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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
乙女のワルツ編
126/213

126日目 駆け抜けろ! シュプレヒコールの中へ!

ちょっと自信のある回です。




 いつの時代も、世の中の移り変わりを嘆く人は多い。

 例えば江戸時代。田沼意次の政治に対し、「汚職政治を止めろ!」「政治に清き流れに戻せ!」と民衆は声を上げる。

 そうして始まった寛政の改革に対し、「以前の汚職政治の方が緩くて良かった」「やっぱ田沼さんで。松平はアカン」というバッシングを浴びせる。

 

 どっちだよ! と思わず叫びそうになってしまうのが世の常だ。

 流れ去る時間。

 移り変わる日々の中で、人々の心も否応無く変化して行く。だがしかし、無い物ねだりの気持ちだけは変わらない。

 だから僕らは今日もシュプレヒコールを繰り返す。感動のフィナーレを信じて。




「だからその課題のプリントを貸しておくれよ」


「なんでだよ!? つーか貸せねえぜ!? これを貸したら、俺の課題が出せなくなるじゃん!!」


 唾を飛ばして反論する長ソバくんに、僕はやんわりと微笑む。

 彼が怒るのももっともだ。だがしかし、僕も退くわけにはいかない……!


「何故かと言えば、僕が課題のプリントを忘れてしまったからさ。分かったら、ね? 貸して?」


「いやダメだって!! 俺が課題出せなくなるだろうが!!」


「いいから……渡せよ……!」


「理不尽すぎるぜ!?」


 僕が退けない理由。それは簡単だ。

 次の授業は古典であり、古典を担当する女教師に、悪い意味で僕は目を付けられているのだった。


「ならせめて、氏名欄に僕の名前を書いておくれ! それでどうだ!?」


「書かねーよ!? 何がせめてだ、ふざけんなよ!」


 ふざけてなどいない。

 純粋に僕は嫌なのだ。避けたいのだ。あの年増の女教師の説教を。

 決断は速やかに。

 ギラリと目を光らせながら、僕は長ソバくんに向かって叩き付けるように言った。


「ならば勝負だ! 正々堂々、一回勝負のじゃんけん! これで文句無いね!?」


「あるに決まってるだろ!? 俺に何の得も無いぜ!?」


 ちっ、流されないか。

 偽のラブレターにはコロリと騙されるくせに案外粘るじゃないか。

 ……時間が無い! やるか!?

 僕が次なる覚悟を決めかけた時、話しかけてくる存在があった。


「何をやってるのよ、さっきから」


 冷蔵子さんだ。

 騒ぎを見てやってきただろう彼女は、呆れた風な目で僕を見ていた。


「ちょっと黙ってて。時間が……無い!」


「どうするつもりなのかしら?」


「そりゃ奪い取るのさ。この世は適者生存。弱き者は淘汰される!」


「おい!? お前、奪い取るって言ったか!?」


 長ソバくんは自らのプリントに覆い被さり、がっちりガードする。

 くっ、良い防御じゃないか……! これじゃ手が出せない!

 

 チラリと横に目を向ければ、冷蔵子さんの机の上にも課題のプリントはある。

 間違いなく回答を記入済みだろう。

 かくなる上は……やるか?


 ドクンドクンと心臓が高鳴り、手のひらは汗でびっしょりだ。

 欲望と理性が交錯する。

 れ、るんだ! それで僕は楽になれる……!

 意識の暗闇の奥底で、白く輝くプリントが燦然と煌いた。


「あらあら? どうして私のプリントをそんなに熱心に見つめるのかしら?」


「僕が何かするとでも? 酷い誤解だな。それより足を踏まないで欲しいかな、ははっ!」


 冷蔵子さんにグリグリと足を踏み抜かれながら、僕は呻いた。

 金髪に碧眼の彼女は、一見すると天使だ。

 無言で微笑みながら、冷蔵子さんは僕の足を踏み抜き続ける。

 瞳の冷たさが怖かった。


 何も虎の尾を踏むことは無い……!

 やはりここは初志貫徹だ。

 防御を固める長ソバくんへと再び視線を向ける。

 

 冷蔵子さんに気付いたのだろう、長ソバくんは、ディフェンスも忘れて起き上がっていた。……チャンス到来か!?


 プリント奪取のタイミングを図っていると、長ソバくんは僕と冷蔵子さんを交互に見つめてきた。


 何かに迷うような素振りを見せた後、チラリと冷蔵子さんに視線を向ける。が、最後には僕の方を向くと、戸惑いがちな表情で口を開く。


「なあ、前から思ってたんだけど、何でお前って冷さんと仲が良いの?」


 さてどう答えたものか?

