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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
VSオカルト同好会編
138/213

138日目 エックス氏の悲劇(2) 魂のシステム

104日目「夢Ⅱ」の論理的説明部分になります。

もっともエックス氏の推測的考察という立場上、完全な正解とも違うのですが。

実に作者の趣味が全開です。




 公園の高台には清らかな風が吹いていた。

 誰かの願いで作らたその場所は、訪れる人への幸せが祈られているのだろう。


 地上よりも強い勢いで透明な風が吹き抜けて行く。

 清らかな願いを叶えるために。この場所が存在する意味を、示すかのように。


 そして僕らはその願いを踏みにじるようにしてそこに居た。

 拷問と尋問。たいがいその二つはイコールである。

 縛り上げられた男、オカルト同好会会長ミスター・エックスを前にして。

 弁護士の立会い無しの尋問が始まろうとしていた。




「ちゅーかな。転生やら生まれ変わりやら、お前そないな事を言ってて悲しくならんのか?」


 荒縄で全身を縛られ、芋虫のように転がるエックス氏。

 そんなエックス氏を前にして、大阪さんはヤンキー座りの体勢で語りかけていた。


「むうう……!? とりあえず縄を解いてくれないか? 君を見上げるために、首が物凄く痛いのだが」


「解いたら逃げるやろ?」


 短く呟く大阪さんに、エックス氏は朗らかに答える。


「はっはっは。当たり前じゃないか。議論とは己に有利な場を作る事が最初の仕事だ。不利な立場に立った時、いかに迅速に見切りを付けて逃げるか。それが優秀な人間と凡愚を分ける差だと俺は信じている」


「おい坊主、棒みたいなもん無いか? なんでもええんやけど」


めたまえ! 俺は暴力には屈しないからして、棒状の物体を探す必要は全くもって無い!! 無意味だからめろ!! お願いします!!」


「うつ伏せ状態で土下座!? こんな土下座初めて見た!!」


 手足を縛られた状態でうつ伏せに寝転がりながら、懸命に額を地面にこすりつけるエックス氏。

 人はここまで卑屈になれるのだろうか? 

 背筋を走る戦慄。僕の額から、一筋の汗が流れていく。


「安心せい、何も叩こうゆうわけや無い。このままやと話し辛いし、お前を座らせとくのに何か支えるもんが無いかと思っただけや」


 半眼になりながら告げる大阪さん。

 その言葉にエックス氏は一気に平静を取り戻すと、


「それならなおさらロープを解きたまえ。愚か者め」


「解いたら逃げるゆうとる奴を自由にするわけ無いやろ!!」


「チッ」


 二人のやり取りを尻目に、僕は辺りを見回す。

 

「棒状の物って簡単に言うけどさぁ……」


 え~と、長細い物、長細い物っと。

 あ、あった。

 それは棒と呼ぶにはあまりにも大きく、巨大で、無骨な存在。

 つまり街灯だった。


「大阪さん、あの街灯に縛り付ければ良いんじゃないですか?」


「……せやな」


 ジロリと街灯を睨みつつ、大阪さんは僕に賛同の意を示した。







「諸君は魂という概念をどう捉える?」


 改めて街灯に縛り付けられたエックス氏の、第一声がそれだった。


「……大阪さん、この人って相手にしたら不味まずいタイプじゃないですか?」


「せやから、ゆうたやろ。学園で一番避けて通りたい連中やって」


「じゃあこのまま逃げましょうよ、縛り上げたまま。僕らが放っておいても親切な誰かが解いてくれますって」


「俺もそうしたい所やけどな……。しゃーないやろ、向こうから突っかかって来るんやから。こっち目掛けて飛んで来る指向性の誘導弾みたいなもんやで。ほんまけったいやわ」


「何だ? 君達はさっきからぼそぼそと? 腹から声を出せ」


 街灯に縛られているのにやけに余裕なエックス氏。役立たずな国会議員のごとくヤジを飛ばしてくる。

 とりあえず二人がかりで睨みつけて黙らせた後、僕と大阪さんは再び小声で会話を始めた。


「そういうワケやから、このまま放っておいたら永遠に俺に絡んで来るんや。奴の飛んで行く方向を変えなアカン」


「なるほど……。って、もしかして僕を巻き込んだのはその為なんですか!? 誘導先を僕に変えようってつもりだったんじゃ無いでしょうね!?」


「ギクゥ!! そ、そないな事あるわけ無いやろ! 俺が、自分の平穏の為に、坊主を生贄に出すなんぞ……!」


「じゃあその冷や汗は何ですかッ!? 本当の事を教えて下さいよ、大阪さん!!」


「黙りや!! 今は俺達が団結せなアカン時や!! 坊主、お前を信じるな!! お前を信じる俺を信じろ!!」


 宣言と共に、ガシッと両手で僕の肩を掴む。

 くぅ、良いセリフだ! 胸に響く説得力を感じる! だがそんな言葉で騙されるか!


