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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
乙女のワルツ編
131/213

131日目 バトル・ロード




 何故人は争い、憎み合うのだろう?


「最初に言っておくけど、僕は別に君が憎いわけじゃない……!」


 いつもの公園で、僕はある一人の少女と対峙していた。

 風の王。そう名乗る彼女は、透き通った瞳で僕を見つめる。


「ふうん? 別に、ワタシもキミが憎いわけじゃないよ?」


 そう言ってチェシャ猫のように笑う。

 貼り付けたような笑顔が、一つの無表情となって僕に向けられる。

 

 心無い笑顔。それはいつだって透明なままだ。

 風の王の笑顔は、僕の心に何の色も残さず通り過ぎていく。


「ルールは?」


 短く呟く。

 決意。闘争への覚悟。

 それが互いの心に在るのなら、言葉は短いほど良い。


「無しでいい、かな。キミも今度こそ手加減無しでいいよ。正直ね、イラつくんだ。手加減されるの」


「ハンデを付けるかどうかは僕が決める事さ。君が決める事じゃ無い」


「……そういう所、本当にイラつく……!」


 吐き捨てるように呟き、風の王は体を捻るようにして左足を前に出す。

 半身になり、拳を構える。

 彼女の靴が地面をこすり、ザリザリと耳障りな音が響いた。

 僕はそれを無感動に眺める。


「イラつく? 僕が憎いわけじゃ無いんだろう?」


 当てこするように言うと、風の王はしばし押し黙った。

 さてどんな反応をするかと見つめていると、意外な事に彼女は怒りを表さなかった。

 笑顔を消し、怒気を隠すように無表情になる。

 透明な表情を浮かべたまま、彼女はゆるりと口を開いた。


「……憎むのと、イラつくのは、ちょっと違うかな」


「そうかなぁ?」


「そうだよ」


 問い返す僕に、短く答える風の王。

 ふわりと吹く風。

 色の無い風は、無感動なまま通り過ぎていった。


 言葉が尽きる。

 尽きてしまえば、静けさだけが残った。

 静かに高まる闘気。それは無色の波のように、透き通った大気を揺らす。


 何故人は争い、憎み合うのだろう?

 僕らは互いに憎悪を否定し、笑顔で対峙した。

 笑顔とは裏腹なまま憎み合い、言葉にしないまま反目し合っているのに。

 そんな悲しい現実を、僕は無感動なまま見つめるしかなかった。


「ちょっとした違いかな。だからそう、憎いわけじゃ無い」


「僕もそうだね。憎いわけじゃないんだ」


「ふふ……。憎み合うのもバカバカしい話しだし、ね」


 明確な意志を。憎悪を向け合ったまま。

 僕らは悲しく笑いあった。そして僕は苦笑しながら言う。


「そうだね。キノミとタケノミのどっちが美味しいかなんて事は、大した事じゃないさ」


「まあタケノミの方が明らかに美味しいんだけど、ね」


「はぁ? キノミの方が美味しいに決まってるだろ?」

 

 ピシリ、と固まる空気。

 キノミとタケノミ。

 それは世間で人気を二分するチョコレート菓子だった。

 

 有史以来争い続けるキノミ族とタケノミ族。

 僕と彼女は、同じ惑星ほしに生まれながらにして違う物を胸に抱いてしまった。


 タケノミがキノミより美味しい? これだからタケノミ厨は……!!

 いいだろう、そんな『勘違い』は正してやる……!!

 

 静から動へ。

 胸の内に隠した信念に従い、僕は風の王を笑顔で睨みつけた。

 一瞬即発の空気が満ちる。そんな空気の中、風の王は静かに口を開いた。


「キミ、味覚オンチなんじゃないの?」


「ははっ、面白いこと言うね! ちょうど今僕も君がそうだと思った所さ!」


「ワタシが味覚オンチ? ふふ……相変わらず、キミはちょっとおかしいね」


 風の王の靴が地面をこする。

 みるからに足に力がこもり、今にも僕に飛び掛ってきそうだ。


「僕がおかしい? ははは、そんな馬鹿な。キリンの進化をモノマネでやろうとする人に言われたく無いよ」


 言いながら、そっと拳を握り締める。


「ふふ、どうやらキミにはちょっと学術的過ぎたみたいだね。それよりもキミのあのモノマネな何だい? 意味が分からなかったね」


「意味が分からないってなんだよ。神岡ターンはその筋では超有名なんだけど」


「知らないよそんな筋。逆にね、知ってる人がどれだけ居るのかな? ぷーくすくす」


 艶然と微笑む風の王。

 しかしそのコメカミには怒りが浮かんでいる。多分僕も同じような状態だろう。

 この前のモノマネ大会の日から続く僕らの確執は、キノミとタケノミの派閥争いの形で結実しようとしていた。


 何故人は争い、憎み合うのだろう?

