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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
乙女のワルツ編
123/213

123日目 密室トリック・ブルース




「坊主、密室トリックって知っとるか?」


「探偵物で有名なアレですよね?」


公園の高台。そこに僕と大阪さんは居た。

空は戦慄のブルースカイ。


いつから空は戦場になったのだろう?

人があれほど恋焦がれた大空は、戦火の炎に包まれている。

より優れた性能は、ただひたすらに敵の撃滅を願ってのものだった。


対空能力を、飛行性能を、ステルス能力を。

時にわざと機体を不安定に設計し、機動力を上げるユーロファイター。

メカニックの心は戦場を駆け抜けそして最高の一機を作り上げる。

空を巡る争いは、実に最先端なのだ。


それに比べれば、密室トリックとはいかにも古典的だろう。

驚きの新素材も無ければ、画期的な機械も登場しない。

何故なら密室トリックは見破られる為に存在しているからだ。

なので先端技術で密室を作り出す犯罪者はいない。絶対に、だ。


彼らは時に釣り糸を使い、時に心理的トリックを用い、大胆かつ地道に密室を作る。

過去の手法を倣い、改善し、たまに独自のアレンジを加えて行く。

何が犯罪者をそこまで駆り立てるのかは分からない。

だがしかし、彼らは彼らの信念の下に密室トリックの伝統を守り続けるのだ。


「せや。探偵物で有名なアレや。ここまで言えば分かるな?」


確認するように僕を見る大阪さんに、


「分かりません!」


と僕は答えた。


「……なんでや? なんで分からへんのや?」


「いや、大阪さんの気持ちなんて分からないですよそりゃ」


「そうか……」


ふっ……とニヒルな笑みを浮かべると、大阪さんは眼下に広がる街を見つめた。


「人は孤独なんやな。どうして人は分かり合えへんのやろう……?」


「心の壁とかがあるからじゃないですか?」


「目に見えへん壁か……。切ないなぁ」


東西冷戦。ベルリンの壁。移民問題。

物理の壁を越えて広がる隔たりに思いを馳せているのだろうか?

大阪さんはどこか翳のある表情を浮かべた。


こんな時に僕に何が出来るだろう?

いや、こんな時だからこそ言わねばならない事がある。

僕は無言でギュッと拳を握り締めた。


「実は僕は心に決めている事があるんです」


「なんや? どんな事や?」


努めて朗らかな笑顔を浮かべながら。

僕は溢れそうな思い出を胸に秘めて、そっと口を開いた。


「大阪さんとは、出来るだけ一線を引いて関わっていこうって」


風は凪ぎ、音が止まる。

何かを噛み締めるだけの時間が過ぎて行き、止まった時を動かすように一陣の風が舞った。


「そうか。ありがとうなぁ……ってなんでやねん!? なんで距離を置いとんねん!? ここはゼロ距離アットホーム、俺とお前の友情は永遠や! って誓うところやろ!?」


「僕にだって譲れない一線があるんですよ!! 何ですか王って!? 何で王を名乗りたがるんですか!? 大阪さんのやってる事、意味分かんないんですよ!!」


「なんでや!? 誰だって王に憧れるやろ!? カッコエエやろうが!!」


「それはきっと大きな勘違いですよ!?」


譲れない思いが心に壁を作り、心の壁が争いを生み出す。

今まさに、僕と大阪さんの間にある隔たりは争いの原因となっていた。


僕に力を貸してくれ、イーグル、ファルコン、トムキャットにラプター!

惜しみなくつぎ込まれた資金と技術、その執念に祈らせてくれ……!

特にラプターは強力だ。第五世代ジェット戦闘機の名に相応しく、まさに制空のための戦闘機。その性能は他の追随を許さない。


「そんな事だから風の王みたいな痛い娘が生まれるんですよ!!」


「いや、あの娘は俺もちょっとおかしいと思うわ」


「本当の名前は捨てたとか言ってましたしね。どう責任取るんですか?」


「せやから風子ちゃんて言う新たな名を授けたやないか。これで万々歳や」


「……それもそうですね」


ひゅるり、と風が吹き抜けていく。

何だか気が抜けてしまった。

争いは唐突に終り、僕らには虚しさだけが残る。


実名を捨てたと豪語する少女、風子ちゃん。

王の称号を半ば剥奪された彼女は、その後僕達の前に姿を現していない。

彼女は何を思い、何を願っていたのか?

流れる風は答えを教えてはくれなかった。


どうして人は争うのだろうか。?

