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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
乙女のワルツ編
128/213

128日目 細かすぎて伝わらないルール




「いくよ! 細かすぎて伝わらないモノマネ大会!」


「イェーイ! ヒィアウィゴー?」


「あなた達は何を言っているのかしら?」


「何が始まるの、かな?」


 いつもの部屋で突然始まるモノマネ大会。

 そんな事を言い出すのはもちろん先輩で、僕は当然のように追随した。


 モノマネを始める理由はよく分かんないけどね!

 先輩はホワイトボードに何かを書き始める。

 久々にこの部屋に来た風の王は、事態の推移を面白がるような顔をしていた。


 冷蔵子さんはただ一人不満そうな顔を浮かべ、読みかけの本を閉じる。

 そしてはしゃぐ僕に冷たい眼差しを向けて来た。


「何でいつも脈絡無しに始めるのかしら? ワケが分からないわよ」


「むう。君には先輩の深遠なる考えが見えないかな?」


 やれやれ、これだから読書家は……。

 理論ばかりに頼るから、雨の日に崖を登るような実践派の心を理解できないんだ。

 肩を竦める僕。

 冷蔵子さんは無言で両腕を組むと、まるで祝辞を述べるかの様に容易い口調で言った。


「マイナスポイント追加。あと二点で罰ゲームよ」


「マイナスポイント!? ちょっと待って、なにそれ!?」


「貴方を矯正する為の制度よ。貴方が不真面目な態度を取るごとに点が加算されるわ」


「なんだとぉ!? そんな制度があったのか……!?」


 この僕の目をもってしても、そんな制度があるとは見抜けなかった。

 ……いやちょっと待て。


「その制度は不成立……! 論理が成り立ってない……! 脆弱な理……!」


「おお少年!? それ何のモノマネ!?」


 ホワイトボードに体を向けたままこちら振り返る先輩を無視して、言葉を続ける。


「そんな制度、僕は認めない! 僕が認めない限り成立しないんだ! だいたい、不真面目な態度なんて取って無いじゃないか!」


「黙りなさい。狼少年って言う寓話を知っているかしら?」


「知ってるけど今それが関係するかな!?」


「なら言い換えましょうかしら? 身から出た錆、とか」


「ぐぬぬ……!?」


 何だかよく分からないが、説得力を感じてしまう……!

 冷蔵子さん。彼女は僕が崖を登っている間に、ちまちまと論理の罠を張っていたのだ。


 冷たく光る碧い瞳が僕を映す。

 その恐るべき戦略家を前にして、体の震えが止まらなかった。


 こ、これは武者震いだ! そうだ、思い出せ! あの城攻めごっこを!

 あの限界的な環境を生き延びた僕ならやれるはず……! 切り抜けろ、この逆境を! 


 兵士は戦場を選べない。

 ことによっては武器も、仲間も、天候すら選べない。

 だから選ぶべき事は単純にして明快だった。

 

 諦めるか、諦めないか。

 究極とすら思える二択であり、全てはそこから始まるのだ――。

 ……多分!

 破れかぶれな決意と共に。僕は正面突破を諦め、搦め手による調略を目指した。


「制度の事は横に置くとして。……僕が不真面目だったという君の推理は、明らかに矛盾している!」


「はぁ?」


 不満そうに眉をひそめる冷蔵子さん。僕は構わず続けた。


「脈絡の無い先輩の行動には、深い理由があるんだ! それは間違い無いからして、僕の態度が不真面目だというのは矛盾なのさ!」


 先輩が何の考えも無しに適当な事を始めるわけが無い!

 僕は心の中の確信と共に、胸を張りながら言った。


のぞみ変に応ず。突発的な事態に対応できるかどうか、先輩は僕らを試しているんだ! そうですよね!?」


「そうなの? 先輩さん」


 さあ、この頭でっかちの理論屋に言ってやって下さい先輩!

 僕と冷蔵子さんの注目を浴びながら、先輩はホワイトボードの前でニヤリと笑った。


「さっきから何言ってんの? こんなの、ただの思い付きに決まってるじゃん?」


「……って、先輩さんが言っているんだけれど?」


「さあ始まりました、細かすぎて伝わらないモノマネ大会! トップバッターは誰だ!?」


「何を露骨に話を逸らそうとしているのよ!?」


 アーアー聞こえなーい!