 答えを置き去りにしたまま、時だけが加速していく。

 

 透明な憎悪を胸に秘めて。

 その爪が、その牙が。相手を捕らえる事だけを信じて。

 僕と風の王は同時に大地を蹴った。


「やけに僕に絡むじゃないか! 噛み付かれるならこっちから噛んでおかないとね!」


「最近のキミ、意地悪なんだよね! 修正してやる!」


 互いの瞳に互いだけを写し、彼我の距離をゼロにしようと駆ける。

 目前に迫る激突。

 しかし止まれない。止まらないまま、全身を弓のようにしならせる。


 相手の体に突き刺すために拳を引く。

 引き絞った拳に込められた感情は何だっただろうか?

 それを考える暇すら無く、ただ肉を噛む獅子のように吼えて、全ての力を解放した。


 解き放たれた感情は白熱し、大気は閃光のように煌く。

 と、次の瞬間。

 激突の隙間を縫うように誰かが飛び込んで来た。



「「!?」」



 止められないまま放った拳が、飛び込んで来た何者かに呆気なく受け止められる。

 何だ!? 驚いて視線を向けるとそこには、


「お前ら、何やっとんのや」


「大阪さん?」


 僕の拳を右手で、風の王の拳を左手で掴みながら。

 大阪さんは、呆れたような口調で呟いた。







「それで、喧嘩の原因は何や?」


「キノミとタケノミの代理戦争です」


「坊主、お前なあ……」


 あの後、僕ら三人は公園のベンチに移動していた。

 透明な空を背景にして、大阪さんは深々と溜息を吐く。そして僕を睨んだ。


「今は真面目に答えなアカン時やろ? 違うか?」


 青色の帽子。そのつばの影に、大阪さんの瞳が見える。

 陰影に浮かぶ瞳。切れ長の目には剣呑な輝きがあった。


 なんだろう? 今日に限ってやけにマジだ。

 先輩風でも吹かしたい年頃なんだろうか?


「そんな事言われても、こっちは大真面目ですよ?」


「せやな……ってアホかい! 高校生にもなって、キノミとタケノミで殴り合いするんかお前らは!?」


「ははっ。まあキノミの方が上なのは常識ですからねー。確かにそういう意味では、馬鹿馬鹿しい争いですよ」


 やれやれ、大阪さんが疑うのももっともだ。当たり前の事は、争う理由にすらならないのだから。

 肩を竦める僕。大阪さんの向こう、ベンチの右端に座る風の王がポツリと呟いた。


「うっわ~。味覚オンチかな……」


 ざわり、と空気が揺れた気がした。

 は~ん。そういうつもりか。そういうつもりなら、僕だってとことんやってやる……!


「タケノミなんて有り得ないですよね、大阪さん。あんなのはキノミの足元にも及ばないですし」


「クスクス……。キノミ厨が吼えてるね。負け犬の遠吠え?」


「タケノミなんて食べる奴は歯磨き粉でも食べてりゃいいんだ」


「チョコと歯磨き粉の違いも分からない味覚オンチ。それがキノミ厨なんだ、ね」


 ふはは! 面白いことを言うじゃないか!

 光の速さで、グリンッと首を回す。

 視線の先には風の王。彼女もまた僕の方を向いていた。

 大阪さんを真ん中に挟んだ体勢で、血走った目で睨み合う。


「分かった分かった! せやから、お前らストップや!」


 右手で風の王の頭を、左手で僕の頭を。

 それぞれガシッと掴みながら、大阪さんは問題児に悩む教師のようにゲッソリとしていた。


「ほんま何やねん……。本気でそないな理由であらそっとったんか」


 アホらしい、とでも言いたげではある。

 そんな大阪さんに向かい、僕はぐぐぐと拳を握り締めて見せた。


「違う思いを胸に抱いてしまえば……争うしか無いんですよ……!」


「アホかい。ほんまお前ら、アホちゃうか?」


 うんまあ確かにアホと言えばアホだ。

 でも、どうしてだろう? 大阪さんにだけは言われたく無い!


「アホ!? アホですと!? カッチーンと来ましたよ! じゃあ言わせてもらいますけど、大阪さんはキノミとタケノミ、どっち派なんですか!?」


「……はぁ? そんなもん決まっとるやないか」


 僕らの頭から手を離すと、大阪さんは仁王のように胸を張った。


「麦チョコや。キノミ? タケノミ? そないなモン、話にもならんわ! チョコの王様は麦チョコに決まっとるやんけ!」


 ガッハッハ、と豪快に笑う大阪さんの横で。

 僕と風の王は、血走った目でアイコンタクトを交わした。

 

 チョコ菓子を語るならば。キノミかタケノミ以外にありえない。

 それ以外は……抹殺するのみ。虚ろな笑みを浮かべ、僕らは笑い合った。


「まさか麦チョコなんてマニアックな物を挙げて来るとはね……!」


「キノミ、タケノミ以外は論ずるに値しない、って事を教えてあげよう、かな……!」


「おっ!? なんや、やるんか!?」


 僕ら三人はベンチから立ち上がる。

 最後に立つのは自分だと信じながら。

無言のまま、そっと拳を握り締めた。





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