不毛な言い争い。

その後に残る味気無さを噛み締めるようにして。

大阪さんは砂漠を旅する巡礼者のように目を細めた。


「それはそうとや。俺は一度、密室トリックって奴をやってみたいんや」


どうやら風子ちゃんの話題は終りらしい。

それに関しては僕も同意だったので、軽やかに言葉を続ける。


「密室トリックですか? なんでまた」


「いや、一度は憧れるやろ? ミステリーの醍醐味やないか」


「いつからミステリーファンに……?」


「甘いな坊主。別にミステリーファンや無くても密室トリックに憧れるもんやで?」


そんな訳が無い。

どうしてミステリーが好きでも無いのにトリックを愛せると言うのか。


「そんな訳! ……あるかもしれませんね」


俳句は好きじゃ無いけど松尾芭蕉を知っていたり。

クラシックは好きじゃ無いけどバッハに聴き入ったり。

ミステリーを愛して無くても、密室トリックに憧れる事もあるかもしれない。


その可能性に思い至った僕に対し大阪さんは、


「せやろ?」


と自慢げな表情で言った。


「で? 密室トリックをやるのは良いんですけど、仕掛けとかは考えてあるんですか?」


「おう、一晩で考えたんがあるで!」


「へえ。どんなのですか?」


「ええか、まず俺は洋館に居るんや」


「ああ、洋館の一室ですね。嵐なんかも来ちゃったりして」


「せや。そして洋館で殺人事件が起きるんや! 血がドバー! うひゃー! ってな具合やな」


「犯人は誰なんですか?」


「まあ待てや。いきなり犯人が分かったら面白く無いやろ? 吹き寄せる嵐で外界と隔離された洋館。大広間に集められた人々。深まる疑心暗鬼。そこで俺はこう言うんや。こんな所に居られるか! 俺は部屋に帰らせてもらうぞ! ってな」


「ありがちなパターンですねー」


「セオリーは踏襲してこそなんぼ、や。んで、俺は自分の部屋に篭もるんやけど、そこにメイドさんが来る訳や」


「メイド? ああ、洋館ですもんね」


「メイドさんなら仕方あらへん、と俺は部屋に招き入れるんやけど、それが大失敗や! おもくそ腹をぶっ刺されて大出血! なんでや!? なんで俺は刺されたんや!?」


オーバーアクションで身振り手振りを交えて、大阪さんは熱演する。

熱が入ったように声は高まり、ストーリーはいよいよ佳境を迎えようとしていた。


「ナイフを手に部屋を飛び出すメイドさん! 後に残された俺! 出血大サービスで部屋は血の海や!」


「グロ……あれ? メイドさん飛び出しちゃたんですけど、密室になって無いじゃないですか」


「まあ待てや。ここからが見せ所や。血を失って意識朦朧の俺は、最後の力を振り絞って部屋の鍵を内側から掛けるんや」


はは~ん、ピンと来た。

これはあれだな? 俗に言う心理的密室トリックってやつだ。

被害者は殺人鬼からのさらなる襲撃を恐れ、霞む意識の中でついつい部屋の鍵を掛けてしまう。

無意識に身を守ろうとする行動が結果的に密室を生み出すのだ。


「大阪さんの防衛本能が、本来は無かったはずの密室を作り出してしまうんですね?」


尋ねる僕に、大阪さんはチッチッチと指を振って否定のサインを返す。


「防衛本能や無い。ロマン回路や」


「…………?」


意味不明の回答にフリーズする僕。

そんな僕に対し、大阪さんは自信満々に言葉を続けた。


「俺は身を守ろうとしたんや無い。単に、自ら密室を作り出すために死力を尽くしたんや!」


身を守るためでは無く、密室を作る為だけに自ら鍵を掛けたと言うのか!?

分からない。大阪さんが何を伝えようとしているのかが分からない!!


「――その行動に、一体何の意味があるんですか!?」


問い詰める僕に、大阪さんはズバリと言ってのける。


「分からんか? 坊主。ただ刺されるんじゃ面白く無いやろ? どうせ刺されるんなら、密室で刺されたいやないか……! その為なら! 俺はやったるで! 名探偵の苦労なんて知るかいな!!」


まるで地球を支えるアトラスのように力強く。

大阪さんは言い切った。何の蓋然性も無く、ただ密室トリックを成立させる為だけに密室を作り上げると。

……この人は馬鹿じゃないだろうか!?

空の蒼さにも似た畏怖と戦慄が、僕の前進を駆け抜けて行った。




「ちなみに訊くんですけど、何で大阪さんはメイドさんに刺される事になるんですか?」


「ああそれか。幼い頃に借りパクしたゲームの恨みで刺されたんや」


「意外と小さい理由ですね!?」





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