13日目 時の調べ
「牛乳なら俺に任せろ~ドブドブ~」
「やめて!」
意味不明のセリフを言いながらカップラーメンに牛乳を注ぐ先輩。
僕は割と本気で非難した。
いくらカップラーメンとは言え、食べ物を冒涜してはいけない。
「んだよ~こういう食べ方が美味しいらしいんだよ~。良いだろ~」
ヤサグレ気味の態度な先輩。
きっと購買のパンに飽きたのだろう。
「本当に美味しいんですか? 美味しそうに思えないんですけど……」
「う~ん……失敗無くして成功も無いしぃ」
先輩自身、半信半疑で作っているらしい。
その目は捕食者というより科学者。
己の実験の成果を舌で判断しようと待っている。
「失敗を恐れていては、前には進めないわ」
「明らかに失敗しそうな時は、避けて通るのが知恵じゃないですかね」
「ふふん、愚かな判断ね、少年。それこそが失敗するよりも性質(たち)の悪い考えよ」
やたら自身満々に語る先輩。
そのドヤ顔にイラッとした僕は、少々つっかかった返事をした。
「そういうの、考え無しって言うんだと思いますよ」
棘のある返事に、先輩は怒るでも無く、きょとんとした顔をした。
そのすぐ後にどこか大人びた表情をすると、僕に語りかけてきた。
「失敗を恐れるのって、何でだと思う?」
「何でって、そりゃ……」
言いかけて言葉が止まる。
失敗を恐れる理由は、沢山あった。
沢山あるから、一言では表せない。
とにかく失敗は悪いからだ、なんて言い方はそれこそ考えが無い。
「誰だって、自分をよく見せたいのよ」
返事に窮する僕に、先輩は滔々(とうとう)と語りだした。
「失敗すると、格好悪い。だから失敗を怖がる。でもね」
ふいに、先輩は真っ直ぐな瞳で僕を見た。
貫かれた思いがした。何より、先輩の誠意に。
冗談半分や冷やかしでは無い。
確かに彼女は、僕に何かを伝えようとしている。それが分った。
「格好悪い自分を隠して、それに慣れてしまうのは怖い事よ」
「慣れる?」
「うん。自分の嘘に慣れるとね、何が本当だったか分らなくなっちゃうの」
まるで自戒するように、先輩は目を伏せた。
「自分が何を為すべきなのか。それは他人に決められる事では無く、
自分自身で決めないといけない。そう、思うの」
そう言うと、先輩は少し照れたようにはにかんだ。
「まあ、死んだお爺ちゃんの受け売りなんだけどね」
気恥ずかしそうに笑う先輩。
自分が何をするのか、自分自身で決める、か。
言い言葉だと思う。その意味を、十全に分るとは言えない僕でも。
窓の外には青空が広がっている。切ないくらい、綺麗な空だった……。
「どうでも良いけど……」
そんな時だった。
今まで黙って本を読んでいた冷蔵子さんが、ふいに言った。
「そのラーメン、伸びてるんじゃ……」
空気を読んでか、少し恐る恐ると言った感じで指摘する冷蔵子さん。
そりゃそうだ、今まで何だか言い話をしてたんだ。
ラーメンが伸びるとかそんなの……ラーメン!?
僕と先輩と冷蔵子さんの目が、先輩のカップラーメンに集まる。
謎の理論により牛乳が注ぎ込まれた実験ラーメン。
3分は……とっくに過ぎていた。
「うはぁ」
ぽろりと呟く先輩。
ただでさえ伸びているのである。
このラーメンが美味しい確率は……いや、皆まで言うまい……。
怖い。味を想像するのが怖い。
先輩は、きっと食べるのだろう。
何となく、冷蔵子さんと目が合った。
(……言わなかった方が良かったかしら?)
(いや、悪く無い……。きっと君は、悪くなかったんだ……)
視線と視線で会話する僕ら。
覚悟を決めた先輩が、ラーメンを啜る音が聞こえる。
僕はもう一度、部屋の窓から外を眺めた。
窓の外には青空が広がっている。切ないくらい、綺麗な空だった……。