 怒りと共に大阪さんの腕を振りほどこうとした刹那。

 エックス氏がくつくつと笑いながら、ポツリと呟くのが聞こえた。


「くくっ。友情ごっこはそれまでか? 愚物共が……!」


 今は些細ないざこざは忘れるべき時だ。

 エックス氏への言葉に出来ない苛立ちを胸に。

 僕と大阪さんは、無言のまま視線だけで団結を誓い合った。


「とりあえず一発殴っておきましょうか?」


「止めとき。まずは話し合いや」


「話し合い(物理)ですか?」


「……普通に話し合いや。奴とはじっくり話し合った事が無いさかい。……じっくり話し合いたいとも思わへんかったけど、この際しゃーない。腰を据えて話してみるわ」


 重たい何かを背負うようにして、大阪さんはエックス氏の前に立つ。


「俺はなぁ、生まれ変わりやら何やら言う奴はアホやと思っとる。せやからお前の事もアホだと見とる。生まれ変わりなんぞあらへん。俺も何やら言う人の生まれ変わりとちゃう。何ぞ言いたい事はあるか?」


 大阪さんの言葉には決然とした響きがある。

 自分を否定する言葉。エックス氏はそれを平然と受け止めながら、笑った。


しかり、しかり。君がそう考えるのも無理は無い。確かにちまたにありふれた転生の考え方は軟弱だ。まず魂の考え方からして女々しい。人間一人につき一つの魂などという考えは、人の卑しい所有欲がもたらしたものだ」


 何が面白いのか、くつくつと笑いながら。

 エックス氏は詩人のように言葉を繋ぐ。


「俺の考えでは魂は一つなのだ。我々全員で一つ。一つの物を分け合っている。人類が地球を分け合って暮らしているようにな。では人格とは? 人格は魂とイコールでは無い。人格とは、魂という土地に作られた部屋だ」


 ……この人は一体何を言っているんだろう?

 あ、大阪さんもドン引きしてる。

 頑張れ大阪さん! 僕は……応援! 絶対に矢面には立ちませんけど!


「多重人格という言葉を知っているか? ある人間は一人で二十以上の人格を持っていたと言う。魂と人格がイコールだと考えると、不都合が生じるとは思わないか? 一つの魂が複数の人格を持つ事になってしまう」


 周囲を、景色を、現状を。

 あるいはドン引きする僕らを。

 すべてを無視するようにして、街灯に縛られた男は笑う。

 

「もちろん他の考え方も出来る。例えばそう、一人の人間に複数の霊魂が入り込んだとかな。だがそうすると次なる問題が生じる」


 エックス氏はペロりと唇を舐めた。

 高まる熱意に比例して、その目に灯る狂気の炎が大きく揺らめく。


「人類の人口を知っているか? 既に六十億を超えると言う。例えば五十億の生命が死に、五十億の生命が生まれるなら、魂と肉体は見事にイコールで結ばれる。だが現実はそうじゃない。魂と生命の数は等式で結ばれないままだ。

 足りんのだよ、魂の数が。一人に複数の魂が入り込んだりすれば余計にな。では新しい生命が生まれるたびに新たな魂が創出されているのか? 人が人格を生むたびに新しい魂が生まれるのか?」


 知らねーよ。

 そんな思いが表情に出てしまったのだろうか?

 エックス氏は標的を僕に変えた。うわあ、うわあ。


「おっと、分かり辛かったかね? ではこう言い換えよう。全ての生命には始原があり、突き詰めれば始原は一つの生命体だった。一つの生命体が分裂し、繁殖し、今の煩雑な生命系が作られる事になる。仮に魂と肉体がイコールであったとしても、魂は最初は一つだったわけだ」


 そこで一拍置いてから、彼は聴衆の理解を探るように僕らを見つめた。

 果たしてそこに彼の満足行く答えがあったかどうかは分からない。

 分からないまま、エックス氏の独壇場が続く。


「では生命が分裂するたびに魂も分裂したのだろうか? そういう考え方もあるだろう。だが俺は転生を信じていてね。それだと不都合なわけだ。分裂した魂は元の通りなのだろうか?

 仮に元の通りだとしても、同じ過去を持つ霊魂が二つも三つもあるのは、転生では無く複写だろう?

 だから分裂論は除外だ。俺の考えでは魂は最初から常に一つなのだよ。そして魂そのものには過去は無い。過去は魂では無く、人格に根ざす副次的なものだ」


 そう言い終わると同時に、彼は目を細めた。

 これこそが重要だとでも伝えたいのだろう。舌の先に鋭さが増す。


「で、最初に戻ることになる。つまり、魂は俺達全員で一つしか持っていない。魂とは人格でも霊魂でもなく、神聖なる場所だ。俺達全員の眠る場所、魂の座。人格はそこに作られた部屋だと俺は考えた。部屋は無数にあり、それが個人となる」


 聴衆を、公園を、この世界を取り巻く全てを。

 ありとあらゆる物を魅了せんと、獅子は吼える。

 縛られ、自由を失いながら。エックス氏の瞳には獅子の猛々しさがあった。


「では転生とは? ここで問題になるのが人格とは何か、という話だ。俺が思うに、人格とは魂の座に作られた部屋だ。部屋の中に人格データがあり、そこに至る道は扉で閉じられている。扉を開けるには何が必要か? そう、鍵だ。

 多重人格者はどうにかして複数の部屋を手に入れ、転生者は部屋に通じる鍵を手に入れた。部屋には記憶があり、扉を開いた瞬間に過去が受け継がれる。これこそが俺の考える転生だ」


 大阪さん、この人の話を聞く意味はあったんですかね?

 僕はそっと大阪さんを仰ぎ見る。


 顔面からおびただしい量の汗を流す大阪さんは。

 きっと誰よりも、自分の選んだ選択支を後悔しているだろう。そんな風に思えた。





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