 無言で冷蔵子さんと視線を合わせる。


 ……うん、彼女が僕に何を伝えたいのかさっぱり分からない。

 そんな僕とは裏腹に、なんだか満足げな表情を浮かべる冷蔵子さん。

 伝わってないからね!?

 でもこの気持ちも、きっと伝わらないんだろうなぁ……!


「おい、何で見詰め合ってるんだよ?」


 少しイライラとした口調の長ソバくん。

 せかされた僕は、少し慌てながら説明を考える。


「ええっと、僕らは仲良いよ? それと言うのも……」


「それと言うのも?」


 そう言えば、あれだ。

 冷蔵子さんと僕は、なんちゃって恋人作戦をしてたな。

 移り行く時間の中で忘れかけてたけど、そろそろ喧伝していくか。


「恋人だからさ」


「お前、ふざけてんのか……?」


「うわっ!? 何その目こわっ!? なんで瞳孔開いた目で僕を睨むの!?」


「理不尽すぎるぜ……?」


「何が!?」


 いまだかつて見た事が無い表情だ。

 怨念のこもった虚ろな瞳で僕を見つめながら、ガシッと肩を掴んでくる。


「い、痛いんだけど……?」


「なあ、正々堂々勝負しようぜ?」


「勝負……ってなにが!?」


「俺はお前を殴るから、お前は黙って歯を食いしばれ……!」


「それのどこが正々堂々なの!? ただのリンチじゃないか!?」


「いいから、早く歯を食いしばれ……!」


 なんて理不尽なやつだ。

 ここは愛と無暴力のシュプレヒコールを浴びせつつ、断固抗議したい。

 決然と睨みつける僕の目に長ソバくんの瞳が映る。


(ふざけるなよ、ふざけるなよ、お前本気でふざけるなよ! なんで冷さんがお前と! ……コロス)


 心の声が聞こえてくる。

 どうしてだろう? 冷蔵子さんとは成功しなかったアイコンタクトは、僕と長ソバくんの間では成立するようだった。


「お、落ち着くんだ長ソバくん。冷静になろう。はい深呼吸」


「ああ? おちょくてんのか?」


 これはマズイ。僕の肩を掴む彼の手は、徐々に力を増しつつある。

 それも、何か人体の限界を超える勢いで、だ。

 ミシミシと音を立てる肩関節に恐怖を覚えながら、僕はこのピンチを乗り切る方法を必死に考えていた。

 どうする!? いや、あの手しか無いだろ!!


「じょ、ジョーク!!」


「あん?」


「ジョークだよ! やだなあ、真に受けちゃった? あははー」


 肩を掴まれたまま、だらだらと汗を流す僕。

 長ソバくんの瞳はしばらく何も映していなかったが、徐々に光が戻り始める。


「ジョーク……だよなあ! お前が冷さんと付き合えるはずが無いもんな!」


「だよねー! ゴメンゴメン、ちょっとシャレがきつかったかな?」


 あ、危ねえ……!

 長ソバくんの手から力が抜けて行くのを感じながら、僕は密かに安堵する。

 冷蔵子さんがクラスで人気あったのは知ってたけど、長ソバくんがここまで冷蔵子さんの事で熱くなるとは予想外だ。

 今度からはちょっと気を付けよう。


「ぐあっ!?」


 危機を乗り越えて安心しきっていた僕の足が、再び踏み抜かれる。

 しかも今度はピンポイントだ。ピンポイントで足の指だけ踏まれていた。


「なにするんだよ!?」


「あらあら、貴方がおかしな事を言うからよ。シャレ? 貴方と私は付き合っているんでしょう?」


 憤然とそう告げる冷蔵子さん。

 今は恋人を偽装してる場合じゃ無い! 危険が危ないんだ! 分かってくれ……!

 懇願するように視線を向けるが、やはり僕と彼女の間ではアイコンタクトが成立しなかった。


「おい……なあ、教えてくれ。俺はあと何回、お前を殴ればいい……?」


「一発も殴っちゃダメだよ!?」


 再び舞い戻ってきたピンチと、


「貴方ももっと堂々としなさい」


「痛い! ピンポイントに体重かけるのは止めてよ!」


 新たに襲い掛かる脅威と、


「おーい、お前ら席に着けー。課題はやってきただろうなー?」


「げげぇっ!?」


 元からあった危機が、何故かラインダンスの如く一斉に僕へと圧し掛かってくるのだった。

 

 シュプレヒコールが聞こえてくる。ピンチ、脅威、危機。それらを何一つ解決出来ないまま、悲劇的な結末だけが全速力で目前へと迫ってきていた。





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