表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
乙女のワルツ編
125/213

125日目 月をねだる子供達




 人類が月の地表を踏んだのはいつだったか?

 詳しく知ろうとは思わない。

 宇宙の歴史に興味の無い僕にとって、それが過去の事であるのが分かれば十分だ。


 とにかく人は月に届き、国旗が立てられ、競争は終わった。

 高嶺の花のように見つめたその地は、今や手垢にまみれている。

 例えそれを為したのが誰であっても。

 僕らはもう月に憧れない。少なくとも、かつての人々のようには。


 見果てぬ夜空。

 その先に見た世界は、憧れそのものだった。

 クライ・フォー・ザ・ムーン。

 月をねだる子供は、幸か不幸かそれを手に入れてしまう。


 幾千もの憧れは、空高く輝く楽土は、手にした瞬間に土と砂礫に変わり。

 僕らはもう、月に憧れる事はない。




「久しぶりだな」


 思わず久しぶり~なんて反射的に返事をしかけて止める。

 振り向いたそこには、見慣れたく無いが見慣れてしまった人物が居た。


「あんたは飛天さま! まだ生きていたのか!?」


「勝手に人を殺すな!」


「勝手に……願ってちゃいけないのか……?」


「良いわけ無いだろ!? 何を考えとるんだ貴様!?」


 激昂する飛天さま。

 もっとも顔はお面に隠されているので、声の調子から判断した結果に過ぎないが。


 とっさに辺りを見回す。

 夜の街路に人気は無く、空高く浮かぶ月だけが僕らを見ていた。

 どうして買出しの時に限って襲ってくるんだよ!?

 なんでこうタイミングが良いんだ!? まさかどっかで監視しているのか!?


「おい!! 何とか言え!!」


 そろそろ警察に相談すべき時なのかもしれない。

 問題は、保身に忙しいあの組織が真面目に対応してくれるかどうかだ。

 前回見捨てられたしなぁ……。

 自分で解決するしか無いかな……。

 

「はぁぁ……」


「なんだその溜息は!? 馬鹿にしてるだろ!? 絶対馬鹿にしてるだろ!! なあ、おい!!」


 握った竹刀をプルプル震わせている。

 僕はそんな飛天さまを、アシナガバチの生態を観察するファーブルのような気持ちで見ていた。


「テンション高いっすねー。夜行性なんすか?」


「だ・れ・のせいだと思ってるんだ!? おどりゃー!!」


 スカートなのに大股開きに足を開きながら、怒りに肩を震わせる飛天さま。

 女性力がフリー・フォールのように秒単位で垂直落下している。


 知人として一言注意しておいた方がいいだろうか?

 ……いや、止めておこう。

 それこそ失礼に当たるだろうし。

 我ながらなんと言う気遣いの心。この心遣いはもう少し褒められても良いと思う。


 真っ暗な空の、見えない奥底から風が吹く。

 夜風は僕と飛天さまの間を通り抜け、静かな囁きだけを残す。

 やれやれ、どうしよう? このまま真剣勝負するしか無いのかな?

 そう考えた次の瞬間、


「――誰だっ!?」


「――この気配は!?」


 直感のざわめきと共に、僕らはほぼ同時に身を翻す。

 視線の先、数メートル離れた所に人影が在った。

 まるで夜風が呼んだかの様に現れたその人物は――。


「久しぶり、だね」


 かつて、風の王と呼ばれた少女だった。




 僕の隣に立つ風の王。いや、風子ちゃんと呼ぶべきか?

 どこか小悪魔めいた微笑を浮かべるその少女に向かい、僕は開口一番に言った。


「生きていたのか!?」


「勝手に殺さないで欲しいかな!?」


「しばらく姿を見せなかったからさあ。何となくノリで言っておくべきかな~……って」


「……キミはもう少し慎重に言葉を選ぶべきだね」


 吐き捨てるように言う。

 どうやら彼女の中で、僕の紳士ポイントはだだ下がりのようだ。

 まあいい。なるようになるさ。僕は気を取り直して尋ねる。


「それで、こんな夜更けに何してんの?」


「風がキミのピンチを伝えてね? 助太刀に来たんだ」


「そ、そうなんだー。……風が伝えた? ホワイ?」


「ふふ、何故ならワタシは風の王だから、ね」


 答えになってねーよ!

 おのれ、どうやって僕を監視している!?

 それとも偶然!? 偶然であってくれ……!!

 

 そろそろ本気でしかるべき窓口に相談すべきだろうか?

 おののく僕を前にして、少女はさらに言葉を続ける。


「そう、ワタシは風の王! 名前とは! 誰かに付けられるものでは無い! 例え違う名で呼ばれようと! ワタシは常に風の王なの!!」


 どうやら、大阪さんから与えられた新たな名前はお気に召さなかったようだ。

 本当の名を捨てた少女は、自ら選び取った名前を誇らしげに叫んでいた。


「ほう? 二人がかりか……それもまた良かろう……!」


 チャキ……なんて時代劇のような音は上げないが、飛天さまは竹刀を構え直す。

 満月が、悲壮な静けさをもって僕らを照らした。

 それはこれから始まる決戦の、ささやかなるオープニングイベントだった。


 月にのぞむ、か。

 ごくりと息を飲み込みながら、月下に対峙する少女達を見守った。

 そう、僕の役目は見守る事。

 じりじりと少しずつ後ずさり、徐々に戦闘空域から脱していく。


「おいこら貴様。な・ん・で、そそくさと距離を取っているんだ!?」


「いや……決戦に水を差しちゃ悪いと思って」


「この戦いは貴様と我の戦いだろうが!? 何で他人任せなんだ!?」


 月の光がそうさせるのか、飛天さまは狂気の絶叫を上げる。

 だが僕にだって言いたい事があるんだ!

 射抜くような瞳を向け、本音をぶつけた。


「他人事であって欲しいと……考えちゃいけないのか……?」


「良いわけ無いだろ!? 貴様、本当もういい加減にしろよ!?」


 月と狂気。触れ得ぬ月に、かつて人は狂気を重ねた。

 月への憧れ。憧れと狂気。狂気への憧憬。

 しかし僕はもはや月には憧れ無い。狂気への憧憬も無い。

 だから出来れば飛天さまの相手はしたく無い。それが偽らざる本音だった。


「という訳で任せたよ風の王! 君だけが頼りだ!」


「えっ!? 良いの!? もの凄くキミをご指名みたいだけど?」


「良いんだ。二対一は卑怯だしね」

 

「まずキミが戦うという選択支は……?」


 そんな物は無い。

 ふー、ふー、と鼻息荒く闘気を揺らめかせる飛天さま。

 その怒気から逃れるために、僕は風の王の背に隠れるようにして立つ。


「……もはや剣で語るほか無し。その女を倒せば貴様の番という訳だ……!」


「いいかい風の王、やつの弱点はきっとお面だ。そこを狙っていこう」


「弱点狙い!? 卑怯じゃないかな!! それ!!」


 戦いに卑怯という言葉は無い。

 勝てば官軍。とにかく僕が戦闘を避けられればそれで良いのだ。


「準備は出来たか!? 貴様ら!!」


「相手をするのは僕じゃ無い!! だから貴様"ら"という言葉は撤回してもらおうか!!」


「ねえ!? さっきからキミの発言は何かおかしいよ!?」


 三者三様の葛藤を抱えつつ。

 月だけが、静かに僕らを見つめていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