を変えなアカン」
「なるほど……。って、もしかして僕を巻き込んだのはその為なんですか!? 誘導先を僕に変えようってつもりだったんじゃ無いでしょうね!?」
「ギクゥ!! そ、そないな事あるわけ無いやろ! 俺が、自分の平穏の為に、坊主を生贄に出すなんぞ……!」
「じゃあその冷や汗は何ですかッ!? 本当の事を教えて下さいよ、大阪さん!!」
「黙りや!! 今は俺達が団結せなアカン時や!! 坊主、お前を信じるな!! お前を信じる俺を信じろ!!」
宣言と共に、ガシッと両手で僕の肩を掴む。
くぅ、良いセリフだ! 胸に響く説得力を感じる! だがそんな言葉で騙されるか!
怒りと共に大阪さんの腕を振りほどこうとした刹那。
エックス氏がくつくつと笑いながら、ポツリと呟くのが聞こえた。
「くくっ。友情ごっこはそれまでか? 愚物共が……!」
今は些細ないざこざは忘れるべき時だ。
エックス氏への言葉に出来ない苛立ちを胸に。
僕と大阪さんは、無言のまま視線だけで団結を誓い合った。
「とりあえず一発殴っておきましょうか?」
「止めとき。まずは話し合いや」
「話し合い(物理)ですか?」
「……普通に話し合いや。奴とはじっくり話し合った事が無いさかい。……じっくり話し合いたいとも思わへんかったけど、この際しゃーない。腰を据えて話してみるわ」
重たい何かを背負うようにして、大阪さんはエックス氏の前に立つ。
「俺はなぁ、生まれ変わりやら何やら言う奴はアホやと思っとる。せやからお前の事もアホだと見とる。生まれ変わりなんぞあらへん。俺も何やら言う人の生まれ変わりとちゃう。何ぞ言いたい事はあるか?」
大阪さんの言葉には決然とした響きがある。
自分を否定する言葉。エックス氏はそれを平然と受け止めながら、笑った。
「然り、然り。君がそう考えるのも無理は無い。確かに巷にありふれた転生の考え方は軟弱だ。まず魂の考え方からして女々しい。人間一人につき一つの魂などという考えは、人の卑しい所有欲がもたらしたものだ」
何が面白いのか、くつくつと笑いながら。
エックス氏は詩人のように言葉を繋ぐ。
「俺の考えでは魂は一つなのだ。我々全員で一つ。一つの物を分け合っている。人類が地球を分け合って暮らしているようにな。では人格とは? 人格は魂とイコールでは無い。人格とは、魂という土地に作られた部屋だ」
……この人は一体何を言っているんだろう?
あ、大阪さんもドン引きしてる。
頑張れ大阪さん! 僕は……応援! 絶対に矢面には立ちませんけど!
「多重人格という言葉を知っているか? ある人間は一人で二十以上の人格を持っていたと言う。魂と人格がイコールだと考えると、不都合が生じるとは思わないか? 一つの魂が複数の人格を持つ事になってしまう」
周囲を、景色を、現状を。
あるいはドン引きする僕らを。
すべてを無視するようにして、街灯に縛られた男は笑う。
「もちろん他の考え方も出来る。例えばそう、一人の人間に複数の霊魂が入り込んだとかな。だがそうすると次なる問題が生じる」
エックス氏はペロりと唇を舐めた。
高まる熱意に比例して、その目に灯る狂気の炎が大きく揺らめく。
「人類の人口を知っているか? 既に六十億を超えると言う。例えば五十億の生命が死に、五十億の生命が生まれるなら、魂と肉体は見事にイコールで結ばれる。だが現実はそうじゃない。魂と生命の数は等式で結ばれないままだ。
足りんのだよ、魂の数が。一人に複数の魂が入り込んだりすれば余計にな。では新しい生命が生まれるたびに新たな魂が創出されているのか? 人が人格を生むたびに新しい魂が生まれるのか?」
知らねーよ。
そんな思いが表情に出てしまったのだろうか?
エックス氏は標的を僕に変えた。うわあ、うわあ。
「おっと、分かり辛かったかね? ではこう言い換えよう。全ての生命には始原があり、突き詰めれば始原は一つの生命体だった。一つの生命体が分裂し、繁殖し、今の煩雑な生命系が作られる事になる。仮に魂と肉体がイコールであったとしても、魂は最初は一つだったわけだ」
そこで一拍置いてから、彼は聴衆の理解を探るように僕らを見つめた。
果たしてそこに彼の満足行く答えがあったかどうかは分からない。
分からないまま、エックス氏の独壇場が続く。
「では生命が分裂するたびに魂も分裂したのだろうか? そういう考え方もあるだろう。だが俺は転生を信じていてね。それだと不都合なわけだ。分裂した魂は元の通りなのだろうか?
仮に元の通りだとしても、同じ過去を持つ霊魂が二つも三つもあるのは、転生では無く複写だろう?
だから分裂論は除外だ。俺の考えでは魂は最初から常に一つなのだよ。そして魂そのものには過去は無い。過去は魂では無く、人格に根ざす副次的なものだ」
そう言い終わると同時に、彼は目を細めた。
これこそが重要だとでも伝えたいのだろう。舌の先に鋭さが増す。
「で、最初に戻ることになる。つまり、魂は俺達全員で一つしか持っていない。魂とは人格でも霊魂でもなく、神聖なる場所だ。俺達全員の眠る場所、魂の座。人格はそこに作られた部屋だと俺は考えた。部屋は無数にあり、それが個人となる」
聴衆を、公園を、この世界を取り巻く全てを。
ありとあらゆる物を魅了せんと、獅子は吼える。
縛られ、自由を失いながら。エックス氏の瞳には獅子の猛々しさがあった。
「では転生とは? ここで問題になるのが人格とは何か、という話だ。俺が思うに、人格とは魂の座に作られた部屋だ。部屋の中に人格データがあり、そこに至る道は扉で閉じられている。扉を開けるには何が必要か? そう、鍵だ。
多重人格者はどうにかして複数の部屋を手に入れ、転生者は部屋に通じる鍵を手に入れた。部屋には記憶があり、扉を開いた瞬間に過去が受け継がれる。これこそが俺の考える転生だ」
大阪さん、この人の話を聞く意味はあったんですかね?
僕はそっと大阪さんを仰ぎ見る。
顔面から夥しい量の汗を流す大阪さんは。
きっと誰よりも、自分の選んだ選択支を後悔しているだろう。そんな風に思えた。