 臨機応変に、はやきこと風の如くに、だ。

 戦略的撤退を決めた時はなりり構ってはいけない。

 全力で見逃す、いや見逃されなくてはならない。今がその時だ!


「まずは最初に言い出した人から始めるべきですかねー。というわけで先輩、どうぞ!」


「だーかーらー、話を逸らさないでよ!!」


 僕の肩をガタガタと揺さぶる冷蔵子さんを全力でスルーしながら。

 細かすぎて伝わらないモノマネ大会は、遂にその火蓋を切る事となった。




「さあ始まりました、細かすぎて伝わらないモノマネ大会! 司会は不肖ながらこの僕が!」


「解説はワタシが担当なのかな? いまいち良く分からないんだけど」


「もう好きにしなさいよ……」


 力尽きたようにガックリとうな垂れている冷蔵子さん。

 僕と風の王は、即席の司会席に着きながら先輩のモノマネが始まるのを待った。


「ええーと、ホワイトボードに何やら絵が描いてあります。風の王さん、あれは?」


「……なんだろうね、あれ。モノマネのタイトル代わりなのかな?」


「恐らくそうなんでしょう! ただ、どう見ても魚をモチーフにした暗黒神にしか見えません! エイリアンの頭部のようにも見えます! 果たしてあれは何でしょうか!?」


「ワタシは結構可愛いと思うけど」


「えっ!?」


 にわかな驚きに襲われる僕とは関係無しに、先輩のモノマネは始まっていた。

 まず凄い眼力で睨みつけてくる。息を飲む僕らの前で、無言で口をパクパクする。

 ナンダコレ? とりあえず思いついた物を挙げてみた。


「……目つきの悪い金魚ですか?」


「ぶっぶー! 少年、アウトー!」


「アウト!? すみません先輩、ルールがよく分かりません!」


「スリーアウトで罰げーむだよ? 当たり前じゃん」


 どうやら世間では僕の知らないルールが跋扈しているようだ。

 冷や汗を拭っていると、隣に座る風の王が先輩に問い尋ねた。


「それで、何のモノマネなのかな?」


「急に話しかけて来る怒った猫だよー」


 訊いたら教えてくれるのかよ!

 じゃあ僕のアウトは一体何だったんだ!?


 一寸先は闇のルール。

 理不尽とも言えるが、戦場の兵士はルールなど選べないのだ。

 いやそれよりも……それよりも強く言いたい事がある。

 僕は瞳に強い意志を込めながら、先輩とホワイトボードを見つめた。


「って言うか、その絵って猫の絵だったんですね……」


「ぐうう……! 猫だよ! ほら、まん丸おめめでしょ!」


 ホワイトボードに描かれた、虚無のようにぽっかりと空いた目を指して先輩が言う。

 いやさすがに、それをまん丸なんて可愛らしい表現で飾るのは……。


「確かにまん丸おめめ、だね」


「えっ!?」


 風の王は、さっきから何で先輩の絵に対して肯定的なんだ……?

 うんうんと肯く彼女を前にして、僕は己の美的センスに疑いを持った。


 もしかして、僕の知らない間に世界のルールが変わっていたのだろうか……?

 分からない。一縷の望みを賭けて冷蔵子さんに視線を送る。


 ……ダメだ! 完全にこっちを無視して本に夢中になってる!

 誰か! 僕に答えを教えてくれ!


 心に吹き荒れる嵐は風雲急を告げ、世界は波に揉まれようとしている。

 世界を定めるルールは雲の様に形を変え、民草はいつだって翻弄されるのだ。

 ちょうど、今の僕のように。


 ザ・冷たい方程式。

 兵士は戦場を選べない。武器も、仲間も、天候すら選べない。

 選べるのは諦め無いことだけ。

 手持ちの札で勝負を乗り切るしかないのだ。


 嵐の中に答えを見つけるように。

 僕はギラリと瞳を光らせながら、手持ちのルールを叩き付けた。


「それじゃ次に行ってみましょう! 次は風の王によるモノマネです!」


「えっ!? ワタシもやるの!?」


 司会者の地位。司会者というルール。

 自ら作り上げたルールにより、戦略的撤退を繰り返す僕だった。

 な、情けなくなんかないぞ! 多分……! きっと!





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